第4話 炎を使う魔術師には小麦粉と粉砂糖をぶっかけろ

「んんっ……」

 

 僕が目を覚ました時、最初に感じたのは嫌な匂い。これは……人間が腐った匂いだ。昔、魔物に襲われて死んだ人間の骸がこれよりもキツい匂いを放っていた。僕は、いま拘束されている。

 リトは?

 

「リト! どこにいるの! 返事をして!」

 

 リトの言葉は返ってこない。嫌な予感がした。なんだここは……僕は食事に何か薬を盛られた。アリエル様は不死身研究の第一人者。サリエラ先輩の話では公然では言えないような実験を繰り返していたという。こんな場所があり、こんな仕打ちをされればその話に真実味が出てきた。

 

「起きたかい? アルケーくん」

「アリエル様……これは?」


 ボゥ! 


 アリエル様のライトニングの魔法で室内が照らされる。そこには狭い牢屋のような広さの場所。埃っぽいが意外と散らかってはない。

 が、この部屋にこびりついた死臭は消せない程におぞましい事が行われていた証拠。アリエル様は聞いてた通りの人物だった……と僕は思ったのだが、

 

「私を殺しに来たんだろ? 流石に私も殺されたくないので拘束させてもらった。サリエルに何を吹き込まれたかは知らないけど、事実私は人には胸を張って言えないことも沢山行ったよ。当然だ。リザレクション。完全なる死者蘇生という魔法の調整の為に死刑になった受刑者を回してもらった事も一度や二度じゃない。サリエラ達、魔道具先進思想の連中は、私たち魔術師の存在がどうも邪魔らしいな。とはいえまだ私は殺されるわけにはいかない。どうだろう? アルケー君。私と手を組まないか?」

「手を組む?」

 

 アリエル様は何を言っているんだ……僕が考えがまとまらない中で、アリエル様は話し出した。

 

「君の弟という事になっている特級魔道具に縛られた少年、リトは私と手を組んでくれると言ったよ。君の判断次第だけどね」

 

 嘘だろ……そう言って手を向ける先にはパンを齧っているリトの姿。まさかリトは食べ物に釣られたんじゃないだろうな……

 

「アルケー君、君は普段リトに何を食べさせているんだい? 食べ物をくれたら殺さないって彼は言ったぞ! 下僕なのかもしれないが、もう少し可愛がってあげなよ。見てくれも悪くないじゃないか」

 

 リトはパンを齧りながら虚な目で僕を見ている。だめだ。リトを敵に回して僕が生きられる未来はない。となれば、選択できる言葉は……

 

「アリエル様、僕に何をさせたいんですか?」

「うん、サリエラの弟子にしては物分かりがいいね。私を殺した事にしておいてくれないかな? それで君たちを二重スパイとして雇いたい。どうかな? そうすれば君たちも疑われずに済むだろう?」

 

 流石にサリエラ先輩にバレないという事はないと思うけど、僕はアリエル様がそこまで悪い人に思えなかった。だからこの申し出を飲む事にする。

 

「わかりました」

「懸命な判断助かったよ! お腹が空いたろう? ちゃんとした食事にしよう」

 

 僕の拘束を解いてくれたアリエル様。この人が非道な実験を繰り返しているとは思えない……もしかしたら本当にアリエル様は、

 

「そういえば魔道具先進思想ってなんなんですか?」

「なるほど、カンタービレでもアルケー君レベルでは聞かされないんだろうな、教えようじゃないか、私達魔術師とカンタービレの根深い確執というものをね」

 

 魔道具が見つかり始めたのは冒険者達がダンジョン攻略が盛んになった頃、ダンジョン攻略に役立つ道具がダンジョン内で発見されるようになった。ただし、今と違い魔道具という物への理解が少なかった冒険者達はそれを宝物として売買する。そんな物を手に入れていたのが魔術師の才能がなく、今でいう所の研究者的な頭脳があったサリエラ先輩みたいな人たち。

 

「確かに魔術には才能があるよ。それを極めし者を魔導士というくらいさ。私でも魔術師の域を出てはいない。しかし、そんな魔術師とも言われなかった連中は魔道具でいくつかの魔術の代用ができる事に気づいたのさ。そして魔術の才能がない彼らはこう思う。一握りの人しか使えない魔術っていらなくね? とね」

 

 それは僕も思った事がある。僕には火と風の魔法素質はあるらしい。だけど、僕には魔法の力の源である魔素を集める事ができない事が分かり、魔法を使う事が結果としてできなかった。僕の弟は魔素を集める事が生まれつき持っていたので魔法使いになれたんだろうな。

 

「その顔からして君も苦労した口かい? こればかりは残念だったとしか言えないんだが、魔道具先進思想の連中は魔術師を皆殺しにしたいんだよ。魔法を使える人がいなくなれば平等な世界が来ると勘違いしている。魔道具だってそれを独占している連中によって格差が生まれるだろうに」

 

 物悲しそうに語るアリエル様、僕はこの時すでにアリエル様はサリエラ先輩にハメられたんだとそう確信していた。冒険者パーティーをリトが殺害したのを無かった事にしたサリエラ先輩の事は少し思うところがあった。

 リトを僕に預けたのも平民の僕であれば尻尾切りがしやすかったという事なんじゃないだろうか?

 

「アリエル。お腹がすいた」

 

 僕らのそんな深刻な会話中にリトは空腹を訴えた。それにクスりと笑うとアリエル様は「何か食べ物を用意しよう」と言って僕らを地下室だったここから屋敷の一階に誘導する。

 僕は……その階段の途中である物を見つけてしまった。

 

「アリエル様」

「なんだい?」

「アリエル様は実験に子供を使った事はありましたか?」

「子供……亡くなってまもない子供が運ばれてきた事はあったね。リザレクをかけて欲しいと……残念ながら助からなかったけど」

「それはいつの話ですか?」

「もう何年も前の話だよ」

 

 何年も前の話……それはおかしい。僕はあのぬいぐるみをこの屋敷にくる一日前に見ているのだ。

 リトは果物をアリエル様から与えられそれを静かに齧っている。リトが僕をじっと見つめ、ぬいぐるみに視線を移動させると再び僕に視線を戻す。

 多分、リトはあのミミという女の子がここで死んだ事を僕に知らせた。

 

 アリエル様はあの身寄りのない女の子を引き取って……ここで……一体何をしたんだ?

 もしかしたら僕の思い過ごしかもしれない。それを確かめる為に僕はぬいぐるみを拾った。

 改めて食事にしようというアリエル様、食堂に入ると僕はアリエル様に尋ねた。

 

「アリエル様、このぬいぐるみを持っていた女の子はどこにいるんですか?」

「あぁ、その子は裕福な商人の養子になったんだ。私のパトロンの一人でもあったその商人が別の国に行く前に私のところに挨拶に来てね。綺麗なぬいぐるみを買ってもらったからかそれを忘れて行ったんだよ。もうそれはいらないだろうし」

「このぬいぐるみはあの子のお母さんが生前に作ってくれた物で一生の宝物なんです……」

「そうかい、なら今度届けさせよう。教えてくれてありがとう」


 じっとアリエル様を見つめる僕を見てアリエル様はハァとため息をついた。この嘘は失敗だったかと言ったような悪びれる様子もない表情。

 

「殺したんですね?」

「私を殺しが趣味みたいに思われては困るよ。彼女も不死身実験の為に協力してもらったんだ。子供から老人までサンプルは必要だ。どうしても子供のサンプルというのは難病の子くらいになる。が、難病の子に会いに行くと大抵、向かった時にはすでにリザレクでもどうにもならない状態の事が多いんだ。そうなるとこの子みたいな子供を使わざるおえないだろう? これでも私も傷ついてるんだよ。だが世の為だ。私は悪魔にでもなろう。私はリザレクションの習得はできないかもしれない、が別の方法で永遠を生きる方法を考えた。全ては理不尽な死に争う為さ」

「別の方法?」

「今の君にこれ以上答える必要はないだろう?」


 

 僕も同じだ。弟を取り戻す為には悪魔にでもならなければならない。恐らくアリエル様と大して変わりないろくでなしの進む道だ。

 だけど……それでも、アリエル様は……

 

「エンゲージ。シュヴァルツ・ラベンダーを解除する。リト、魔術犯罪者アリエル・サーチェを……粛清する。闇クエストの開始だ」

 

 わかった。という言葉と共にリトがアリエル様、ううん。アリエルに向けて食事用のナイフを向ける。

 

「舐められたものだな。そんな物理攻撃で私を殺れるハズないだろ? せっかく、大事にしてあげようと思ったけど、カンタービレはどいつもこいつも頭が硬い。二人とも私の実験材料として使ってあげるよ!」

 

 ボゥとアリエルの周囲に青い炎が灯る。一発一発がファイアーボール並みの威力を誇る魔法だ。リトは一転攻撃を止めそんな魔法を前にして僕の手を引いた。

 

「アルケー、こっち。早く」

「リト!」

 

 階段を登るとリトは食堂に向かって走る。こんな時も食べ物を? と思った僕の考えをよそにリトはまだ調理前の小麦粉の入った袋を取ると、それを撒いた。そしてキョロキョロと周りを見渡す。

 

「アルケー、あそこに入って」

「あそこって……」

 

 調理道具が閉まってある道具入れ、そこの中身を全部リトは引っ張り出すと僕を押し込むようにそこに入れ、ゆっくりとやってくるアリエルに対峙した……と思ったら、

 

「リト、ここは狭いよ」

「じっとして」

 

 リトの綺麗な顔が僕の顔の目の前に、そんな邪な事を考えながらもアリエルの足音が食堂に入ってきた事を知ると心臓がバクバクとなった。

 

「何をしたんだい。粉? 真っ白で見えないじゃない」

 

 リトは飛び出ると粉砂糖の入った袋をアリエルに向けて投げると共に再び道具入れの中に戻ってきた。

 

「そこね? 死になさい!」

 

 ドン! と大きな音、そしてパチパチでとそこら中で音が響く。アリエル様の魔法だろうか? 一体何が起きたのか、リトが僕の顔をリトの胸に思いっきり押し当てながら言う。

 

「3、2、1で出る。出口に向かって走って。3、2、1」

 

 バン! 


 とリトが用具入れの扉を蹴り破ると、飛び出すので、リトが言った通り僕はまっすぐに走った。リトは何か光る物を手に、僕とは違う方向に走った。多分、アリエルがいるんだろう。

 

「……んんっ!」

「驚いたわ。何今の? 魔法? 中級魔法レベルの爆発が起きて少しだけ怪我をしたよ。リト、君も魔法使いなのかい?」

 

 そこには自分で回復魔法をかけて傷を癒しているアリエルの姿……目が慣れてくるとリトの持っている料理包丁がアリエルの首の横で止まっている様子。

 

「君は危ないね。先に殺してしまうよ。リト」

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