第3話 魔法使いの住処で食事を振る舞われたら薬を盛られた。
「リト、腕が使えないのは不審に思われるから自由を与えるけど、勝手に誰かを殺したりしちゃダメだぞ?」
「分かった。殺さない」
本当だろうか? リトは腕を自由にするだけで中級以上の冒険者3人を一瞬で殺してのけた。今も足元に転がっている石ころを拾っては懐とズボンのポケットに入れている。残り三つの特級魔道具で縛られているので魔法やスキルの類は使えないがリトは信じられない身体能力を持っている。あれはリト自身が持っている物。サリエラ先輩はリトはどこかの戦闘民族じゃないかと予想しているけど、僕はそうは思えない。リトの殺し方はそれら特有の形式がないように思える。そこにあった環境をそのまま利用したに過ぎない。
もし……もし、リトが得意とする武器が存在し、それを持たせた時の彼の脅威は計り知れない。
「アルケー、お腹が空いた。あれ取ってきていい?」
「果物? あれは売っている物だから買ってくるよ。ついてきて」
「うん」
今の所、リトが年相応の子供のように見えるのは食べ物を食べている時だけ、リトの監視も仕事の一つである僕はリトと同じ部屋で寝食を共にしているけど、僕はリトが眠っている姿を見た事がない。恐らく僕が眠ってから寝て、僕が起きる前に起きてる。
そしていつも何を考えているのか分からない表情で僕を見つめている。赤い木の実を二つ買うと一つをリトに渡してあげる。
がしゅがしゅと歯を立てて齧るリト。
「美味しい?」
「リンゴは美味しい」
「この木の実。リトの住んでいたところではりんごって言うの?」
「うん、場所によってはアポー、ポムぅとか、リトが最初にいたところではオメェナとか言う」
僕は何か勘違いしていたかもしれない。この子は僕より、もしかするとサリエラ先輩並みの知性を持っているのかも知れない。リトは数多くの言語を話す事ができるらしい。そこで僕は“東京駅“という紋章なのか文字なのかを書いてリトに見せてみた。
「リト、これを君は読める?」
「読めない。リトは漢字は苦手、でもそこは知ってる」
「!!」
“東京駅“は文字だ。
それもカンジという文字らしい。今度古代文字の本をいくつか買ってみよう。そして“東京駅“は場所を意味する言葉らしい。
ふとリトが見つめる先、指を咥えて赤い木の実、リンゴを齧るリトを見つめている少女、手には手作りだろうか? ぬいぐるみを抱きしめている。
僕は笑顔を見せると、僕のリンゴを少女に手渡した。
「いいの?」
「うん、いいよ。お母さんとはぐれたの?」
「ううん、お母ちゃんもお父ちゃんももういないけど、この子がいるから! お母ちゃんが昔ミミの為に作ってくれたの。一生の宝物。ミミね? いい子にしてたから今度、ゆうふくなおうちの子になるの、お兄ちゃん。木の実ありがとう。バイバイ」
「うんバイバイ!」
いい事をしたなと思う。
そして、もっと、もっと多くの事をリトから聞こうと思った時、僕の事を嫌味ったらしく呼ぶ声、
「これはこれは平民からカンタービレになったゴールドランク様じゃないかぁ!」
「君は確か同じ日に受験に合格した」
「ナビレス男爵家のユイウス・サターナーバーだよ。以後お見知り置きを、ブロンズランクの俺とは違って、サリエラ様にケツを捧げた平民は違うよなぁ?」
サリエラ先輩と僕がそういう関係だとでも? ユイウスは僕がサリエラ先輩に取り行って今の地位にいると思っているのか……
取り巻きの小太りの少年が指を差した。
「ユイウス様、こいつ平民の癖に下僕を連れてますヨォ! それも結構可愛い女の下僕」
がしゅがしゅ、と赤い木の実。リト曰くりんごを食べているリトは指を刺されて反応した。りんごの芯だけが残ったかと思うと、リトは芯もしゃくしゃくと食べてしまった。
「ゴールドランクとはいえ平民の下僕は普段何も食べさせてもらっていないのかな? 赤い木の実の芯まで食べてしまうとは、クスクス、名はなんというのだ? 俺のところに来ればもっとマシな物を与えてやってもいいぞ。お前しだいだけど」
「リトはチー牛が食べたい」
「なんだよそれ?」
リトの耳、そして頬に触れたユイウスはリトの半ズボンから伸びる白く細い足に手を伸ばした時……
「ぎゃあああああ! 指がぁ! 誰か、ヒールをヒール!」
リトはポケットの中の石を高速でユイウスに向けて弾いた。そんなに触られるのが嫌だったんだろうか? 普段リトの手を引いている僕だったけど、そんな拒絶を受けたは事はないし……もしかして魔道具で腕の自由を封じていたから?
「アルケー、こいつ殺したらいいの?」
リトは何か使える物を周囲を見渡して探している。本気で殺す気だ。僕はリトの手を引いて、
「リト、ユイウスを殺しちゃダメ、僕らはクエストがあるだろ! いくよ」
大声で痛みを訴え、その中で僕とリトに覚えていろという言葉が耳に残ったけど、僕がゴールドランクのカンタービレでいられる間は大丈夫だろう。寄り合い馬車に乗り、僕等はアリエル・サーチェ魔術師様の別荘兼クラフトに向かう。短期見習いバイトとして……先にサリエラ先輩に聞いていたけど、この短期バイトを行った人々の半数程、終了時に行方が分からなくなっているというのだ。
僕らは二重で怪しげな闇バイトをする事になる。呪怨の森だなんて言われている場所にある魔法使いの工房と聞くとどんな不気味な場所なのかと戦々恐々としていたけど、綺麗な森を抜け本当に普通すぎる豪邸に僕らは到着した。
よく考えればアリエル・サーチェ魔術師様は王宮お抱えの魔術師様だ。殆ど王侯貴族に近い生活をしているわけなんだからこれが普通なのかな?
「すみませーん! 短期バイトのアルケー・ダニエルとリト・ダニエルです!」
僕らは兄妹の魔道具取扱免許保持者という設定でこの割の良いバイトを受けにきたということになっている。
『入りたまえ、鍵は開いている』
どこからともなく声が聞こえる。いや、これは拡声用の魔道具を使っているに違いない。魔法の水晶で訪問者を確認してクラフトにいながらでも対応ができるんだろう。
「お邪魔します。ほら、リトも言って」
「……アルケー、ここ血の匂いがする」
リトは冗談は言わない。僕には気づかない匂いをリトは感じ取る事ができるのだろうか、僕らは広いエントランスに入るとそこからまた声が聞こえる。
『そのまま進んで、2階に上がらずに真っ直ぐに歩いてきてほしい。第一実験室に私はいるよ』
2階は部屋が沢山ありそうだ。僕らが滞在する部屋や実験施設が沢山あるんだろうか? とりあえずアリエル・サーチェ魔術師様に言われるがままに僕らは一階の一番広い空間の扉を開いた。
「やぁいらっしゃい! サリエラの弟分と聞いているからどんな面倒臭いのがきたかと思ったら素直そうな子らじゃないか! 歓迎するよ! この前まで助手がいたんだけどね。出向してもらってた場所に帰っちゃって困ってたんだよ」
「よろしくお願いします。アリエル様はサリエラ先輩の同郷とお聞きしていましたけど」
「そりゃもう、ホクロの数も知ってる仲さ。なんせど田舎から競うようにお互い実績を上げて今の地位になったんだしね。同じ地域だから名前の雰囲気も喋り方も似てるだろ? 私もサリエラも北の方のど田舎の出さ! 気負わずに私の事もアリエル先輩と呼んでくれて構わんよ」
「そんな大魔術師様に……」
「あはははははは! 大魔術師は言い過ぎさ! 古代の魔術書を解読して、完成度の低い魔法を再現しただけに過ぎない。魔術師は奇跡でも起こすように世間では思われているけど、案外地味な研究者だからね。今も丁度。低級悪魔を小動物の死骸に憑依させる実験に失敗した所さ! ね? この通り」
「ぷっ、ははははははは!」
そこには黒い煤のような塊がこんもりと出来上がっていた。よく見るとアリエル様の顔にも凄い煤。僕はなんだか伝説上の人物があまりにも普通すぎて久しぶりに心のそこから一緒に笑ってしまった。
そんな僕を現実に引き戻すのはリト、彼は何に使ったのか分からない手術用の小刀をじっと見つめている。
そうだった……
僕とリトはここにアリエル様の実験や研究の手伝いに来た短期アルバイターじゃない。アリエル様を殺しにきた襲撃者なのだ。
「君はよく喋るけど、弟くんは無口だね。そして実に美しい。その黒髪、本当に兄弟なのかい?」
「血は繋がってません。下僕として売られていたリトを僕の今は亡き両親が哀れんで息子にしたんです」
「へぇ、君はそこそこ良家の出なのかな?」
「貴族の階級を買ったしがない商人の家です」
しがない商人というのは殺し文句だ。貴族相当の商人がよく言う謙遜の言葉、ちなみに僕の家は普通の農家で両親はある時、魔物に襲われて他界した。僕の身分証明のそれらは全てサリエラ先輩が用意してくれた本物により近い偽物だ。ちなみに今回は危険魔道具取扱免許もゴールドランクではなくブロンズランクという事でここにやってきている。
「そうかそうか、なら君に媚を売っておいた方がいいらしい! 本日は食事をとってゆっくり休んで明日から馬車馬のように働いてもらおうかな?」
という、こちらもよくある冗談めいた返し、アリエル様は顔を洗って軽く湯浴びをして身体を清めてから戻ってくると言うので僕らは先に食堂に向かった。
そこにはご馳走が並んでいてそれを作ったであろう年配の女性が一人で配膳している。女中の方かな?
「ご機嫌よう! 御坊ちゃま方!」
「こ、こんにちわ! この屋敷のお手伝いさんですか?」
「ふふっ、違います。アリエル様に雇われて、料理の配達サービスをしている者です。アリエル様はお昼は取られないのでこうして朝夕は料理を届けにきているんですよ」
「そうなんですね!」
「御坊ちゃま方もさぁ、そちらにお掛けください」
「僕らはアリエル様のお仕事の手伝いに来たアルバイトなので、そんな身分じゃないんです。はは」
リトがじっと料理を見ている。すでに涎が出かかっている。勝手に手を出して食べないでよと僕が思っていると、お手伝いの女性が帰り支度を始める。
「それではごゆっくりお楽しみください! 食器や料理は残ったものはそのままにしていただければ明日に片付けますので」
そう言ってお手伝いさんがいなくなった十分後くらいにアリエル様が普段着らしい豪華なドレスを身に纏って戻って来た。
「おや、今日の料理も美味しそうだね! さぁ、無礼講で好きな物を好きなだけやってくれ!」
そう言ってアリエル様はお皿に山盛り料理を乗せているので僕もリトを連れて「リト、食べよっか?」と言うとリトは頷いて静かに僕と一緒に料理を選んで、席に戻るとそれらを食べた。
「うわぁ! これおいしー! この前レストランい行ってもろくに食べられなかったからね!」
僕がテンションを上げてそう言って食べている横でリトは骨付きの肉をガジガジと齧っていた。スープもパンもミルクも何もかも美味しい。
僕はお腹いっぱいになるまで食べていると……途端に眠くなってきた。
あっ……まずい。これ、何か盛られてる。そう思った時はすでに僕の意識が別のところに飛んでしまった後だった。
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