第2話 事実と新聞記事はいつも違う、世界は汚れ、僕らの闇の市場価値は上がる

「いらっしゃいませ……あの失礼ですが」

 

 お金は払えるのかとでも言いたいのだろう。それに僕は笑って金貨を1枚見せるだけでいい。すると表情と共に手のひらを返した店員が、


「いらっしゃいませ! こちらの席へどうぞ! 窓際の良いところが空いてますよ」

 

 と僕らを外が見える窓際席へと案内する。一応資格取得をする為に他の貴族連中に恥ずかしくないように僕はテーブルマナーもしっかり勉強してきた。そしてメニューを広げて驚いた。

 街で一番の高級なレストランでも金貨一枚あれば十分食事にチップも支払える。

 

「この一番いいコースを二人分とワイン。そして君にチップ込みで」

「あ、ありがとうございますぅ! すぐにご用意致しますのでお待ちくださいませ!」

 

 お金という道具の力は凄まじい。今まで僕の事を取るに足らない者を見ていたであろうこんな高級レストランの従業員が僕に傅く。大きく稼いでいる商人が貴族と同等の地位にいる意味が僕にも身をもって理解できたよ。

 腕が使えないので静かに座っているリト、足を出した短いズボン姿はサリエラ先輩の趣味だろうか? 体を売って日銭を稼ぐ男娼少年のような格好。何故か髪に括られている大きな黒いリボンが動物の耳みたいだ。彼を見ていると否応なしに考えてしまう。

 僕の弟もこのくらいに成長しているんだろうか?

 

「お待たせしました。こちら前菜キャベの塩漬けでございます」

 

 豪華なお皿に盛られた少量の塩漬け野菜。同時にワインを持ってきてくれた。ワインを注がれる際はグラスに触れてはいけない。僕と身動きを取れないリトがじっと待っているので店員はできるお客だと思ったのだろう。僕らに対して随分表情が柔らかくなった。

 じっと野菜の塩漬けを見つめているリトに僕は慌ててフォークでキャベを刺して口元に運んであげる。口を開けるリト、真っ白い歯が並んでいる。八重歯は牙みたいに尖ってる。

 もぐもぐと咀嚼してごくんと飲み込むリト。再び口を開けるのでなんだかドキドキしながら僕はリトに食べさせる。僕も自分の前菜を食べてみると、

 

「あっ美味しい。美味しいねリト?」

「……うん。まぁまぁ」

 

 前菜を食べ終えると僕はワインを一口。ワインなんて冬の寒い日に体を温める為だけに飲んでいた物だったからちゃんとしたワインの美味しさに少し戸惑ってしまった。僕だけが飲んでいてはいけないから、リトにも飲ませてあげようとグラスを傾けると、

 

「これはお酒?」

「うん、そうだよ」

「リトはいらない。お水がいい」

「そっか、じゃあはい」

 

 水をごくりと飲むリト、続いて店員が持って来た物は、なんらかの野菜を煮詰めたペースト状のスープ。リトの目が細くなったので食べたいのだろうとレイペルさじで掬って飲ませる。

 

「どう? 美味しい?」

「まぁまぁ」

 

 これもまぁまぁか、僕からすれば今まで食べた事がないくらい美味しいのに……リトは今まで相当美味しい物を食べていたのかなと苦笑して自分のスープを飲もうとした時、

 

 がしゃん!

 

「うっ……」

 

 突然、僕は顔からスープに突っ込んだ。いや、これは誰かに頭を押さえつけられたらしい。

 

「うぉい! 俺様の特等席で飯食ってる平民がいんゾォ! 店員、どういう事だあぁ?」

 

 僕は顔を上げるとスープで汚れた自分の顔を拭き、割れた皿、スープに赤い液体が混じっているのは僕の血なんだろう。

 店員がすぐさまやってきて、事を収拾しようとする。

 

「グッガー様御一行、これは大変申し訳ございません。すぐに別の席をご用意致しますので……」

 

 腰と背中に大剣。とても大きな男。冒険者らしい。後ろには魔法士らしい女と、槍使いらしい男。ニヤニヤとこの状況を楽しんでいる。こんなお店で飲食ができるという事は冒険者としてもかなりできるランクの連中なんだろう。

 

「他の席? ふざけるなよ? 俺はこの席で飯を食いたいんだ! ほら銀貨ならこんだけある! なんせ今回、魔王軍討伐の大きなクエストに参加したからなぁ! 腹が減って気が立ってんだ。ゴタゴタ抜かしてると叩っ切るゾォ?」

「あぁ、そんなこちらのお客様は……」

 

 恐らく金貨で支払った僕の方が上客だとレストランも思っているんだろう。奥の方では恐らく憲兵に通報する遣いを出す話をしているハズだ。厄介ごとに巻き込まれるわけにはいかないので、僕らはずらかろう。

 

「僕たちは大丈夫です。ご馳走様、冒険者さん、すぐに僕らは店を出ますので、行こうリト」

 

 僕はリトの手を引いて店から出て行こうとした時、冒険者のグッガーという男は、

 

「待て!」

「なんですか?」

「その女はお前の妹か?」

「違いますが、僕が保護者ですが、ちなみにリトは男の子です」

「男? まぁ、熟れる前なら一緒か、お前はもう帰っていいぞ。そいつだけ置いてな」

「それは……ぐっ」

 

 僕が反論しようとするとグッガーの大きな拳で殴られた。そんな状況を真顔で見つめているリト。感情が全く読めない。

 

「ビビって声も出ないか? あとでヒィヒィ言わせてやるから。こんなヒョロガキじゃ満足できないだろ?」

 

 僕の前で汚い言葉を使うな! そう言いたかったが、冒険者に自分が勝てるわけがない。そんな時、リトが僕を見て、腕の特級魔具ノワールガーベラを見せた。

 

「アルケー。これ外して」

「なんだこいつ、奴隷か? なんで腕輪で拘束されてんだ?」

 

 確かに腕がちゃんと動けば、リトだけなら逃げられる。僕は、この時リトをか弱い子供だと錯覚してしまっていた。サリエラ先輩に聞いていたゴブリン、オークを殺し、憲兵、騎士団を殺害したという話を完全に忘れて、

 

「エンゲージ。ノワールガーベラを解き放つ、逃げろ! リトぉ」

 

 特級魔道具の所有者である僕の声を聞いて、リトを拘束する腕輪が外れた。その瞬間リトは割れた皿の破片を握ってグッガーの喉元を切り裂いた。

 

「ぐわっ! こいつ斬りかかってきやがった!」

 

 傷は浅い、いやグッガーの首の分厚い筋肉が致命傷を防いだんだ。リトがやられると思った時、グッガーの悲鳴。

 

「ぎゃあああああ!」

 

 グッガーの両目に皿の破片が突き刺さり、痛みに苦しんでいる瞬間。リトはグッガーの腰の剣を抜いた。

 

「回復! 回復を早くしろ!」

「わ、分かったわ。癒しの精霊よ。かのものの傷を癒やせ! きゅ…ああああああああ!」

 

 凄惨だった。リトは行動を奪ったグッガーを無視して魔法士の女性の両腕をグッガーの剣で切り落とし槍使いが槍を構えようとした時、テーブルのナイフをすでに槍使いに突き刺した。

 それぞれがスキルや魔法を使う間も与えずに、

 

「重たくて斬れない。使えない」

 

 と言ってグッガーの大剣をポイと投げるとリトは肉料理を食べる為のナイフを拾うと、魔法士の女の所にてくてくと歩み、

 

「やめて……助け……」

 

 首元をナイフでスッと切ってトドメを刺した。槍使いはすでに喉を貫かれ絶命。痛みにわめているグッガーの元に戻ってきたリトは手に持っている食事用のナイフを、

 

 ガン! とグッガーの頭に突き立てた。3人、魔王軍討伐に呼ばれるような冒険者をリトは軽々と瞬殺して見せた。

 そしてリトは僕の元に戻ってくる。店員や元々この店にいた客はすでに逃げ出し、気が動転していても僕はリトに向かって、

 

「ディスエンゲージ・ノワールガーベラ」

 

 とリトの腕を 再拘束。腕の自由を与えただけでリトは息を吸って吐くように人を殺した。ドクンドクンと心音が高鳴る中、リトが僕に言った。

 

「アルケー、早くここから出た方がいい。けーさつがくる。あれは面倒臭い。それとも殺そうか?」

 

 ケーサツというのは憲兵の事だろうか? 確かにこれはまずい。向こうから仕掛けてきたとはいえ、3人も殺してしまったんだ。僕はとりあえずリトの手を引いてレストランを後にする。リトは欠伸なんかをして人を殺したことを微塵もなんとも思っていない、というか食事中だったので、リトは僕にこう言ってきた。

 

「アルケー、お腹すいた」

 

 上目遣いにこう言う彼はとても愛らしい。僕はもしかしたら、リトはこういう蠱惑の魔物なんじゃないかと思った。あんな事の後だというのに僕もお腹がグゥとなったので普段食材を買っている市場で揚げたパンを二つ買うと、ちぎってリトに食べさせてあげた。

 

「さっきのレストランと違ってこんな物だけど……」

「これは美味しい。気に入った」

 

 こんな物が? いや、実際美味しいけど……素朴な味の方がリトは好きなのかな? 僕達はミルクと揚げパンでお腹を満たすとこれからの事について考えなければないんだよね。僕は人の命を殺めた。リトが殺しただなんて言い訳は通用しない。流石に危険魔道具取扱免許・カンタービレの資格は剥奪されるんだろうか?……いずれバレる事だ。

 

「リト、サリエラ先輩の所に戻ろう。僕らはサリエラ先輩に依頼された仕事をもう全うする事が出来ない。お金を返して、金貨一枚は……謝って許してもらうしかない。お金を返すにしても人を3人も殺してしまったんだ。僕らには極刑が待っている」

 

 リトは何も言わない。僕に手を引かれ、きた道を戻り、レストランがあった場所は憲兵が大勢押し寄せ事件の処理に当たっている。

 人々はこんな街中で殺人が起こるなんて思ってもみなかっただろう。気がつけば現場から走り出していた。

 このまま逃げ出してもお尋ね者。妹を助ける術を失った。こんな事なら、こんなリトなんて引き受けなければ良かった。


 いや……違う。

 

 リトを解き放ったのは僕だ。僕は心のどこかであの冒険者達に仕返しがしたいと思った心があったかもしれない。

 考えれば考える程、黒く重い何かがのしかかりながら、僕は危険魔道具取扱協会まで戻ってきた。

 そこでサリエラ先輩を呼び出し、しばらくすると白衣を着たサリエラ先輩が憲兵と共にやってきた。

 もしかしてもうすでに通報されていた?

 言い訳なんてできない。


 そんな中憲兵が、

 

「アルケー・ダニエル。カンタービレで間違いありませんか?」

「はい……」

「この度は危険魔道具事件の解決に尽力頂きありがとうございます!」

「えっ?」

「冒険者が持ち帰った危険魔道具が暴走し、持ち帰った冒険者三名の死亡。レストランにいた従業員やその他来客はケガもなく無事だったと聞いています。さすがはゴールドランクのカンタービレですね! 咄嗟の問題でも解決してしまうなんて」

 

 何を言っているんだ? 憲兵達はお礼を言って、僕に明日。報奨金を支払いたいとまで言って帰って行った。あの冒険者3人が死んだのは僕の隣にいるリトが……

 

「サリエラ先輩! 違うんです。魔道具事件なんて起きてないんです」

「起きたんだよアルケーくん、いや、起きた事になっているんだよ。君はさ、もう少し世の中という物を知らなきゃいけないよ? あのレストランで君はリトの大暴走を見たのかもしれない。だけどぉ、それは事実じゃない。事実はこういう事にしよう。ここに触れる者を剣の僕にされる上級魔道具・闇の魔人剣がある。これを彼らは拾ったんだ。そしてレストランで彼らの一人が仲間を斬り殺した。偶然そこで食事をしていたアルケーくんが魔道具を無効化にして事なきをえた。残念ながら、三名の死者が出たが大事件には発展しなかった。平民のカンタービレが大活躍。国民の心象も最高だし、貴族連中に一石を投じれるしね」

 

 闇の魔人剣という危険な魔道具の仕業に使用だなんて無茶だ。これはこのジュデッカに元々保有している危険魔道具。そんな嘘が通るわけがない。

 

「信じてないね。明日の新聞を見るといいよ。それこそが真実さ。少し前に疫病が流行った村ってのがあったろ? あれ丁度勇者様が向かう先にあってさ、勇者様の手を煩わすわけにはいかなかったから、魔術師協会の魔術師が派遣されてさ! 村ごと焼き払ったんだよね。新聞記事では魔物達に襲われ駆けつけた魔術師達の奮闘虚しく村を救えなかったって書かれてたよね? 世の中そんなもんよ。そんな事より、君が夢の中で見たリトの凶暴性と戦闘能力について教えておくれ、今お茶を入れるから!」

 

 僕は世の中はもう少し綺麗な物なんだと思っていた。いや、知っていた。思おうとしていただけなんだ。名のある貴族の息子が故意に馬車で平民を轢き殺しても、それは無かった事になるか、別の犯人が出てくるか、平民が悪かった事になるのだ。

 あの時も、弟がいなくなった事を色んな場所に相談したのに……誰も助けてはくれなかった。


 今回はどうだ? 


 要するに、僕は……いや僕たちは今は利用価値、あるいは闇の市場価値があの冒険者達よりも高いんだろう。

 

 そうしてモヤモヤした気持ちの中、僕らの闇クエスト。

 もとい、最初の闇バイトが始まった。

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