危険魔道具取扱者(カンタービレ)と異邦の少年兵は闇クエストで手を繋ぐ

アヌビス兄さん

闇クエスト1 伝説の魔術師を殺害せよ

第1話 危険魔道具取扱試験合格の後、緋色の殺意を貰う

「アルケー・ダニエル。おめでとう、ギリギリだが合格だ」

 

 危険魔具取扱免許取得。これで、ようやくいなくなった弟を見つける事ができるかもしれない。突然現れて弟をどこか連れ去った魔道具。一瞬だけ見えた要塞みたいな建物。

 そしてそこに刻印されていた文字なのか、紋章なのか……忘れもしない。

 

『東京駅』という文字、あるいは紋章という手掛かりは一つだけ。そこがある場所に弟は吸い込まれ魔道具は消えた。何度も何度も忘れないように僕は書き続けた。あの魔道具を見つけ、弟を取り戻す為に僕は倍率1000倍とも言われた危険魔具取扱免許の国家試験をクリアしたんだ。平民の僕が……貴族相当の扱いを受けられる。そして本来僕なんかが触れる事もできないような魔導書や魔道具と関われる事になる。

 ようやく弟に手が届く!

 

 バカにされた事も、どれだけ勉強をしても僕のような平民に資格取得を渡さないと言った連中も、ザマァ見ろ!

 

「ざまぁ! ざまぁ!」

 

 思い出すと僕は小さく口にした。

 危険魔具取扱協会・ジュデッカ。

 

 その待合室で僕は端の方に座って待っている。目立つ必要はない。どうせ発見や研究の成果は貴族の物なんだ。僕はそんな評価なんていらない。

 僕はこれから、資格を取得しなければ見れなかった景色を見れる事になる。危険魔具取扱者・カンタービレとして将来が約束された。だけど、そんな事ですらどうでもいい。

 待合室で僕はお呼びがかかるのをずっと待っていた。合格者は僕を合わせて四人。一人、また一人と呼び出されていく中、僕を除く最後の一人。

 

「ソル・フレイヤ。執務室に」

「はい!」

 

 金髪の貴族の女の子は元気よく挨拶をして出ていった。一人になった僕。平民出だからだろうか? まさか合格ですらなかった事にされるんじゃないだろうな……そう不安になった頃、

 

「アルケー・ダニエル。執務室に」

 

 来た! キタキタキタキタ! キタァああああ!

 

「はい!」

 

 僕は恐る恐る執務室に入ると、白衣を来た長いブロンドの長髪男性……有名な魔道具研究員。僕が憧れるプラチナランクカンタービレ。サリエラ・カルヴァヤン博士の姿。

 本当に僕が……危険魔具取扱者に……

 

「アルケー。君は魔道具事件で弟を失ったらしいね?」

「はい! 弟を取り戻す為に僕は……」

「うん、ドラマだ! たった一人の肉親を追うために、倍率1000倍の受験に合格、君はいいね。君こそ、アレを扱えるかもしれない。アレをここに」

 

 アレ? 

 一体なにが……僕の前に連れて来させられたのは、複数の特級魔道具で拘束された……女の子? とても綺麗な漆黒の髪をして、澱みのない宝石みたいな緋色の瞳が僕を見つめる。一体この子はなんなんだろう? ぱっと見ただけでも四つの特級魔道具に縛られている。普通の人間なら、魔力やスキルを縛られて気が狂って死んでしまう筈なのに、

 

「これは、リト。私たちの知らない地域、あるいは世界からやってきたと思われる人間に近い何かだ。ゴブリン12頭を討伐というより殺害、オーク4頭をこれまた殺害して捕食していた所、保護しにきた教皇警備兵五人を殺害、魔道具による拘束後その状況ですらも逃亡、追跡に聖騎士団を投入、三名負傷、一名死亡。ついには複数の特級魔道具によりようやく無効化、言葉通り怪物だよ。可憐な少年の姿をしたアークデーモンといったところかな? 一度だけこの怪物は名乗ったんだ。それは挨拶なのか、自分の名前なのかは知らないけど……リトとね。だからリトと呼ぶ事にしたよ」

 

 このリトが博士の言うアレなんだろうな。僕をじっと見つめている。こんな女の子がそんなバカな……奴隷か何かで売られてきた子の間違いじゃないのか? ……いや、ちょっと待て!

 さっき博士はこのリトの事を少年と言った。

 

 

「サリエラ様、少年って」

「あぁ、ズボンを脱がしてみようか? 可愛いのがついてるよ」

 

 僕はリトのズボンを脱がそうとするサリエラ様を本気で止めた。

 

「いや、いいです。分かりました。でもこのリトを僕にどうしろと?」

「いやぁね。君って平民でしょ? なんでもそうだけどさ。貴族社会だと君みたいなのってよく思わない連中が沢山いるのよ? あー。安心して、私は君の事好きだよ。そりゃもう可愛い弟くらいには思ってるさ、でも貴族を差し置いて平民が合格したってのに世間は気に入らないんだよ。未だ世界の覇権は世襲制だろ? だからさ!」

「サリエラ様……」

「先輩でいいよアルケー君」

 

 やっぱり、僕みたいな平民はやっかまれてたんだな。僕にとって、蜘蛛の糸のように細い希望はサリエラ先輩だけ。彼に嫌われたら全てが終わる。少しばかりペテン師のような彼にまで愛想を尽かされないように、できる限りは、従う他ない。

 

「サリエラ先輩、僕はこのリトと何をすればいいんでしょうか?」

「いいねぇ、アルケー君。話がわかる子。私は好きだよ。このリトと君は闇クエスト。いやこの場合は闇バイトといった方がいいかな? それを受けてほしいんだよね」

「闇クエスト?」

「うん、ギルドでは絶対に請負されない危険度マックスで見返りもマックスなお仕事さ、教皇側も騎士団もメンツの問題でこのリトを処刑したくて仕方がない。でもさ? 別世界からやって来たかもしれないリトを私はみすみす手放したくない。その為にはリトに利用価値を見出さなければならない。でもリトにあれこれしている暇は私にはないし、誰もやりたがらない。そこで君さ! リトを魔道具とし、君は危険魔具どころか、危険魔道具人間取扱免許保持者として、リトと闇クエストに挑んでもらいたいんだよね? もちろん十分な見返りは払うさ。いずれにしても君は選ばなければならない。危険魔具取扱者免許を貴族のくだらないプライドで剥奪されるか、それともリトと共に深淵を歩み、弟の手をいつか掴むかのどっちかをさ」

 

 そんなの、僕は選択肢なんてないじゃないか……僕がこのリトと闇クエストを行わなければ、僕の資格はなかった事にされてリトは処刑される。

 そんな僕の心を揺さぶるサリエラ先輩の一言。

 

「そしてもう一つ。この話を受けるなら本来ブロンズから始まる資格保持者だけど、君の場合はゴールド取扱者として、あらゆる特級魔具の使用を許可する。そうすればいずれ弟さんに手が届くんじゃないかない? 悪い話じゃないだろう?」

「やります!」

 

 よく考えれば弟を取り戻す為にはいずれ危険な事に首を突っ込む事になる。それが遅いか、早いかの違いでしかない。ゴールド資格取得は早くても五年以上かかるのに……暁光だと思うべきだ。

 僕はリトを見て、

 

「これからよろしくリト」

「???」

 

 僕をそしてサリエラ先輩を不思議そうに見ているリト。サリエラ先輩は僕に一つ注意点を語った。

 

「アルケー君。リトは中々可憐に見えるけど、人だとは思わないようにね。その容姿だ。捕えられた時、下衆な憲兵がリトを犯そうとして両目を失い喉仏を刈られた。拘束された状態でだよ? 当然魔法無効化の魔具で拘束されている。この生き物はまともじゃない。この生き物の持ち物、見てごらん」

 

 そう言って渡された、包丁? それと不思議なナイフ。いずれも……

 

“100YEN maid in China“

 

 見た事のない刻印? いや、文字なんだろうか? 分からない。分からないけど、これはあの“東京駅“に通じている気がする。

 

「恐ろしく綺麗に精巧に作られた物だよね? 一体金貨何枚するのやら。そしてリトが元々着ていた服。血だらけだけど、これにも刻印がある」

 

“i am a virginity !!“

 

 異世界の遺物かもしれない。サリエラ先輩の言う通りこれだけでも金貨何枚積まれるのか分からない物なのに……彼はやっぱり。

 

「アルケー君、最初の闇クエストを依頼したいのだけどいいかな? あぁ、これ前金ね」

「はい……えっ? 金貨?」

 

 50枚はある。三ヶ月は贅沢に暮らせるぞ……こんなのプラチナランクのクエストや、魔王軍討伐クエストクラスじゃないのか……それも前金? いやいやいや……

 

「成功報酬で残りの300枚を支払うから。こいつ、とりあえず殺して来てもらえるかな? 呪怨の森に住まう不死身研究の魔術師。奇跡の魔術師とか言われている私の同郷の旧友・アリエル・サーチェをね。彼女さ、特級魔導書の独占と奴隷や身寄りのない人間に悍ましい魔法実験の数々。流石に王宮魔術師としてもやりすぎたんだよね」

 

 アリエル・サーチェ魔術師様。確か、蘇生魔法リザレクションの三割再現・リザレクの完成に尽力された魔術師様。病気で亡くなった母子を前にして涙ながらに人は死から解放されるべきだという主張はあまりにも有名で王宮魔術師でありながら民衆にも優しく支持も高い。

 

「そんな方を…………それなら騎士団が調べたり、勇者様などに」

「あのね? アルケー君。騎士団と王宮魔術師の癒着は酷い、それに勇者様に知られたくない事なんだよ。勇者様の英雄譚はいつも清々しいまでによくできてるだろ? そういう風な仕事ばかり勇者様には行ってもらってんだ。そうして勇者様は気持ちよく魔王軍討伐してもらわないと困るからさ、こういう汚れ仕事はいつも歴史に名前が残らない者がやんの。という事で、二人は研究員のアルバイトとしてアリエルのクラフトに三日後から就業開始だから」

 

 そんな、心の準備が……アリエル様が完成させたリザレクで助かった多くの人たちの公開された手紙を僕も読んだ事がある。あんな、聖女みたいな人を……ころ、殺せって……

 

「今日はその前金でリトと決起会でもすればいい。あー、ちなみにリトにはナイフはもちろん、フォークもレイペル(さじ)も持たせない方がいい。お姫様、いや王子様かな? でも相手をしているように君が食べさせるんだよ? 命が惜しければね」

 

 資格取得したその日、僕は放心状態なのに一人では歩くこともできないリトの手を引いて、試験会場の執務室から出る。リトはずっと虚な目で僕のことを見ている。本当にこんな子がそんな凶暴なんだろうか?

 いや、でも……このリトを拘束する為に四つの特級魔具が取り付けられているのが何よりの証拠。運動能力を奪う首輪型のブラック・ローズ。魔法を完全無効化する腕輪型のノワール・ガーベラ。詠唱及び言葉を奪うマスク型のシュヴァルツ・ラベンダー。そしてスキルを完全無効化するネックレス型のネロ・サンフラワー。

 それぞれ、魔王軍の凶暴な魔物、魔獣を縛り付ける為に使われていた魔法を含むすべての行動を拘束する特級魔具。それでも尚、意識を失う事もなく、リトは動いている。

 それが……この子の異常性なんだろう。

 たった一言、エンゲージと僕がいえば、この魔具からリトは解放される。彼を解放したらどうなるのか僕には分からない。

 とりあえず今は、平民の僕が絶対に行けないような場所で食事をしてみようと思う。

 ギルドの酒場なんてところで普通のクエストを行う冒険者は食事を取るんだろうけど、僕は違う。なんせ金貨50枚もあるんだ。儲かっている商人や、貴族なんかが御用達のレストランという場所に向かってみた。

 

「リト、君は何か好きな食べ物あるかい?」

「……」

「あっ、声が出せないんだよね。シュヴァルツ・ラベンダーを解き放つ。エンゲージ」

「チー牛」

 

 チィギュウ。

 確かにリトはそう言った。リトの言う食べ物を想像しながら……僕はとんでもない重大なことに気づいた。

 

「リト、君は喋れるのかい? というか、僕の言う事が分かるんだね? リト、僕は」

「アルケー。弱い、頭は少しいい。でもサリエラにうまく使われている」

「いや、そうだけど……違わなくないけど……とにかくリト、今から食事に行こう。とりあえずお腹が一杯になってから考えよう」

「ねぇアルケー、これを外して」

 

 四つの魔道具。僕はあまりにもリトが普通にそう言うから。

 

「えんげ……っ!」

 

 リトは表情を変えず、ただ虚な瞳で僕をじっと見つめていた。この時の彼は猛獣が獲物を狙う目で僕を見つめていた。彼を解き放ったら、僕はどうなったんだろう。それが頭によぎり、僕は寸でのところで解除をやめた。

 

「ごめん、それはできないんだ」

「そう、別にいい」

「えっ?」

 

 その時、リトは自然に笑った。それが笑顔だったのか、僕には分からない。ただのそういう反応だったのかもしれない。

 だけど、間違いなくこの時の僕はこの得体の知れないリトという緋色の瞳を持つ少年に魅了されていた。

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