本編

・本編・


(軽いノイズ。そこから少女の声がフェードイン)


……い。

おーい。もしもーし。

あれ?

あなた……もしかして、私が見えるの?


うん……? あれ、聞こえてるよね?

君。君。

君!(大声)

聞こえてるでしょう。

ちょっと、どこ見てるの?こっち向いてよ。ああ、違う。そっちじゃなくてこっち。右。右!

あー……。

うーん、どうやら、見えないけど、聞こえているって感じみたいだね。

ねえ、あのさ。もしよかったら、私とちょっとおしゃべりしない?

誰も私の声が聞こえないし、ずーっと退屈だったんだよ。でも、どうやら君は私の声が聞こえるみたいだし。ここにいてくれるなら嬉しいな。

君も、誰かを待っているの? それとも、これから出かけたりする? (三秒間)ふうん。

私?

私はね。お母さんをここで待ってるの。


そういえば、君はこのオブジェがどうやって作られたのか知ってる?

これはね……。(舞台になっているオブジェの制作年月日、作者、その歴史を紹介する)

ね、すごいでしょう?

えっ? どうしてそんなに知ってるのか?

昔ね、お母さんが教えてくれたの。


お母さん?

あのね。すっごく優しい人なの。私の誕生日に、ケーキを焼いてくれるんだよ。そう。クリームとかも全部自分で作って。

それがお店のケーキぐらいすっごいんだ。

私、それを食べるのすっごく好き。もちろんね、甘いものが好きだし、ケーキを食べるのが好きっていうのはそうなんだけど。

お母さんがね。

お母さんが……私のためだけにケーキを作ってくれるって、そのことが、一番うれしい。

あの日も、……そうだったの。

私の誕生日だったんだ。


私の手を握ってた。

お母さんがね。

材料を買って来るから、ここで待ってなさいって。

私の手をぎゅーっと握ってね。なんか変だったな。それから、ここで分かれたの。

ここでずーっと待ってなさいって。

だから私ね。ここで待ったの。

ずーっと待ってた。

そしたらね。変なんだ。

朝がきて、夜がきたのに、お母さんはここに来なかった。

(沈黙。三秒間)


今日私の誕生日なんだ。

何歳になるのか、もう忘れちゃった。みんなが私のこと見えなくなっちゃってから、どれぐらい時間が経ったのか分からなくなったの。

でも待ったよ。

どれぐらい?

ずっとだよ。

ずーっと。

ずーっと。

ずーっと。ずーっと。ずーっと。ずーっと。ずーっとずーっとずーっとずーっとずーっとずーっと。(音声を繰り返す。故障みたいに)

ずーっとずーっと

ずー

でもね。(急に切り替わる)

お母さんは来なかった。


(軽いノイズが入ってくる)

お腹が空いたの。すごくすごくすごくすごくお腹が空いた。だんだん雨が降ってきて、寒かった。体がガタガタ震えてきて、私座っちゃったの。そうしたらなんだか眠たくなって、そのまま寝ちゃった。

分かってる。

私死んじゃったの。

分かってる。

私捨てられたの。

お母さんに、捨てられたの。

捨てられて死んじゃった。

いらない子になっちゃったたたたたたたたた(最後の「た」が繰り返されて再生される)(三秒間)


ねえ。(ノイズが急に止む)

こんな話を知ってる?幽霊は電磁波に近いって。

だから、君のスマートフォンが、私の音声を通して、君の耳に届いてるのかも。

私寂しかったの。

すごく退屈だった。

ずっとここにいてよ。

ずっと。ずっと、ずっとずっとずっとずっ

寂しかった。(また急に切り替わる)

誰も私に気付かなかった。

誰も私の話を聞いてくれなかった。

でも。

君がずっとここにいてくれるなら……。(段々とノイズが入り、酷くなる)

私……もう寂しくないからあああああ。(低く、泣き叫ぶような声)


(三秒後、ノイズ交じりのまま)

ねえ。

こっちを向いて。

オブジェの方を見てみて。

じっ……と、見て。

じっ……と。もっとよく見て。

(三秒間)

ねえ。


君の後ろにいるのは誰?


(五秒間)

あははははははははは!(ノイズ交じりの大声)


なーんてね!(音声がクリアになる)

えへへ、どうどう、ビックリしちゃった? 驚かせてごめんね。

あーあ、楽しかった!

君とおしゃべりできて良かったよ。ほんと、誰とも喋れないと退屈でね。ちょっとからかいたかったの。ごめんね。

嘘だよ。

私はね、ただのイタズラ好きな幽霊。

このオブジェが大ー好きで、ちょっと取り憑いてたの。

本当にごめんね。

でも、君にこんなものがあるよって、私がここにいるよって、覚えていて欲しかったの。


さようなら。

もしよかったら、またここに来てね。

気が向いたら、また話しかけちゃうかもね。

私、待ってるから。ずーっと、待ってるから。

うふふ、ふふふふふ……。(音声は段々と雑音にのまれて消え、ブツリと切れる)

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幽霊とおしゃべりしよう ひすぴ @hisupi

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