第12話

小さな家々がレゴで作られたように整然と並び

その中を水流が白銀に煌めいていた

きっとあの町中では人々が言い争いをしたり仲直りしたり

そしてその全てが日常に溶けていく

そんな時を過ごしているのだろう


それでも何だか現実感に乏しい気がするのは

ふわふわと揺れているこの気球のせいだと思う


そんな非現実な場所で考える

あの逮捕劇の現実は

この場所よりもよっぽど非現実だった


魔女の元下僕は逮捕の瞬間に泣き叫び

その部下たちは逃亡しようとした瞬間を素早く抑えられ

それを妹が慣れた様子で指示を出していた

隣では魔女が笑っていた

そしてその隣ではいとこがしょぼくれて立っていた


「俺ア良いことしたつもりだったんだけどな、あの復縁劇」

そうぼやくいとこに

「あんなのに騙されるなんてまだまだ修行不足ね

あのくっさい演技に騙されるとかナイナイ」

冷たい業務連絡のみでしか知らない魔女が別人のようだった

「あれからちょっとまた仕事する羽目になったのはあのせいだし」


会話の意味は分からなかったが

イトコがあの場所に来るまでに

魔女にこってり絞られたことだけは予測がついた


「それに比べてあんたは良い仕事したね

休暇あげるから楽しんできなよ」

魔女はそう耳元で囁いた


ようやく自分の体へ戻ってから数日程で

私宛に小さな封筒が届いた


正直の代金とだけ件名に書かれた小切手には

数年は凌げる生活費の額が書かれていた

差し出し先は、あの顧客だった

それから

見慣れた魔女の筆跡で

日時を指定した小さな招待状が入っていた


その日時、小高い丘には

妹と魔女が居た

草原には柔らかい風が吹いていた

そしてそこには

原色で遠くからでもすぐわかるような気球がでんと構えていた


「はいこれ携帯食料と水

上空は寒いだろうからほらコレ」


「この気球はもう行くところ設定してあるからね

操縦しようとか思わなくても大丈夫」


妹と魔女が交互に喋っては

その度に私へ荷物を押し付けて来た

そしてあっけにとられている内に

私は気球の中へと押し込まれていった


ポッという音と共に、気球はふわふわと頼りなく

空へと昇ってゆく


「アタシだって人を守れる度量くらいあるんだからね!

だからいつもアンタだけ色々背負わなくたっていいの!」


「そうよお!いつまでも地べたはってるんじゃないわよ

そこから色んなことを見て来なさいよお!

それからまたウチに戻って来なさいよねえ」


商魂たくましいセリフが入ってる気もしたが

それでも目頭は熱くなった


「良い旅を!」


声音も全く違う声たちが一緒に

私の耳に優しく響いた

気球はみるみる上昇してゆき

2人の姿が小麦の粒ほどになった


そんなことを思い返してみると

やっぱり非現実だった


この流れる時間のゆったりさに

ようやく一息つける気がして

私はうんと腕を伸ばしながら微笑んだ






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体、チェンジ業社 朝野五次 @Feb2024

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