はなさないでくださいね

細蟹姫

はなさないでくださいね

 この世界には、度々異世界の住人がやって来る。

 彼らは神からスキルという特殊な能力を与えられており、その力は国の力関係をも変える程強大だった。

 その為、異世界人が現われた国は繁栄を約束されたと浮足立ち、隣国たちは戦々恐々とその様子を見守るという構図が、大昔から続いている。


 今日もまた、異世界からの訪問者を知らせる【召喚の光】が柱を立てた。


 見つけたのは、狩りをしていたエルフの青年。

 彼はすぐさま、エルフの長を呼びに走った。


「こちらです。」

「あら…確かに【召喚の光】のようね。お迎えしてあげなくちゃいけないわ。」


 光の柱が立ったからといって、異世界の住人が無条件でこの地を踏める訳では無い。

 彼らには迎えが必要なのだ。

 その方法は簡単で、光の柱の中に魔力を込めて編んだ糸・魔糸を垂らすだけ。


 長老が光の柱に手をかざすと、柱が放っていた白い光はだんだんとクリアになっていき、一人の男性の姿を映し出す。

 彼が、今回の異世界人である。


「んー…黒い髪、黒い目…顔の印象が薄い。…ハズレ族かもしれないわね。」


 人間、獣人、魚人、霊人、鬼人…どんな姿であろうとスキルを持った異世界人は重宝される。

 しかし例外的に、スキルの確認よりも前、こちらの世界に迎い入れる前に消滅してしまう残念な種族が居る。長い歴史の中で、数度目撃されている黒髪の種族は、しかし一度もこの世界に降り立ったことは無く、ハズレ族と呼ばれているのである。



「こんにちは。聞こえますか?」

「誰だ!?」

「驚かせてごめんなさい。私はエルフの長、フィーユと申します。私の言葉が理解できていますでしょうか?」


 違う言語を話す異世界人と会話する時には、双方に自動翻訳が発動する為、基本的に初めから言葉が通じるのだけれど、ハズレ族である可能性も加味して念の為にいくつかの質問をしながら確認すると、男は「あぁ」と戸惑いながら返事をした。


「問題ないようですね。良かったです。では、今からそちらに糸を垂らします。この糸はドラゴンを拘束出来る程の強度がありますからご安心ください。あなた様が掴まりしだい、こちらで引き揚げます。ただし、糸を掴みましたら絶対に、ください。落ちる危険性がありますので。」

「分かった。気を付ける。」


(良かった。話しは通じる人だし、素直だわ。)


 安心したのもつかの間、垂らした糸を掴んだ男はその糸の先を見上げ


「掴んだぞ! 上げてくれ。」


 と叫ぶ。

 同時に、糸がプツリと切れ、男は驚きの表情を浮かべたまま闇の中へ落ちて行った。

 異世界人の居る空間は【異界の狭間】と呼ばれる特殊な空間で、糸に触れた瞬間に部屋は消滅して、そこはただの闇になってしまうのだ。


「あぁ、だからくださいって言ったのに…」


 魔糸は初級魔法で、子どもでも作る事が出来るのだが、その分解くことも容易い。

 術者よりも能力値の強い者が触れた状態で一言でも言葉を発っせば、糸に練り込んだ魔力は消えて無くなってしまう。


「やっぱりハズレ族だったみたいですね。残念です。」


 落ちて行った異世界人を救う術は無い。

 どうなったのかも分からない。

 ただ、理由も分からないから日本人ハズレ族は、この世界に降り立つことは出来ないのである。

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