第385話 夕暮れの帰り道
これは少しだけ未来のどこにでもいる普通の、特別な事情も世界を揺るがす事情も何も持たないただの家族のお話。
誰にも気に留められず、ただ日常を過ごしひっそりと寿命を迎えるような…なんでもない一日だ。
────────
帝国の一画で艶やかな漆黒の髪を持つ女性が一つの劇を披露していた。
「「悪いモンスターめ!姫を返せ!」そう叫んだ勇者はモンスターに剣を突き立てます」
両手10本の指から伸びた糸を巧みに操り、手のひらサイズのパペットを操り物語を繰り広げる。
10数年前、帝国からの要請、ごり押しで全世界的にパペットという存在の召喚使役が一部の例外を除いて禁止された。
そんな中で人形遣いという存在はかなり珍しく、帝国の子供たちは目を輝かせながら女性の芸を眺めている。
「そして姫と勇者は幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
小さな舞台の中を動き回っていたパペットたちが観客に向かって礼をし、子供たちが拍手を送る。
以前パペットを見たことがある大人たちも、そのあまりにも鮮やかなパペットの扱いに関心に拍手を送る。
「みんなありがとう。今日の劇はこれでおしまいだよ…あ、大人の皆さんおひねりは大丈夫です~お金が目当てではないので、ええはい。気を付けてお帰りくださいね~」
女性の声に観客たちは解散を始め、人混みが消えていく。
しかし一人の小さな少女だけはその場に残り、キラキラとして瞳を女性に向けていた。
女性はそんな少女に微笑みかけると飴玉を差し出した。
「見てくれてありがとう。楽しかった?」
「うん!すごかった」
「それはよかった。飴玉どうぞ」
「ありがとう!」
少女は飴玉を受け取り、口に含ませると顔をほころばせた。
「おいしい?」
「うん!すっごく!…ねえお姉さん。またお人形のおはなし見せてくれる?」
「そうだねー気が向いたらまた来るよ」
「ほんと!約束だよ!」
「うん、約束ー」
女性は少女に小指を差し出す。
指きりと呼ばれるその行為だがこの世界でそれを知る者はこの世界ではない記憶を持つ者のみだ。
少女がそれを知るはずは無いのだが自分の小指を少しの間だけ見つめると女性の小指に絡めた。
「ふふっ。これで約束できたね」
「う?うん?」
少女はその行為が何を意味するのか知らないはずであったが、なんとなく知っているような気もしていた。
少なくともその行為が約束を意味する行為だと理解は出来た。
女性は満足そうに笑うと指を外し、後片付けを始め、少女はその様子を眺めている。
「人形触ってみる?」
「いいの!?」
「どうぞ。壊れてもいいやつだから好きに遊んでいいよ」
「やったー!」
楽しそうにパペットを触りだす少女に、近づく影があった。
「あ!こんなところに!」
とても淡く、何色だとハッキリと明言できない…そんな不思議な髪色をした女性が食材の入った袋を片手に少女に駆け寄った。
「おかあさん!」
「ダメでしょう勝手に離れて行っちゃ!おかあさん探したんですよ!」
「ごめんなさい…」
どうやら女性は母親のようで、少女は母に怒られてしゅんと落ちこんだような表情を見せた。
「怒らないであげて。私が芸を見て行ってって誘っちゃったんだ」
「芸…?う、パペットですか…」
母親は娘が手にしたパペットを見るとわずかに顔を歪ませて後ずさる。
「人形は嫌い?」
「え、ええ…いえ、人形遣いの方には失礼でしたね」
「気にしないで。私も実はそんなに好きじゃないし」
「ええ…?」
母親は女性の謎の掴めなさに困惑したが、女性は気にせず母親に話しかけ続ける。
「娘さん可愛いですね」
「まぁ…最近はわがまま言うようになっちゃって大変なんですけどね」
なぜ見知らぬ人形遣いと雑談を始めているのか、母親はいまいち釈然としていなかったが何故か話してしまう。
この女性には自分たちの「今」を話しておかないといけない…そんな気がしたから。
「あはは、いいじゃないの。健やかに育っている証だよ」
「ええまぁそうですね…実はこの子とは血が繋がっていないんです」
パペットで遊んでいる娘の頭を優しく撫でながら、小声で母親は女性に耳打ちをする。
「おや」
「ちょっと色々ありましてね…捨て子だったのを拾ったんです。私は子が産めないので…その運命と言いますか、神様からのめぐりあわせみたいな」
「いや…そんな事をした覚えは…というかどうして一回変な親に当たっちゃうかなぁ…呪われてるんじゃないの…?」
「え?なんです?」
「いやいや、こっちの話です。それで?大変でした?」
「そりゃあもう…」
母親はしみじみと吐き出すようにそう言った。
少女を拾ってからの数年間を思い出しているのか表情がコロコロと変わっていく。
「いろいろあったんですね」
「もちろんですよ。綺麗事なんかじゃどうにもならないことが多くて…精神的にも肉体的にも辛い事がいっぱいありました」
「後悔してる?」
「まさか」
「今幸せ?」
「ええ、とても…この子に出会った時に何と言いますか…ようやく欠けていた何かに出会えた。そんな感じがしたんです。大変な事も辛い事もたくさんありましたけど…この子が笑っているそれだけで私は世界一幸せな人間だと実感できるのです」
「そっか」
女性はパペットで遊んでいる少女に目を向け、そっとその頬に触れる。
「おねえさん?」
「キミはどう?おかあさんといられて幸せ?」
「うん!あのねおかあさんの作るシチューはとても美味しいんだよ!
「そっかそっかぁそれが聞けて私は満足だよ。その人形あげるよ…私と君の友達のしるしに」
「友達?私とおねえさんお友達?」
「そうそう、お友達~」
きゃっきゃっと女性と少女はまるで長年の友人の様に手を合わせて笑い合う。
もうすぐ日の暮れる時間だ。
夕日が三人の姿を照らし、家に帰る時間だよと促す。
「そろそろ帰ろうか」
「うん!おねえさんまたね!…あ、おねえさんお名前なんですか!」
「私はねリリ。あなたは?」
「リリちゃん!えっと私の名前はレイナ!」
「いい名前だね。ちなみにお母さんお名前は?」
「私もですか?アリアですけど…」
「うんうん、レイナにアリアさん。気が向いたらまたこの辺りで人形劇やってるから来てくれると嬉しいな」
「うん!絶対だよ!お友達だからね!」
バイバイと手を振り、リリと親子は別々の方向に歩く。
夕日に照らされて手をつなぐ親化の影が地面を伸びて溶け合うように一つになる。
「おかあさん今日のごはんはなぁに?」
「うーん…寒くなって来たしシチューにしようか。今からだとちょっと時間かかっちゃうけど」
「わーい!私待てるよ!」
「レイナはいい子だね~」
そんな会話を繰り広げているとアリアの服が不自然に盛り上がり、その盛り上がりから大きなトカゲがひょっこりと顔をのぞかせる。
「あらメルドそんなところにいたの?」
「メルドもお腹すいたのかなぁ?」
「シュゥ~」
よしよしとトカゲの頭をレイナが撫で、その様子をアリアは優しいまなざしで見守っている。
誰が見ても仲睦まじい親子。
血のつながりなど関係ない、確かな絆で結ばれた二人の姿がそこにはあった。
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【あとがき】
これにて「人形少女は魔王様依存症」完結となります!ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
といいつつもいつになるかはわかりませんがもう一話だけ番外編的な話を投稿する予定です。
内容としてはざっくり言いますとマオちゃんのお腹の中の人の話になるかと思われます。
なぜそれを本編でやらなかったのかというのは実はこちらの作品、続編があったのですが、それを書いていた時に個人的にいろいろとありましてメンタルが影響した結果、ちょっと私が納得できない感じになってしまったために書き直している最中なのですが、そちらに出てくるキャラの一人になる予定だったため、こちらでは語らなかった…という事情があります。
しかし書き直している都合上、投稿されるのはかなり先になってしまい、存在が示唆されているのにほったらかし…という状態になってしまっているので、その補完の話を投稿したいのでもう一話番外編を!という話です!
ですがすぐにと言うわけではないのでゆるりとお待ちいただければと思います!
実はこの作品の裏で「幼女ドラゴンは生きてみる」という作品を現在連載中ですのでよろしければそちらでも見ていただきながらお待ちいただければと宣伝もおいておきます!
番外編を投稿しましたら作者ページにてお知らせしますのでそちらを確認していただければと思います。
もしくは実はXが存在しているのでそちらでも確認いただけます。
ただXほとんど投稿報告をしているのと「極稀」に小説についての事をつぶやいてる感じなので見る意味はあんまりないと思われます!
と長くなりましたが400話近くもお付き合いいただきありがとうございました!
こちらで投稿をしていた時間はそこまで長くはありませんが、執筆していた時間は一年以上だったので数々の反省点はありつつも感慨深い作品でした!
基本的に自分の書きたいものを趣味百パーセントで書いて投稿している中で、それを見つけて完結まで読んでいただき、応援していただけた。
これ以上に嬉しいことはないと思っております!
これからも趣味で投稿を続けていきますのでもしご縁がありましたらその時はまたよろしくお願いいたします!
それではこれにて締めとさせていただきます!ありがとうございました!
人形少女は魔王様依存症 やまね みぎたこ @yamamigi
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