第384話 番外編 世界の果てでの出来事

10年の間、リリとマオが何をしていたかの小話になります。


────────────


「うっ…うっ…」


カン…カン…。


「えぐっ、えぐっ…ぐすっ…」


カン…カン…。


世界の果て。

白と黒が混ざり合い、独特な灰色の広がる空が支配するその世界で不気味な泣き声と、叩きつけるような金属音が響く。


「ひぃ~ん、ひぃ~ん…」


カン…カン…。

鳴き声も金属音も止むことはなく、永遠に永遠にこだまして…。


「いや、怖いよ。なんでそんなに泣いてるのリリ」

「え?」


鳴き声の主はリリ。

人形の神…いや、すでに世界の頂点、誰も手が出せないほど高い場所に座した最高神へと至った神だ。

そんな彼女は今、大きな杭のようなものとハンマーを手に、ひたすら世界の果ての地面を叩き続けていた。


「だから怖いって。何事かと思ったじゃない」


マオがおやつを手に呆れたような視線をリリに向ける。

誰も手が出せないというのは偽りで、この世界で最も神格の高い神に対等に話せるどころかその神を以て勝つことのできない存在がマオである。


ある意味でこの世界で最も強い存在というのはマオかもしれない。

彼女の前でリリはどこまでも甘くなってしまうのだから。


「だってぇ~…もう飽きたんだよぉこの作業~」

「そんなこと言ったってしょうがないでしょ。帰らないといけないんだから」


リリとマオがこの場所を支配していた三柱の最高神を当然のように血祭りにあげた後、想定外の問題が二人に襲い掛かった。


「うん…まさか帰れないとは思わなかった。この場所から出られなくなるなんてさぁ」


二人はどれだけ手を尽くしてもこの世界から脱出することはかなわず、最高神の座についたものはこの場所で魂の管理をして世界を循環させなければならないという使命に縛り付けられてしまうのだ。


元よりリリは魂の管理をするつもりなど欠片ほどもなく、たまに適当に振り分けたりはしているが基本はノータッチだ。

ならば元の世界に残してきている娘たちの事もあり、はやく帰ろうとなってはいるのだが方法がなく足止めをくらい…仕方がないので力技で世界に穴をあけているという状態が今だった。


「そうだね。代わろうか?」

「ううん…マオちゃんはこの世界でほとんど何もできないはずだから私が頑張るよ。不測の何かが起こらないとも限らないし」


「ごめんね」

「ん?なにが?」


「…んーん、なんでもない。じゃあ少し休憩しましょ。お菓子作ったから」

「わーい!」


世界の果てに閉じ込められてリリたちの体感で一月ほどが経過しているが脱出できない以外はそれほど不満はなかった。

何故ならば、この場所ではリリの思い通りにありとあらゆる物を作り出すことが出来るからだ。

本来リリが持っていた想像の力が最高神に至ったことで増幅、強化されリリが認識している物質ならすぐさま作り出すことが出来る。


ある程度の制限はあり、食材は出せるが完成した料理を出すことは出来ない…というよりはリリが過程を知らない料理は味が安定しない事やリリが構造を理解していない道具等を作り出しても想定通りに機能しない等の問題は抱えているものの生活していく分には何の問題もなかった。

それゆえに世界の果てに閉じ込められている状況であっても精神の摩耗はほぼ無いと言ってもよかった。


「時間があるから焼き菓子作ってみたんだ。前にメイラさんに教えてもらったやつだけど」

「へぇ~…もぐもぐ…え、めっちゃおいしい。無限に食べられるよこれ」


「よかった。いくらでも作れるからいっぱい食べてね」

「うん…もぐもぐ。だけど…もぐもぐ…いっぱい料理してもらって申し訳ないなぁ。調理道具も最低限だし…もっと便利な奴とか作ろうか?お布団とかもさ、安物みたいなやつだけ作ったけどもっと最高級品!みたいなの創ろうよぉ~」


「だーめ。この場所で快適な暮らしを始めちゃったらどんどん戻りにくくなるでしょ。私たちは生きてるんだから早く娘たちのところに戻らないと」

「はーい。でもさマオちゃんが楽になる道具くらいは…」


「いいの。リリが泣くほど大変な思いをしているんだから私も少しくらい苦労しないと納得できないから」

「むむむ…」


リリとしてはマオには快適な暮らしをしてほしいのだが、そこはめんどくささに定評のあるマオ。

例え非効率だろうが不条理だろうが是が非でもリリをおいて楽をするのは嫌だと頑として拒否をする。

パートナーが苦労をしているなら同じだけの苦労を、幸せならば同じだけ幸せにしてもらわないと納得出来ないのだ。


「それよりどうなの?穴は開きそう?」

「いけそうな気はしてる…感じかなぁ。たぶんいつかはどうにかなりそうだけどどれくらい先になるのか…一月後かもしれないし一年かもしれないし…って」


「そっか。リフィルとアマリリスの事を考えると出来るだけ早く戻りたいけれど…メイラさんもいるし疲れすぎない範囲で頑張ろう。食べたい物とかあったら何でも作るから言ってね」

「うん。よーし、じゃあもうひと頑張りしちゃうぞ!」


リリが勢いよく立ち上がり、その拍子に腰に引っ掛けていたハンマーが滑り落ちる。

慌ててリリはそれを拾おうとし、同時に同じことを考えたマオと手が触れ合う。


「あっ!」


慌てて手を引っ込めたリリにマオは不満げであり悲しげでもある表情を見せる。


「あっと…ご、ごめんマオちゃん…」

「うん…なんかずっと触らないようにしてるよね私の事」


世界の果てに来てからというもの、リリはマオに触れないようにしていた。

マオがスキンシップを求めてもさりげなく回避し、眠る時も距離を取る。

普段は同じベッドで寝ていたにもかかわらずだ。

頑張ってくれているリリにそんな感情を持つべきではないと思っているもののマオはリリに対して言い知れぬ不満が溜まっていた。


「う、うん…」

「どうして?私何かしちゃった?」


「いやちがくて…!その…」

「うん」


「私パーフェクト人形になっちゃったからさ…」

「うん…?」


リリはクチナシの力を取り込んだことでその力が爆発的に強化されている。

能力的にではなく物理的な力がおかしなことになってしまったがゆえに力加減を間違えてマオの事を傷つけてしまうのがリリには恐ろしかったのだ。

世界すらどうでもいいと割り切るリリにでも、決して傷つけたくないものがあるのだ。


「というわけなんだ…」


しゅんと落ち込んだ表情を見せるリリにマオは母性をくすぐられるもグッとそれを抑え込む。

リリが真剣に悩んでいるのだから、自分も真剣にならなければと緩む頬を引き締めてリリに向き合う。


「うーん…」

「…」


そもそもの話、マオにとってもそれはかなりの由々しき事態であり、リリが触れてくれないというのは呼吸ができないとほぼ同義だ。

リリほど性欲が強くはないが人並みにそういう気分になることは当然あるわけで…恋人がいるのに自分で慰めるなど虚しいだけだし、リリはリリでマオを傷つけてしまうという可能性が付きまとう以上は何が何でも触れてこないだろう。


そんなことは許容できない。

マオは今までないないほどに頭を悩ませる。


「あ」

「あ?」


「ならパーフェクト人形状態を元に戻せばいいんじゃないの?もう一度クチナシを切り離したらいいんじゃない?」

「それはもう考えてみたんだけどさぁ…くっちゃんが最初に生まれた時は色んな要因があって私の力の一部があの子になったわけなんだけど…今は自分の力の一部を切り離したり出来ないんだよぉ…そんな機能がついてないというか…」


「諦めないで!」

「え!」


「どうしてそこで諦めるの!出来る出来ないじゃなくてやるの!一生私の身体に触れれなくていいの!?」

「よくない!!!!!!」


「じゃあやるの!」

「やる!」


それから一週間。

世界の果てからの脱出そっちのけで二人はリリの力の一部を切り離すことに全力を費やした。

そして…。


「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬうぉぉっぉおおおおおおおおおおお」

「もう少し!リリもう少しだけ力を出して!」


「ぐぬぅぅぅぅうううううううううううりゃにゃああああああああああああああ!!!」


座禅を組んでこれでもかと力むリリから白い靄のようなものが顔をのぞかせ、それをすかさずマオが両手と赤いオーラで掴み上げる。


「きた!掴めたよリリ!」

「ついに!よぉし行くよマオちゃん!」


「「せーの!ぬにゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」


お互いに全力で逆方向に靄を引っ張り続ける。

しばらくその状態が続き、完全に状況が膠着しているかと思われたが、ブチ…ブチブチブチと靄がリリから少しづつ切り離されて行き…完全に離れた。


「やったああああああああああああああ!!!」

「できたぁあああああああああああああ!!!」


マオがリリからちぎり取った力の塊を天高く掲げ、リリが何故かそれにひれ伏している。

長時間に及ぶ全力の作業が二人のテンションをおかしなものとしていた。

そしてそのままマオがパタリと倒れ、リリも同じようにマオの隣に倒れた。


極度の疲労が原因である。

リリには身体の疲労という概念はないが精神的なものだ。

そのまま二人で寄り添いながら、スヤスヤと寝息を立てていたが数時間ほど経過した頃だろうか。

マオの抱えていた力の塊がふよふよと空を泳ぎ…リリの中に再び吸い込まれたかと思うとムクリとリリが起き上がった。


「…なるほど、だいたい理解しました」


いつもとは違う口調、雰囲気でそう言ったリリはハンマーと杭を手にするとそれをいつも打ち付けていた場所に高速で打ち付け始めた。


ガキキキキキキキキキキキキキキン!

ズドドドドドドドドドドドドドド!

まるで重機を使っているかのような音が辺りに響き始めるが、その動きは精密機械の様に正確に一点のみを打ち続けている。

そして数時間後…ついに世界の果てに穴が開いた。


「ふぅ…とりあえずこれくらいでいいでしょう。ではおやすみなさいませ姉様」


元の寝ていた場所に戻ると、ふわりと白い力の塊が抜け出てリリは再び眠りについた。

その後リリの力の塊はまるで探検でもするかの様に世界の果てを漂っていた。


────────


「ん…んん?」

「おはよ」


リリが目を開くとマオが至近距離で顔を覗き込んでいた。

そのあまりの顔の良さにドキリとして、寝起きだというのにもかかわらず意識が最大まで覚醒する。


「お、おはようマオちゃん。寝ちゃってたんだね」

「そうみたい。お布団被らないで寝ちゃったけど…ここ寒くも暑くもないから平気だね」


「身体は痛くない?」

「大丈夫。それよりもリリ…もう触ってもいいんだよね」


聞いたにもかかわらず答えは聞いていないとばかりにマオはリリに身体をすり合わせる。

リリも少し前まで感じていた溢れんばかりのパワーを感じなくなっており、もう大丈夫だとその温かくやわらかな身体を抱きしめた。

ひと眠りして回復した体力、久々に触れ合う身体。

自分達以外に誰もいない場所。

そのような状況で何も起こらないはずはなく…抱き合い見つめ合っていた二人はどちらからともなく唇を触れさせた。


なお身体の熱を発散させていた二人の上空にはふよふよと白い力の塊が浮かんでいた。


────────


「よし!じゃあちょっと一頑張りしようかな」


ハンマーと杭を手にリリが立ち上がる。

その隣でシーツに包まって微睡んでいたマオがしょぼしょぼとしている目をこすっていた。


「もう?ちょっとくらい休めばいいのに」

「ここしばらく作業が進んでなかったからね~そろそろ本格的に頑張らないと。私は疲れないから大丈夫!マオちゃんは寝てて」


「ううん、私も起きる…ふぁ~」

「無理しなくていいのに…ってあれ!?」


「どうしたの?変な声出して」

「いや…なんかここいつの間にか穴が開いてる…」


「ほんとだ」


リリが作業をしていた場所。

そこに確かに一週間前まではなかったはずの穴が開いていた。

これならばリリが無理やり穴を広げて元の世界に戻ることが可能だった。


「え~でもなんでだろう?もしかして私とマオちゃんのラブパワーで?」

「馬鹿なこと言わないの…もしかしてあれじゃない?」


「あれ?」


マオが空を指差し、リリがそちらを見るとそこにふよふよと白い塊が浮いていた。


「あ!!!もしかして…私が寝てる間にやってくれたの?」


返事をするように白い塊がリリの周りを一周する。


「そっか。成功するか結構賭けだったけど…戻ってきてくれたんだね、くっちゃん」

「じゃあみんな揃ったね。もう行こうか?」


マオの言葉にうなずき、リリは片手に白い塊を、もう片方の手にマオの手を握り、穴を広げた。

これで皆が待つ元の世界に帰れる。

なんやかんやで数か月ほど滞在してしまったが皆大丈夫だろうか?と帰れる喜びと、若干の不安を胸に三人は穴に飛び込んだ。


────────


「まさか向こうの数か月でこっちでは10年経ってるとは思わないじゃんね」

「ほんとにね」

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