第383話 ただいま
「ふんふふんふーん」
賑わう帝国の一区画を一人の少女が歩いていく。
その場所は様々な店や商人に芸を披露するもの、そしてそれらを目当てにやってくる客で大いに喧噪に包まれた場所だった。
しかしその少女が歩いた後にはその喧噪が止み、静寂が支配する。
なぜそうなるのか、それはその少女が異常に美しかったから。
どちらかと言えば小柄ではあるが、すらっとした手足に透き通るような肌。
顔は小さく、まるで何者かが美しい顔を作るために正確な位置に最高のパーツを配置したかのような現実味の無い整い方をしている。
そして少女を目立たせていたのはその特徴的な髪色だ。
重さを感じさせる黒髪をベースに赤青黄緑金銀と様々な色のメッシュが乱雑に流されており、その中でピンク色だけが丁寧に右側で編み込まれていた。
あまりにも目を引くその少女は男性はともかく、たとえ同性であっても圧倒され、10人が見れば9人が振り向き1人は失神した。
人ならざる美。
もしそんなものが存在するのならそれは間違いなくその少女の事だとその姿を見たものは口をそろえて証言した。
少女はそんな光景を当然と思ってか…いや、まったく気にしていないのか平然としており、微笑みを浮かべたまま目的の場所に向かって歩いていく。
やがて少女は果物を売っている露店の前で脚を止めた。
「おじさん」
「へ?…あ、あぁはい…何かお探しでしょうかい?あぁいや、ですか?」
「うん。あのね?とってもね?甘い果物のが欲しいの。なにがいいかなぁ?」
「あ、えっと…」
普段は騒がしいと評判の果物屋の男であるが、少女の雰囲気に気圧され完全に飲まれてしまい、まるで新人の店員かのようにあたふたと無駄に手を動かしている。
「もしかして甘いのないのかなぁ?」
「い、いや!ある、じゃなくてあります!そのえっと、これとこれ!今が旬で甘くてうまいから!」
「ほんと!じゃあそれ全部ちょうだい!えーと5個ずつくらいあればいいかなぁ?」
「へ、へい!すぐにお包みしや、します!」
少女は店主から果物の入った包みを受け取ると満足そうに微笑み、お金を手渡す。
「ありがとうね」
「あいえ、こちらこそありがとっした!お、おまけで一つずつ多めに入れておきましたんで!」
「わー!ありがとう、おじさん!またね」
「は、はい!どういたしまし…あれ?」
店主が頭を下げ、再び頭を上げた時に少女の姿は消えていた。
────────
「どこ行っちゃったのかなぁ~」
少女は次は飲食店が立ち並ぶ道できょろきょろと辺りを見回していた。
人を探しているようで、店の中を窓ガラス越しに覗いては次の店にという行動を繰り返している。
そんな少女にメイド服を着た小柄な少女が話しかけた。
「あ、あのリフィル様…」
「ん?あ、色欲ちゃん。どうしたの?」
少女リフィルは、やけに緊張した様子の色欲ににっこりと微笑みかけた。
「ひっ…あ、あの…その…」
「なぁに?私急いでるんだけど?急いでるんだよ?」
「すみません!さっき悪魔神様から連絡がありまして…」
「うん」
「アマリリス様をどうにかしてほしいと苦情…じゃなくて!少しばかりその…困りごとが起こっているそうで」
「ふーん。ありがと、行ってくるね。ちょうどアマリを探してたんだ~あ、ついでにこの果物持って帰ってくれる?」
「わ、わかりまして…あの、先日から食料を買い込まれてるっすけど…何かあるんですか?」
「あるから買ってるんだよ?もう少ししたらパーティーするからね」
それだけを言い残してリフィルは駆け出していってしまった。
「こ、怖かった…くそっ嫉妬の奴にじゃんけん負けたばかりに…」
残された色欲は滝のような汗を流しながら、逃げるように屋敷に戻って行った。
────────
飲食区画にあるとある店にに人だかりができている。
その店は入口に大きな旗が立っており、その旗には「特別大盛メニュー!1時間以内に食べきればお代無料!!」と大々的に書かれていた。
もちろん店としてはサービスをするつもりなど微塵もなく、ノリで参加したものや、大食いに自信があるからとやってきた客をカモにするためのイベントであり、その思惑通りに多数の客が金を巻き上げられていた。
しかし一人の少女が現れたことでそれらの全ては砕け散ることになった。
「特別大盛のやつください」
そう言い放ち、席に座ったのは第一印象でほとんどの人が「可愛い」と思うほどの可愛らしさを持つ少女だった。
ピンク色のふわふわとした髪をしていて、ワンポイントで黒が混ぜ込んであるのが特徴的だった。
それにその可愛らしい顔つきや小動物的雰囲気に反して身長が高く、女性としてどころか男性と比較してもそん色ないほどの高身長だ。
しかし多少肉付きは良く見えるが太いわけではなく…ましてや大食いが出来るなどとは思えない。
「お、おい嬢ちゃんやめとけって…あれを食えた奴は誰もいないんだ。無駄に金取られるだけだ」
近くの席にいた男が忠告をしたが少女はそちらを一瞥しただけで、何も言う事はなかった。
店主としては可愛らしい少女をカモにするのはさすがに心が痛まない事もなかったが注文されては仕方がないと全力で調理し、少女の前に特別大盛をドン!とテーブルが震えそうなほどの勢いで置いた。
高身長の少女をして、その上半身より高く積まれた肉!野菜!米!何故か突き刺さったパン!そんなバケモノのようなメニューを前に少女はニコニコとほほ笑むと匙を手に取った。
「いただきます」
始めは店にいた者たちは冷やかしのつもりでそれを見ていた。
可愛らしい少女が大食いに挑戦しているとまるで芸事を鑑賞するかのような気持ちで見物しており、店主も謎の嗜虐心が芽生えてにやにやと少女見ていた。
しかし…ほんの数分でそれらすべての者から笑みが消えた。
特別大盛が恐ろしい速さで少女の口の中に吸い込まれていく。
まるで消えているようにさえ見えるほどに…。
「おいひー」
そんな異常なスピードで食べているというのにも関わらずちゃんと味わっているようで、時折少女から歓喜の笑みがこぼれだす。
1時間で食べきれば無料なのだが10分がたつ頃には9割が無くなっており、初めての大食いチャレンジ達成者に周囲の客たちは歓声をあげ、店主は悔しそうにこぶしを握り締める。
しかしそれはまだ始まりに過ぎなかった。
「おかわりくーださいっ」
「…え?」
少女の放った言葉に店は静まり返った。
誰もが少女から発せられた言葉の意味を理解できなかったから。
少女はそんな様子に首を傾げ、聞こえなかったと思ったのか今度は特別大盛が入っていた器を持ち上げながらもう一度同じことを言った。
「おかわりくーださいっ」
そして現在。
少女はすでに特別大盛を4杯平らげており、五杯目にとりかかっていた。
だというのに少女は未だに笑顔で「おいひー」と繰り返している。
「ば、化け物だ…」
「底なし…」
流石にペースは落ちてきているものの少女は一杯を食べ終えるのに15分もかけることはなく、店は無償で大量の食材の消費を強いられており、店主は泣きながら少女に土下座する。
「すいません!もう勘弁してくださいぃぃぃいいい!!!!」
「もぐもぐもぐもぐ…」
少女はそんな店主の方にポンと手を置く。
流石に勘弁してもらえたのかと喜びを浮かべて顔をあげた店主に少女はニッコリと微笑み、そして。
「おかわりくーださいっ」
「誰かたすけてくれぇええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
そこからさらに5杯…このままでは店が終わってしまう。
店主が絶望に包まれた時、救世主が現れた。
「アマリ~」
突如として店に現れたリフィルが少女の肩に手を置いた。
「んむ?あ、お姉ちゃん」
少女、アマリリスは食べる手を止めリフィルのほうに顔を向けた。
「何してるの?アマリ」
「お腹すいたからご飯食べてたの。無料なんだって」
「そうなんだ。だけど今日はパーティーだよ?お腹大丈夫?」
「うん。「ちょっと」くらいはお腹に入れておかないと私パーティーのご飯もいっぱい食べちゃいそうだから…今日のパーティーは私のためのご飯じゃないもんね」
「そっかそっか~アマリはえらいね~」
「えへへ」
「でもそろそろ時間だから帰ろっか。なんかコーちゃんとかが問題起こすな―って怒ってるみたいだし」
「ご飯食べてただけだよ?」
可愛らしく首をひねったアマリリスをリフィルは「可愛いね~」と撫でまわす。
「コーちゃんは色々と大げさだからね~。とりあえず帰ろ!アマリがたくさん食べても大丈夫なようにいっぱい食材買ったから大丈夫だよ」
「ほんと?わーい。じゃあこれだけ食べちゃうね」
残りの特別大盛をぺろりと平らげると姉妹は仲良く手を繋いで店を後にした。
「た、助かった…?ガクッ」
この日を境にこの店から…否。
辺り一帯の飲食店から大食いチャレンジメニューが消えた。
────────
メイラは自室で大きな箱を前にテーブルについていた。
屋敷の窓から射しこむ光に褐色の肌が照らされ、艶めかしく幻想的な雰囲気を作り出している。
「さて…今回のはどうかな」
メイラがゆっくりと箱を開けると、中には数枚の紙や木でできた小さな人形のような物が複数入っており、その一つ一つを丁寧に取り出すとテーブルに広げていく。
それらの正体はボードゲームと呼ばれる遊びの道具であり、自分以外誰もいない部屋でまるで遊び相手がそこにいるかのようにメイラは駒を配置し、説明書を手に取った。
「ふんふん、どれどれ」
ルールを確認しながら試しにと駒を動かし、時折首をひねっては再び駒を動かす。
そして一通りルールの確認を終えると、満足そうに頷いて片づけを始める。
部屋には数多くのボードゲームの箱が積まれていて、それらはこの10年でメイラが各地から集めた物だ。
買ってきてはルールを確認し、誰と遊ぶでもなく片づける。
時折リフィルたちに貸し出してはいたが自ら遊ぶことは決してなかった。
「…これもクチナシちゃんは得意そうだなぁ」
テーブルの向かい側に置かれた椅子…そこには誰もいないが代わりにとばかりに一体のぬいぐるみが置かれていた。
メイラが自ら作った手乗りサイズのクチナシを模したぬいぐるみで、うまくデフォルメがきいていて可愛いともっぱらの評判の逸品だ。
メイラはずっと待っていた。
帰ってくることなんてほぼないであろう友人を。
部屋に積まれたゲームを遊ぶ日を。
「囚われちゃってるよなぁ…あはは、ダメな女だね私。みんな頑張ってるのに…私だけがあの日から前に進めない。でも仕方ないよ…だって」
だっての後に続く言葉はなんなのか、メイラにも分からない。
言葉にならない胸の奥につっかえた感情。
メイラは10年、それを吐きだせずにいた。
ただひたすら過去を引きずっている。
「でももう終わりにしないとだよね。リフィルちゃんもアマリリスちゃんもリリさん達がいなくなって寂しかったはずなのに立派に育った…大人の私がいつまでもくよくよしてちゃだめだ」
もうボードゲームを手放そう。
それはとても悲しい事だけど、今のままではだめだと他の誰でもない自分が思うから。
今でも目を閉じると今でも聞こえてくるのは友達の声。
これが最後だとメイラはゆっくりと目を閉じた。
そして──
「メイラ。これはどう遊ぶのですか?」
これが最後だと決心したからなのか、その声はいつもの何倍にも鮮明に聞こえた。
10年という記憶の中に埋もれかけた声のはずなのに、まるでそこにいるかのようにハッキリとしている。
「メイラ?寝ているのですか?」
「…え?」
何かが違うと目を開いたメイラが見たものはテーブルの上で広げられた駒を小さな両手で掴み上げているクチナシのぬいぐるみだった。
幻覚を見ているのだろうかと目を数度こするも、ぬいぐるみは駒を上下に振ったり、造形を確かめていたりと確かに動いている。
当然だがメイラにぬいぐるみを動かす力など無く、誰かにそういう機能をつけてもらった覚えもない。
だが現実として確かにぬいぐるみは動いている。
「な、なんで…」
「どうかしましたか?」
ありえないと分かっているはずなのに、その声はどう聴いても大切な友達のそれだ。
「クチナシちゃん…なの…?」
「ええそうですが?手ごろな身体がなかったのでこちらにお邪魔しましたが…ちょっときつく縫い過ぎですね。身体が動かしにくいので作り直しを要求します」
「ほ、ほんとのホントにクチナシちゃんなの?」
「そうだと言っているではないですか」
メイラは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、ぬいぐるみを、クチナシを抱きしめた。
「あいたかった…ずっとあいたかったよぉ!」
「はい」
クチナシはそのモフモフの腕でぽんぽんとメイラの頬を撫でる。
「ずっと待ってたんだからね!」
「はい、お待たせしました。無事に戻りました」
「うん…うん…!」
そうして二人抱き合っているとバタバタと二つの騒々しい足音が近づき、バン!と扉が開かれた。
現れたのはリフィルとアマリリスでその手にはそれぞれ果物やお菓子を持っている。
「メイラちゃん!何してるの急いで!」
「はやくはやく」
「え?え?なに?」
今自分は何をせかされているのかと困惑するメイラにクチナシがそっと耳打ちをする。
「私がここに居るのです。帰ってきたのですよ」
「あ…それって…!」
────────
屋敷の門を二つの影が潜り抜け、仲睦まじそうに手をつなぎ大きな屋敷を見上げる。
そんな二人に屋敷の中からさらに二人の少女が駆け寄っていく。
「リリちゃん!ママ―!」
「おかえり!」
手をつないだ二人は顔を見合わせると優しく微笑んだ。
「「ただいま」」
────────────
【お知らせ】
あと二話ほど続きます!
お付き合いいただければ幸いです。
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