第382話 闇に生きる者の結末

「ひぃ!?来るな…来るなぁああああああ!!」


満月が浮かぶ夜、かすかな光が差し込む闇の中で鮮血が飛ぶ。

黒のコートを纏い、闇に溶け込んでいるような姿をした男が今しがた人を斬った剣を数度振って血を落とす。

その姿を見た斬られた男の仲間達が恐怖に顔を歪めて一目散に逃げ出していく。

コートの男は慌てず冷静に一人また一人と追い詰めて、その剣で標的を仕留める。


「俺から逃げられると思っているのか」

「た、助け…」


「お前たちの毒牙にかかった罪なき人々も…きっと同じように助けを乞うたのだろうな。それにお前たちは耳を貸したのか?」


再び血が空を舞い、月に照らされたそれは美しいほどの紅色をしていた。

そんな中、物陰に隠れていた男が一人、一気に駆け出した。

コートの男の目を盗み、息を殺して仲間を囮に隠れ、そして今が好機と逃走を試みたのだ。

それに気がついたコートの男ではあったが、静かにその場に立ったまま追いかけようとすらすることはなかった。

何故ならコートの男は彼ではなく、「彼等」だから。

逃走する男の目の前に突如として別の人物が現れ、その拳で顔面を撃ち抜く。


「が…ふ…おまえらまさか…漆黒の翼…」


それだけを言い残し、顔面を砕かれた男が地面に崩れ落ち、絶命した。


「ははは油断していたね?それとも僕を信頼してくれてたのかな」

「後者だ」


「そうか、それは嬉しいな…レクト」

「…怪我はないなヒート」


「当然」

「ならばいい」


漆黒のコートに身を包んでいる男の名はレクト。

かつて勇者と呼ばれ光に囚われていた男だ。

そんな彼だが今は光ある表の世界からは完全に姿を消し、先ほどまでの様に闇に生きる者として生きていた。

相棒であるヒートと共に。


「とりあえず今回の依頼はこれで達成だ。フォルスレネスに報告に行こう」

「ああ」


今の彼らはいわゆる闇の仕事人だ。

どれだけ力をつけようとも表の力だけでは限界がある…それを誰よりも知っているフォスはレクトとヒートに取引を持ち掛けた。

正道には生きられず、それでも正義を貫く生き方を選んだ彼らに、ならば闇の中で生きる覚悟はあるかと。

それから10年、レクトとヒートは表ではもはや誰の記憶からもその名を忘れ去られ、しかし裏の世界では漆黒の翼の異名で恐れられる存在となった。

不穏な動きをするもの、度を越した悪事を働く者などをフォスからの依頼で秘密裏に処理をする…さらには聖女たちを諦めきれず、今だに己が手に収めようとする者達への対処等も請け負っていた。


レクトの両手は血に濡れ、幼き頃に夢見た物語に出てくるような正義の勇者にはもう戻れない。

だがそれでも彼はそれでいいと思った。

岩山に腰を掛けて夜空に浮かぶ月を見上げる。

仕事終えた後のレクトの日課だった。


「…」

「ふっ、そうしているといつもよりかっこよく見えるね」


ヒートがレクトの隣で腕を組み、同じように月を見上げる。

結局あれから男体になることは出来ないまま、ヒートは女性としての身体で過ごしていた。

最近では自分の中で折り合いがついたようで、極まれにだがスカートを履いている姿を見る事さえあるとかなんとか。

もっともそれを見ることが出来るのはこの世でただ一人の男だけなのだが。


「馬鹿な事を。この闇の中で容姿など何の意味も持たない」

「そうかな?どちらにせよ君がとても僕好みの男になってくれたと言う事さ。ありがとうこんなところまでついてきてくれて」


「俺はお前の好みに合わせたつもりはない」

「そうかい?出会った当初から考えると別人のようだけど?」


ヒートの言葉の通り、昔の彼しか知らない人物が今のレクトを同一人物と思うのは不可能に近いだろう。

それほどまでに身に纏う雰囲気は様変わりしており、かつてのわかりやすい優しさや甘さ…どちらかと言えば穏やかだった気質は完全に消え去り、どこか影を背負い、鋭い雰囲気を纏っており、控えめに行っても一般人に身は見えない。

それほどの経験と10年という歳月が彼を変えていたのだ。


「もし今の俺がお前の好みだというのなら…それはただ俺とお前の運命が交差することが定められていたというだけの事だ」

「ふふっ、そうだね。何があっても僕らは闇の中で出会ったのだろうね」


「ああ…遅かれ早かれ光のもとで生きられない俺たちは闇の中で出会っただろう…月に導かれ、血の宿命と共にな」

「あぁ実にその通りだ」


二つの身も心も闇に飲まれし魂はただ静かに月を見上げ続ける。


「レクト。しつこいようだがもう一度聞かせておくれ。この道を選んだことに後悔はないのかい?」

「ない。俺はもはや光には戻れない…だがそんな俺でもできる事はある。きっと俺のやっていることは許されることではないのだろう…人が人を殺すのを正当化できるはずもない。しかしそれでも俺が手を汚すことで涙を流す罪なき人々が一人でも減るのなら俺はこの道を進み続ける。それが俺の正義だ」


「違うなレクト、間違っているよ。「僕たちの正義」だろ?」

「ふっ…そろそろ行こう。陽が昇るまでに全てを終わらせなければいけないからな」


「だね。そう言えばフォルスレネスからちょっとした情報を得たんだ。もしかすればかつて龍の住んでいた場所に霊的磁場の強い場所があるらしい」

「ほう」


「いい加減に君の寿命を延ばす方法を確立させておきたいし、あとで寄ってみよう。一人残されるのはごめんだからね」

「分かっている…だがどうにかなるさ。俺とお前は運命という糸に絡めとられた旅人なのだから」


「違いない」


そして二人は月明かりさえ照らせぬ闇の中に消えていく。

誰にも認められず、日の目を見ることも感謝されることもない…しかし決して折れない正義の心だけをその胸に。


────────


「なぁアルス」

「どうかしましたか?フォス様」


「あの勇者と悪魔のガキから届く報告書なんだが…毎回毎回、「闇」だとか「運命」だとかの単語がわけのわからないところで挟み込まれるせいで全く内容が読み込めないのは何なんだと思う?」

「そういう年頃なのでは?」


「あいつら30代と100越えのコンビだろうが。何やってんだ」

「あっは」


フォスは報告書を手に頭を抱え、アルスは誤魔化すように笑っていたのだった。

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