ユメ

@yukiyuki1717

一話完結

 十二月一日 僕はユメを話した

 

「夢って見る? 寝ている時に見る夢」

「めっちゃ見る」

「どんな夢見る?」

「んー、いちいち覚えてない。けど、今日の夢は俺がラグビー部に入部してインターハイに出るってやつ」

「それは素晴らしい夢だね、一つ言っとくけどラグビーにインターハイないよ」

 ガタンゴトンと揺れる電車の中。俺とショウタは吊り革に身を委ね、いつも通り通学している。俺と同じく、隣で立っているショウタは窓の外の景色を無機質に眺めている。

「僕も最近見るんだ、おかしなユメを」

「へぇー、どんなもん?」

「予知夢……いや、正夢? なんて言い表せばいいのかな? とにかく不思議なものなんだ」

「…………」

 何を言っているんだ? 少しの沈黙と疑問が俺の肩に乗しかかる。そして、なんとか整理をつけようと肩にかかった塵灰を払いのける。

「えーとうん、今日ってエイプリールフールだっけ?」

「違うけど」

「じゃあ、嘘は良くないぞ。嘘つきは泥棒の恥だし」

「僕は嘘をついてないよ。あと、泥棒の始まりね。それだと、嘘つかない善人だよ」

 俺を見つめるショウタの目は至って真剣だ。目は口程に喋る……? ってことか。

「まぁ、おもしろそうだからその話聞かせてよ」

「うまく説明できるかわからないけどやってみるよ。僕が最近見るユメは未来を映し出してくれんだ」

 ふむふむ、ふむ、ふむ? しどろもどろな相槌がメトロノームのように電車の音を支える。

「分かりにくいよね、もっと詳しく言うと──」

 ショウタはユメについてざっと話してくれた。国語が苦手な俺がまとめると、ユメでの出来事が実際に起こるということだ。うん、多分あってるはず……。

「質問なんだけど、どれくらい先の未来を映し出すんだ?」

「一日後」

「つまり、ユメを見た日の翌日の出来事が分かるってこと?」

「そうだよ」

 思ったより、近い未来が映し出されるんだな。

「もう一つ聞いても良いか? 今までにどんなユメを見たんだ?」

「無くしてた消しゴムを見つけるとか、数学のテストを解くユメとかだよ」

「一応確認、それ、実際に起こったわけだよな?」

「もちろん。おかげで新しい消しゴムを買わなくて済んだし、テストも余裕だったよ」

 ショウタは腕を組んで得意げな表情を見せた。

 少し考えた俺はポンッと閃いたジェスチャーをする。

「今気づいたけど、それが本当なら結構凄くない?」

「当たり前だよ。だって今の僕はこの世界にいる誰よりも先が見えているからね。最先端に僕はいるんだ」

 いつになく生き生きとしている。こんなショウタを見るのは初めてだ。

「そうだ! 昨日のユメを特別に教えようか? つまり今日起こる予定の出来事ってことになるね」

「まじかよ。なんかワクワクするな」

 ショウタは鞄から一冊のノートを取り出し、ページを繰る。小さな声で「あった」と言い、ふむふむと頷きながら読む。

「ずばり、今日の席替えで僕の隣が山川さんになるでしょう」

「……へー、山川の隣か。あいつ結構勉強できるんだよな。隣の席だとわからない問題とかいつでも教えてもらえるから羨ましいわ」

「そうなんだ。僕も教えてもらおうかな」

「……そんな事しなくてもショウタなら大丈夫そうだけどな」

 俺は引き攣りそうになった頬を懸命に抑える。渋柿を食べているような表情を見せるわけにはいかない。拙い言葉を並べたて平然を試みる。

「とにかく、学校に行って確かめよう」

 アナウンスとともに電車は減速していく。いつも以上に電車とレールの摩擦音が耳に入る。

  

 学校に着いた。黒板に貼ってある座席表に群がるクラスメイトをかき分け、そこに書いてある文字見る。何度も見直しても書いてある文字は姿を変えず、俺だ俺だと主張してくる。さき程まではショウタを信じたいという思いと懐疑的に思っていた自分がいた。しかし、それは既に過去のことである。だって、ショウタのユメは当たっていたから。

 

 

 十二月二日 僕は彼の夢を聞いた

 

 昨日より微かに暖かい空気が俺の頬を撫でる。天気予報では一度だけ気温が高くなるみたいだったが、体感ではもっと高い気温だと感じる。今なら南極でアイスだって食べれる気さえする。

 少し、夕陽が顔を出し始めた放課後。

「いや、すごかったな。今日もショウタの言う通りだったな」

「そうだね」

「ちなみに明日はどんな事が起きる予定なんだ?」

 昨日の席替えと今日の出来事を目の当たりにした俺は、ショウタのユメを信じてしまった。普段は幽霊などは信じない性だ。別に怖いからとかじゃない。信じると幽霊が出るから信じないだけだ。

「すっかり、ユメを信じてるみたいだね」

 不思議なことに俺は、すんなりこの事実を受け止めている。冷静に考えてみると結構やばいことが起きていると思う。使い方次第でショウタは勿論のこと他の誰かの運命を大きく変わってしまうかもしれない。まぁ、ショウタがこの不思議なユメを見るってこと自体が運命だと言うならばそれまでだが。

「えっと、明日の予知、つまり今日見たユメの内容が知りたいんだよね」

 俺はうんうんと頷く。一日後を知ることができるユメ。明日の内容が知りたければ今日見たユメの内容を知ればいい。興味本位の軽い質問。それとは裏腹に中身は非常に重大なものかもしれない。こんな軽い気持ちで未来を知ってしまって良いのだろうか。

「今日のユメの内容は確か……そうだそうだ、コンビニで買ったアイスが当たる、だっかな」

 前言撤回。非常にライトだ。深く考えた俺がバカらしく思えてくる。

「アイス……かよ」

「えっ、なんかガッカリしてない? もしかしてアイス嫌いだったとか?」

「そんなことない」

 めっちゃ好きだよ、むしろ夏休みは一日に二本は食べるくらい好き。だけど、貴重なユメの内容がアイスだと思うと気落ちする自分がいる。何事も期待しすぎるのは良くないってことか。 

 だんだんとユメについて分かってきた。自論だがユメはショウタにとって『都合の良いもの』なのかもしれない。自分の願望を叶えてくれる素晴らしいもの。だとしたら俺も一度でいいから見てみたいものだ。

 今日は俺からショウタに伝えることがある。いや、伝えなくてはならないことだ。乾燥しているせいか、唇がくっついて開きにくい。

「あのさ……、昨日な、俺、山川と付き合うことになった……」

「えっ、『ツキアウ』ってあの付き合う?」

「そうだ」

「……それにしても急な話だね」

 ショウタは目を細め、エヘヘと笑みを浮かべる。この笑みが取り繕ったものだということは鈍感な俺にでも分かることだ。そんな表情を見るたびに俺の胸はズキズキと槍で刺され多様に痛む。なぜなら、ショウタも彼女に好意を寄せていたからだ。そして、そのことに俺も気づいていた。ショウタが彼女に向ける視線は他のそれとは違う。だからと言って、俺に引き下がるという選択肢はなかった。

「俺は山川が好きだ。たくさん話したり、手を繋ぎたいと思った」

 顔を掻きむしりたくなるような台詞だ。普段はこんな事を言うキャラじゃない。だが、今この言葉をショウタに言わなくてはならないと思った。

「そうだったんだ……あっ、おめでとう。あの山川さんと付き合うなんてやっぱ凄いよ」

「いや、あっありがとう。でも、俺は別に凄いやつじゃない」

「いいや、凄いよ。運動もできて、明るくてクラスの人気者だし、書道だって……」

 ショウタはいつだって俺を褒め称える。俺を担いで持ち上げ、自分を卑下する。

「そんなに褒めても何もでないからな。あと、書道はショウタの方が上手いだろ」

「上手いか……」

 前にショウタが書道を唯一の特技だと言っていた。小学校の頃からやっているそうだ。そんなショウタに誘われ、俺は書道部に入った。高校から始めた素人だ。しかし、本業のサッカー部との兼部で中々顔を出せていないかった。その分、時間が空いた時はショウタに書道を教わった。おかげでみるみる上達し、この前のコンテストでショウタを抑え、最優秀賞を取った。まぐれだとは分かっているが、ショウタの唯一の特技を俺は奪ってしまったのかもしれないと感じている。

「あっ、もうこんな時間だ練習行かないと。先輩が怒る前に行くな。じゃあ、また明日!」

「またね」

 白い息が後ろへ流れていく。やけに寒く感じる風が顔に当たる。俺は小走りでその場から逃げた。

 

 

 十二月三日 僕はユメを隠した

 

「おはよう、ショウタ」

「……おはよう」

 いつも通りの朝。いつも通りの通学路。いつも通りの挨拶を交わそうとした。周りから見れば何の変哲もない挨拶だった。だが、俺からしてみれば、普段とは程遠いものだった。気まずさを和らげるためとりあえず口を開くことに。

「今日は寒いな」

「そうかな、いつも通りだと思うけど」

 そうだな。いつも通りだ。いつも通り寒い。そんないつも通りを俺は守りたい。

「あっ、そいえば今日はアイスが当たるんだっけ?」

「そいえば、そうだったね」

 まるで他人事のような口ぶりだな。風に乗った空き缶が俺たちの前を転がる。

「今日はどんなユメを見たんだよ」

「…………」

 ヒリヒリとする風と一緒に沈黙が流れる。目のやり場には困るため、「おしるこ」と印刷された空き缶で妥協した。

「えーと、どんな感じだった?」

「…………」

「忘れた?」

「ごめん。わっ、忘れた……」

「そっか、そっか。そうだよな。俺も、今日見た夢忘れた」

 ははは、と笑い俺は応える。はて、そもそも今日は夢を見たんだっけ。なんで夢って忘れてしまうのか。俺が忘れっぽいだけなのか。自慢じゃないが、今日の朝ごはんすら覚えてない。

「まぁ、仕方ないな」

「ごめんね」

 頭を下げ謝るショウタ。なぜか『ごめんね』という四文字の言葉が心に残る。まるで、何度も何度も練習した、用意された言葉のようだ。

「とりあえず、学校行くか」

 今はとにかく、通学路である一本の道が狭いと感じる。何と言うか平均台を歩く感覚に近い。気を抜くと、フラッと落ちてしまいそうだ。そんな俺の後ろにショウタがいる。そんな俺の背中をショウタに預けている。いや、既にショウタの手の内だった。

 

 

 十二月四日 彼は死んで、僕は夢を見た

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