Water Shell

一憧けい

Water Shell

 PSY S の「最後の楽園」を誰かが聞いている。携帯通信機の音質は向上してるけど、遠くから聞こえる歌はラジオからの其に聞こえた。

 古いビジネスホテルを改装した場末の店。規則が緩いのが救い。


「人権擁護局の人」

 フロントに呼ばれて行くとお役所の人が来ていた。

 歌は未だ隣室から聞こえていた。


近くのフランチャイズ珈琲店に来た。

「未だ、続けるんですか?」

此の人権委員とは長い。

最初の頃、別の娘が助けられていった時以来の知り合い。

「帰る処も無いですから」

此だけで全て済む回答。後は人権擁護委員が説明を色々してくれるが、もう、別の仕事がない以上、此処でやっていくしかないのだ。保護を受けても現状ではまた戻って来るようだった。

「其じゃ復」

人権擁護委員が済まなさそうに帰っていく。

桜前の空は未だ冷たい空気と共に、清んだ青だった。


地下の冷蔵庫、一説に吊るしてあると言う、から上がってきた主任に声をかける。

「今月の支払いなんですが」

店への入金。

完全独立採算なので、労働基準法第6条中間搾取の禁止に当たるかどうか難しい。使用者兼労働者だから。

店への入金は施設利用、テナント費として扱われる。辞めれないのは高額のテナント料を支払う為。既に多額の借金が発生している。

RCSW法が国会で否決されていた。国は一切国庫からお金を拠出する気が無いらしい。実質公民権が失くなって久しい。今も現住所に、「選挙のお知らせ」は来ているのかもしれない。

「ああ、いいよ、来月繰り越しで」

そろそろ不味いのかなと思う。うれっ娘ならともかく、営業成績が悪化してる昨今、「吊るされる」ような目に遭っても。臓器移植同意書を書かされる意味を知ったのは意外と早かった。

「主任。」

「未だ大丈夫、上も許容してる」


窓を締め切った店の一室。

泡の風呂に浸かってると復歌が聞こえて来た。

最後の楽園。

此処が、最後かもしれない。

そうは思う。

が、楽園だろうか。

彼氏でも来るのだろうか?

お金を払って、「客」として。

私の彼は「客」にならず仕舞いだった。全てを金銭価値に換算されるのが嫌だから、と言う理由で。囲われてるのも、消費管理されているのも、収入管理されているのも、全て、貨幣価値に換算するためだと言う。彼に言わせれば、どう脱法しても「奴隷」の扱いだった。陰謀だとも言っていた。

「陰謀」に勝てずじまい、店の勢力に邪魔されて音信不通で今に至る。

身寄りの無い私の、何処かにはいる拠り所だった。

赤色灯を回し巡視車両が表通りを通過していく。

部屋が暗く感じられる。

きっと月は出てないだろう。


 未だ若い娘がAVに抜擢されて、店を去る事になった。管理主任が実質的従業員を個別に励ましに回った。

 店のHPではじめて知った。

 営業次第でチャンスはあること、AVが楽かどうかは不明であること、最後に足抜けもあると言うこと、を言っていた。

「無いって、聞きますけど」

「まぁ、守秘義務がね」

「守れないと消されるとか?」

ーーあまり笑えなかった。

隣から復音楽家が聞こえてきた。

営業中一応禁止である。

「いいよ、音楽くらい――」

主任は止めに行かなかった。

「ちょっとおいでよ」

主任は立ち上がって付いてくることを促した。


地下には通称霊安室がある。

行為中に失くなった人を保管しておく場所。

重い鉄の扉の上の方に霊安室と手術質室ようなプレエトがあった。

「此処でしょ。危惧してるの?」

「吊しの話ですか?」

「入る?」

主任は鍵を開ける。重い扉が開く。

正視するのが恐ろしかったが、目を開いてよく見た。

冷気の他中は空だった。

「此処のところ事故もないし」

冷気が霊気に感じられるほど気味が悪かったが、部屋を冷蔵庫にしたような印象の他、六畳一間の空間は只のコンクリートの打ちっぱなしだった。部屋の正面、奥の壁に更に扉があった。

「あれは?」

「Water Shell.」

「何ですか?」

「空かずの間。私も伝承しか知らない」

何かと秘密と恐怖の多い職場だった。


RCSW法参院通過。

衆院で否決された法案が参院で復活可決された。衆院でもう一度審議して通過するれば商用性従業者救済法が可決する。


朝から店の前に何台も車が止まっていた。

誰も出てこなかったが、興味が湧いて出ていくと、何時もの人権擁護委員がにこやかに此方をみた。

「廃業が決まった」

主任がさほど残念そうでもなく新聞をかざした。

深夜の審議の末可決したらしい。

役所の人が大勢来た理由らしい。

「営業停止ですか?」

「後の事は役所の人に」

見てる間にKEEP OUTと差し押さえの札が店を封印していく。

店の奥にも役所の人が入っていく。

暫くして役所の人が主任を呼びに来た。

「霊安室」に入ろうとしたらしい。


「此処が。」

吊るしておく部屋なのだと役所の人も認識したらしい。主任に鍵を開けさせてなかを調査しだす。

「――困りますよ」

「権限無いのですか」

空かずの間を開けるのに揉めていた。

溶接の道具で開けよう、と言う話になった時、主任は渋々鍵を開けると、役所の人に告げた。

「伝承しか聞いてないので。何が出ても責任持ちませんよ」

シリンダ錠の鍵を開けようとして、振り返った主任が、誰かの名を告げて尋ねた。

「いない、か」

やっぱり辞めにしませんか、と役所の人に尋ねてみたが、明け渡したら何れ開けられることになる、と説得された。遺言があるんだ、と言って、しまったとも思ったら、治安当局の人に鍵を握られていた。


10

扉を開けると、一間四方の室を、氷の結晶が埋めていた。中にカジュアル服を着た女子が凍結されている。

役所の人が驚いている。

「遺言によると、指定した人物が現れたとき通して見せてくれてと。其まで開けないでくれと」

主任は周囲をとがめるような口調で行った。

「生きてるのかな?」

「液化窒素を頭から被った訳ではなく、製氷室に水を被って入った、と言われています」

「周りの氷は」

「後から後から氷結したものと思われます」

「何でこんなことを?」

「私からは何とも」

判っていても言えないこともある。

「――彼氏が来るまで凍結してくれ、ってことだったんですが。駄目ですか」

「coldsleep?」

「Water Shell」

「伝承ではそうなってます」


11

明日には明け渡しの店の前。

今日は黄色目の月が出ていた。

夜の風が少し冷たいが、きっと春風だろう。

「Water Shell溶けちゃいますね」

「蘇生措置が決まったそうだ」

店の中から微かに「最後の楽園」が聞こえてきた。




 



































 









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