ありふれた不治の病
sui
ありふれた不治の病
好き。
好き。好き。好き。
好き。
好き。好き。
降って現れた訳じゃない。
多分、ごくありふれた世界の中の一人。
ずっとそこにいて、それを知っていて、当たり前だとも思っていて、ただ姿を見て、声を聞いて、楽しくなっていただけで。
なのに突然、どうしようもなくなってしまった。
ある朝は目覚めた瞬間からあの人の事を考えていた。
とても幸せな気分になれた。一日が楽しくて仕方がなかった。
ある夜は手を繋ぐ夢を見た。
その手は一体どんな感触だったろう。温かいのか、冷たいのか。柔らかいのか、固いのか。
一度触れた筈の手の感触が思い出せない。
ある朝は声を聞きながら歩いた。
まるで傍に居てくれているようで、夢の中にいるみたいだった。
ある夜はその人といる事を想像した。
一緒に道を歩いたらどうだろう。自分となら、どういう風に歩いてくれるだろう。
決して完璧な人じゃない。
そんなのはどうしたって分かってしまう。だってこんなにも見ているのだから。
きっと知らない部分には悪い所が沢山隠れている。すぐに想像出来てしまう、だってこんなにも考えているのだから。
悪い所すら許せる自分は、あの人に相応しい。こんな風に考えられる人はきっと多くない筈。もしも一緒にいられたなら、助けてあげよう。そうしたらいつか、もっと素敵になっていくかもしれない。
その言葉が、振る舞いが、まるで自分の為のように見えてくる。
ほんの少しでも共通点があると嬉しくて仕方がなくなってしまう。自分の事を知ってくれている、そんな風に思えてくる。
誰かが傍に居る、そんな話で胸が痛む。
どうして私じゃないんだろう。仕方がないよね、仕事だから。お願い止めて、見たくない。その人は全然似合わない。
一喜一憂が止まらない。
あの人の行った場所、読んだ本、食べた物、好きな物。
本当は趣味じゃなかったけれど、好きだと言うからやれる限りに追いかけて、一生懸命良い所を探した。同じ物を好きになれない罪悪感で圧し潰されそう。
食事を摂る?何を食べたら良いのか分からない。だってそこにあの人はいないから。
欲しい物?何を買ったら良いのか分からない。だってそこにあの人の姿は見えないから。
ただどうしようもなく眠い。けれども目を瞑ってしまったらあの人が見えなくなってしまう。その間に消えてしまったらと思うと急に怖くて眠れなくなる。
誰に何を言われても、どうにもならない。薄々分かる。
止められるのはきっと自分だけ。
ああ、なのに。
なのに。
好き。
好き。好き。好き。
好き。
好き。好き。
すき。
す
き。
す き。
すき?
「恋した方が馬鹿なのさ」
恋させた方がそう笑う。
お前は知らないのだろう。
何にも手がつかなくなるこの疲労感。
些細な偶然にさえ繋がりを見出してしまう心細さ。
吐き気を催すようなこの痛み。
思い詰めてみても何にもならない絶望感。
こちらを向いてくれと何度願ったか。叶わず何度溜息を零したか。
何を口にしても記憶に残らず、何を見ても意識に残らず、罪悪感ばかりに苛まれ、消耗し過ぎて地べたを這いつくばるだけの日々。
頭の中から自分の姿が消えてしまった。お前ばかりがそこにいる。
世間が悪いのではない、お前が悪い訳ではない。おかしいのは自分なのだと繰り返し言い聞かせ、別の快楽に身を埋めて、見えない聞こえない知らないと繰り返す。そしてその度に蝕まれている現実を知る。
声等出ない、息さえ止まりかけている。自分の居場所が分からない。何かに縋らなければ立てもしない。
息をしなければ、動かなければ、立たなければ。その為の杖を探して地獄へ戻る。
思わせぶりな態度を取って冗談だと言う。
過激な振舞いをしてサービスだと言う。
人前で涙を流して自分は弱いのだと言う。
金を握って皆のお陰だと言う。
その剥き出しの欲望が、また心を引き裂き精神を転ばせる。
何もかもがお前の都合で回っていく。
せめて誠実であれば良かったのに、そんな物は欠片もない。
愛を通り越してしまえば、最早そこにあるのは憎しみでしかない。
消える、消える。消えてしまう。自分がどんどん無くなっていく。
自分の周りにはもう何もない。お前ばかりしか残らない。
それなのに、お前にとってはいてもいなくても変わらない、自分がそんな存在である事が耐えられない。
日々どんどんと狂って行く。
誰か気付いて。狂気を止めて。
何かが起こるその前に。
ありふれた不治の病 sui @n-y-s-su
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