日章ひのまる

ちゅ

日章ひのまる

 福島に親族の家がある。その家では最初「モモ」という名のゴールデンレトリバーがいた。大人しく可愛い犬。艶やかに輝くカッパーが特徴の可愛い女の子。モモがその家に来て数年経った後別の犬がやって来たのだ。名前は「キャンディー」という。白黒のパピヨン。元気いっぱいの可愛い女の子。その家では犬二匹と大人の人間三人と子供の人間が三人と大変賑やかだった。俺が小学生か中学生の時。「モモ」は他界してしまった。その時は悲しかったのを覚えている。そして長い間その家でのペットは「キャンディー」だけになった。キャンディーは俺と会うたびよく遊んでくれた。撫でるととても喜んでくれた。犬特有のごわごわした毛並みには艶と繊細な触り心地があった。一緒に散歩にも行った。近くの公園まで行って帰ってくるだけ。楽しかった。帰ってくる時の登り坂は一緒に走って登った。楽しかった。「キャン」は野菜が大好きだった。「キャンディー」のことをみんなは「キャン」と呼んだ。「キャン」と呼んだら元気よくそばに来てくれる。きゅうりが大好物だから手渡しでよく食べさせてた。キャベツが大好物だから手渡しでよく食べさせてた。「キャン」と呼んでキャベツを食べさせてあげるとすごい嬉しそうな顔で食べてくれた。あげる分のキャベツがなくなっても追加でせがんできた。もう無いよと両手を開いて「キャン」に見せた。その時悲しそうな顔をしていたな。数日前「キャンディー」は他界した。もう会えなくなるのは寂しい。訃報を聞いた時は驚きはなかったのだが、寂しかったな。「キャン」は右目に白内障が進んでいた。会うたびに右目だけが濁っていった。でも長生きしてくれた。「キャン」に会いに福島まで行ってきた。大きなテレビの右下に御骨と写真が飾ってあった。パーティーで被るようなトンガリ帽を被った「キャン」が写真の中にいた。その写真を見て、愛されていたのだなと心の中から感じてしまった。「キャン」が一番慕っている飼い主からたまに「キャンディー」と呼ばれていた。それは叱る時や躾ける時やあやす時であった。その飼い主が「キャンディー」と呼ぶ時は必ずお利口にしていたのだな。俺なんかが「キャンディー」と呼んだって、尻尾向けてキャベツのある方に歩いてくるだけだったのに。


 その日の夜夢を見た。よく覚えていないが「キャン」がいた。いつもみたいに元気な「キャン」がその家にいた。曖昧なのだが「モモ」もいた気がするんだ。もう一匹「モモ」でも「キャン」でも無い犬がいたんだ。それが「日章ひのまる」である。なぜ名前を知っているのかわからないが「日章ひのまる」なのである。だいぶ思想の強い名前だが全然関係は無い。ただ、かっこいい名前をしている。「日章ひのまる」の名前は全て漢字であった。だが目が覚めた時どうしても思い出せなかった。日章は覚えていたのだが、ひのまるの部分は予測変換にしっくりくる漢字がなかったのだ。だから仕方なく「日章ひのまる」。犬種は残念なことに覚えていないと言えばいいのかわからないと言えばいいのか。だがなんとなく白くもふもふしていた。ビションフリーゼという犬種をイメージしてもらいたい。この夢を思い出そうとするとビションフリーゼが頭に出てくる。「日章ひのまる」は赤いマントを首に巻いている。夢の中で「日章ひのまる」は俺にとても懐いた。怖いくらいに懐いていた。高さのあるソファから俺の胸に飛びついてくるのだ。ジャンプで笑顔で俺に向かって勢いよく飛んでくる。俺が手でキャッチしなければ下に落ちてしまう飛び方をするのだ。もちろん俺はキャッチするし「日章ひのまる」も俺を完全に信じてキャッチしなければ一大事になるような飛び方をしてくる。床に降ろすとまた自らソファに登りすぐジャンプしてくる。それが数回続いたのだ。「俺」も「日章ひのまる」も楽しんでいた。「日章ひのまる」は笑顔だったが夢の中の「俺」はどんな表情をしていただろうか。



「日章ひのまる」。またいつか、俺を救いに、名を名乗りに、夢の中で。ヒーロー。

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