この愛は手放さない
空本 青大
修羅場
「わかってるよね?わたしは今と~~~っても怒ってます!」
両手を腰に当て、
「ハァ……ハァ……」
六畳一間の部屋の中、少女の目の前には椅子に座り、うつむきながら呼吸を荒くする男の姿があった。
男の額からは汗が流れ、太ももにポツポツ雫が落ちていく。
「こんなにさ、君のことが好きなのに信じられないよ……浮気とかさ、ホントにもう……」
ふぅと深いため息が漏れる。
そして、少女は椅子に座る男の周りをグルグルと歩き始めた。
「ダイエットして、オシャレやお化粧も勉強して、君が喜ぶこと色々やってきたのに、その結果がこれかぁ……ひどいよ」
失望が見える声で、男に
「付き合い始めて1か月記念のプレゼントあげたり、手紙で愛のメッセージもたっくさんあげたのに……君には全部響いてなかったのかな?」
男の後ろから右耳に、囁くように話しかける。
すると男はビクッと、体をブルブル震わせ始めた。
「……でもねわたしはそれでも、そんな君のことが好きなんだ。君に責任が無いってわけじゃないけど、なにより誘惑してきたあの女が悪いわけだしね」
再び男の正面に回った少女は、微笑みながら眼前の男を見下ろした。
「わたしは許すよ。だからこれからも一緒にいようね~♪」
少女はずっとうつむく男の頭を胸に抱きよせ、愛おしそうに頭をなでた。
「……ていうかもう怒ってないからさ、なんか喋ってよ。なにも話さないでいるのちょっと寂しいんだけど?」
胸から男の頭を離した少女は、不満げな顔で言葉を投げかける。
「……お……お……」
「お?」
絞り出すような小声を出した男は、今までうつむいていた顔を勢いよく少女に向けた。
「おまえは!!誰なんだよ!!!」
部屋中に響き渡る大声に少女は、キョトンとした顔を見せた。
男の両腕は椅子の後ろに回され、手首と足首は縄で縛られていた。
どうにか解こうと暴れるが、きつく縛られた拘束から抜けることは叶わなかった。
「さっきからなんなんだよ!浮気以前にそもそも付き合ってねぇだろ!というか部屋の前に置かれてた手編みのセーターとか、郵便受けにギチギチに手紙入れたのおまえかよ!」
怒声を発したあとハァハァと息切れしながら、憤怒の形相で少女を睨みつけた。
「え?何言ってんの?君がわたしの落とし物を拾ってくれたじゃない?あの日からずっと付き合ってんじゃん」
「意味わかんねぇしいつの話だよ……そもそも覚えてねぇよ……」
「もう忘れんぼさんなんだから。三か月と十四日前、午前十一時二十三分に○○駅のホームで、わたしが落としたスマホをあなたが拾ったくれたじゃないの」
「……思い出した。目が隠れるぐらい前髪長くて、体形がポチャってしてた女か?今と見た目が正反対じゃねぇか、気づくわけねぇだろ……」
「だから言ったじゃん?あなたのために変わったって」
「あのときのあなた素敵だったなぁ……落としましたよって爽やかな笑顔で拾ってくれて……あの瞬間からもう夢中だったなぁ」
「そんなことで付き合ってることにならねぇだろ!」
「あなたもわたしのこと好きだから拾ってくれたんでしょ?じゃあつまりは付き合ってるってことじゃん?」
「会話にならねぇ……」
理解を超えた状況に半泣きになった男は、ふとあることに気づいた。
「さっきからお前が言ってる浮気相手って、もしかして俺の彼女のことか?たしか昨日?の夜に、彼女と一緒に家に帰る途中急に意識を失って、気づいたらここにいた……おまえ、俺の彼女はどうした⁉」
恐怖と不安に染まった顔の男に対し、少女は和らな笑みを返した。
「ああ、あの泥棒猫ね?それなら……」
少女は足元に置いてあったビニール袋に手を突っ込み、ガサゴソと探った。
「……いよぉっと!じゃーん!わたしたちのお邪魔虫さんは文字通り、手を切ってあげたよ♪」
「あ……あ……」
少女の手には、切断された女性の細腕が握られていた。
切られたその手首には、男にとって見覚えのある腕時計がはめられていた。
目の前の光景に唖然とする男は、突然プツンと糸の切れた人形のように、首をガクンと下ろしてそのまま気を失った。
「ひどい女だったなぁ。別れるから殺さないで~とか言っちゃってさ。やっぱわたしと一緒にいるのが正解だよ」
少女は意識を失った男を後ろから優しく、包み込むように抱きしめた。
「大丈夫。わたしは絶対君のこと手放さないからね」
この愛は手放さない 空本 青大 @Soramoto_Aohiro
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