本編

これは、私がまだ小学生だった頃の話。


私のお母さんの実家が埼玉県の所沢市にあって、夏休みになると、よくおばあちゃんの家へ遊びに行っていた。

所沢へ行くと、私には決まって行く場所があった。それは航空記念公園。

公園内は木々に囲まれ、スポーツ施設や子供向け遊具などが揃い多くの人で賑わっている。

また、日本の航空発祥の地でもあるため、航空記念館もある素敵な公園だ。



真夏の日差しが強かったある日のこと、私は航空公園で紙飛行機を飛ばして遊ぶのが好きで、いつもの様に紙飛行機を飛ばして遊んでいた。


そんな時だった。ブーンと飛行機の飛んでいる音がした。しかし、その音は、普段聞く飛行機の飛んでいる音とは違って、どんどん近づいてくる。

ふと空を見上げると、大きな飛行機がすぐそばまで来ている事に気がついた。

今考えてみれば、おかしな話だが、当時の私はすごく興奮してその飛行機に手を振ったのを覚えている。


しばらく空中をグルグルと回るようにして飛んでいた飛行機だったが、やがて航空記念館前にある広場に着陸した。

その飛行機は、いわゆる旅客機のような飛行機ではなく、戦闘機の様だった。


着陸した飛行機をワクワクした気持ちで見ていると、日本の国旗の付いた緑色の軍服のような服を着て、頭には耳当て付きの帽子をかぶり、ゴーグルを付けた若い男の人が、飛行機から出てきてこちらへ向かってきた。


私は多少警戒をしたが、興奮が勝り、その場から動くことをしなかった。

やがて男の人が私の前へやってきて、脇を絞めて私にピシっと敬礼をしてきたので、私も真似をして敬礼をした。


すると男の人は笑って「可愛いね、どこから来たんだい?」と私に尋ねた。

私は「おばあちゃん家から」というと、男の人は「そうかそうか」と再び笑った。

男の人は「僕はね、この飛行機のパイロットなんだよ」と言い、満面の笑みを浮かべて「どうだい、乗って飛んでみないかい?」と私に言った。


私が「怖くないの?」と言うと、男の人は「怖くなんてないさ。空からの景色は美しいぞ」と言うので、それならと、私は男の人について行き飛行機に乗り込むことにした。


男の人は優しくて、私に帽子とゴーグルを貸してくれて、飛行機に乗るのも手伝ってくれた。


飛行機は、冷たくてカチカチしていて鉄と油が混ざったような匂いがしていたのを覚えている。


私が後部座席へ乗り込むと、続いて男の人が運転席へ乗り込んだ。

しばらくして、男の人が「それじゃあ飛ぶよ」と言うと、激しい音とともに飛行機が動きはじめた。


初めはゆっくりと動き出し、やがてスピードを増して、ついに空へと飛びあがった。

私は怯えることもなく、自分の体が宙へ浮かんでいく感覚を楽しんでいた。


徐々に遠くなっていく所沢の街並み。私はおばあちゃんの家を見つけてパイロットの男の人に「あそこ、おばあちゃん家」と指をさすと、パイロットの男の人が「奇遇だね。僕の家もあの辺りにあるんだ」と言った。


空からの景色は本当に美しかった。航空写真で見る街とはまったく別物である。

飛行機はどんどんと上昇して、ついに雲の上まで来た。

男の人が「どうだ、最高の景色だとは思わんかね」と言うので、私は「最高!」と返した。


しばらく雲の上を飛んでいると「さて、そろそろ降りるかね」と男の人が言った。私は「まだ空の上にいたい」とごねると男の人は笑って「そうかい、空が気に入ったかい」と言い、「でもね、時間がないんだ。着陸するよ」と続け、飛行機は徐々に街へと下降していった。


しかし、ここで不思議なことが起きた。分厚い雲を抜けると、そこはさっきまで空の上から見ていた所沢の街とは違っていたのだ。

この時、私が見た所沢の街はセピア色に染まっていた。


今だったら、疑問に思うだろうが、当時の私は特になにも考えずに、終わりゆく空の旅を呑気に楽しんでいた。


やがて地上が近づいてきた。しかし、そこに航空記念館が無いことに気がついた私は「おじさん、ここ私がいたところと違うよ」と男の人に言った。

すると男の人は「おかしいなーここのはずだけど」と首をかしげつつ、飛行機を着陸させた。


飛行機から降りてみると、そこは先程までいた航空公園ではなく、なにやらたくさんの飛行機や、パイロットの男の人と同じような格好をした人達がたくさんいた。

パイロットの男の人が「降りるかい?」と言うので、私はひとまず飛行機から降りた。


飛行機から降りると、やはりそこは航空公園ではなかった。そして少し不思議な感覚がした。


私が飛行機から降りてすぐにパイロットの男の人も飛行機から降りてきて「楽しかったかい?」と言ったので、私は「楽しかった。けど、ここはどこ?」と尋ねた。


するとパイロットの男の人が「ここは……」と言いかけた辺りで、遠くから「バカモーン!」と立派な髭を生やしたおじさんが歩いてきた。

私はどうしていいのか分からず、その場で立ち尽くしていると、髭を生やしたおじさんが「バカ者が。こんな小さな子を連れてきてどうするんだ!」と、どうやらパイロットの男の人に怒っている様子だった。

パイロットの男の人は「すみません、つい可愛かったもんですから……」と謝っている。


私が呆然としていると、髭のおじさんが優しい声で「すぐにお家へ帰してあげるからね」と言った。

私は未だに呆然としていたが、やがて視界がグルグルと回り始めた。


あれ?なんだこれ?と思ったその時、パイロットの男の人が「悪かったね」と一言つぶやいて、大きな声で「女の子に敬礼!」と言った。

するとパイロットの男の人をはじめ、髭のおじさんや周りにいたパイロットの男の人と同じような格好をした人達が一斉に私へ敬礼をした。

私も敬礼をし返そうとしたが、やがて目の前が真っ暗になってしまった。



そして目が覚めると、私は病院のベッドで横になっていた。

傍にはお母さんとおばあちゃんが居て、「よかったよかった」と安心している様だった。


聞くところによると、航空公園で遊んでいた私は、熱中症になって倒れてしまい、救急車で運ばれたらしかった。

私は「おかしいよ。私、空を飛行機で飛んでたんだもん」と言うと、お母さんもおばあちゃんも不思議そうな顔をしていたが、しばらくしておばあちゃんが「どんな飛行機でお空を飛んだんだい?」と聞いてきたので、私はあった事をありのまま話した。


するとおばあちゃんは、一瞬、ハッとしたような表情を浮かべて、小さく「お父さん……」とつぶやいた。


……あれが夢だったのか、現実だったのかは今でも分からない。

ただ、あの時、病室から見えた一直線で美しいひこうき雲と敬礼を、私は一生忘れない。

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ひこうき雲 伊吹 藍(いぶき あおい) @Aoi_ibuki

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