はなさないでください

透峰 零

忠告

 あなたは、はなさないでください。



 あなたは今夜、ある夢を見ます。

 場所はわかりません。

 あなたの家かもしれませんし、学校かもしれないし職場かもしれない。あるいは、全く知らない場所かもしれません。

 一つだけわかっていることは、その夢であなたはある男と手を繋いでいるということです。


 男はあなたの手を引いて様々な場所へ赴きます。

 その手を放さないでください。

 なにが襲ってきても、誰になにを言われても。たとえば、あなたの意思に関係なく放れそうになっても。

 絶対に手を放してはいけません。


 男はあなたに色々と尋ねてきます。

 その男と話さないでください。

 どれだけ怒鳴られても、泣かれても、どんなことと引き換えにしても。たとえば、富や名誉や、大事な人の名前を出されても。

 絶対に男と話さないでください。


 男はあなたをずっと見ています。

 その顔から目を離さないでください。

 気分が悪くなるかもしれません。男を哀れに思うかもしれません。腹がたつかもしれません。嫌なことを思い出すかもしれません。たとえば、男の顔があなたが忘れてしまいたい者の顔に変わってしまうかもしれません。

 けれど、目を離さないでください。


 あなたは男とずっと歩き続けてください。

 なにがあっても、誰がきても、どんなことをされても。


 決して、ください。


 どうでしょう。

 ここまで読むと、きっとあなたにはその男の顔が見えてきていると思います。

 その男が今夜、あなたを迎えにきます。

 その男が今夜、あなたを連れていきます。

 その男が今夜、あなたへと問いかけます。

 その男が今夜、あなたを責め立てます。

 その男が今夜、あなたを見つめてきます。

 その男が今夜、あなたと共にいきます。




 もう一度言います。


 あなたは、はなさないでください。


 夢を見たあとも、話さないでください。

 部屋の隅から誰かが見ていても、目を離さないでください。




 寝る前にはいなかった誰かの手を握っていても、その手を放さないでください。


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はなさないでください 透峰 零 @rei_T

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