ep. 43 水蛇草問題(2)

 二日後。

 課題の解答が集まりはじめる。


 式鳥に呼ばれて青が詰所へ出向くと、文官から封書で埋まった文箱を手渡された。

 先着若干名との人数規定がそうさせたのか、応募数は想定よりも多かったが、正解を導き出していたのは現時点ではまだ一名。


「正解者の務め名は……鹿花(ろくか)……狼、あれ?」

 見覚えのある名前。つい先日、同期会を開いた薬草園で遭遇した毒術師だ。


「あーー、しまった。そういえば……」

 植物観察をしていると話していたので、都周辺でオススメの場所をいくつか紹介したばかりだ。

 その中に以前、青が水蛇草の変異種を発見した事がある場所も含まれていた事を思い出す。


「不公平になってしまうな」

 正解である事に変わりはないのでこのまま合格とし、合格者をもう一名追加する事とした。


 惜しい不正解者から選ぼうか、もう少し応募が集まるのを待とうか、と考えながら詰所の作業場を借りて提出物を眺めていたところ、


「シユウ一師」

 傍から文官に声をかけられる。

 差し出されたのは、一通の封書。


「先ほど、詰所まで直接お届けに来た方がいらっしゃいました。何でも任務からご帰還されたばかりとかで……」


 言葉を濁した文官が、青が着席する机に皺だらけの封書を置いた。水濡れと泥が薄茶色く斑を描いている。

 礼を言うと文官は恭しく一礼して、踵を返した途端にそそくさと去っていった。


 封書を開くと、中からこれまた皺だらけで汚れた半紙の束が出てきた。水気で張り付いた半紙を、薄皮を剥くように一枚ずつ剥がしていくと、


「お」

 中から、正解の水蛇草の変異種が姿を現した。

 鞄か何かに押し込めてあったのか、押し花のような状態で潰れている。


「決まり。二人目はこの人だ。務め名は、紅鶴…べにづる……かな」

 提出物からは熱量が漂い、妙に惹かれる何かを感じた。


 青の助言をただちに実行して結果を一つ出した鹿花と、任務直後にも関わらず詰所にまで駆け込んで正解を提出する気概を持つ紅鶴。


 いずれも青が望む、毒術への意識の高さが十分にうかがえる。


 不正解者の中にも、惜しい解答や、過程の努力が見られるものや、深読みし過ぎたものの発想は悪くない解答もあった。


 提出物を改めて一つずつ、手にとって眺めていく。

 土で汚れた紙、添え状の悪筆、逆に優等生な美文字、個性が出る梱包、一つ一つに親近感が湧いてくるのが不思議だ。


「何で、ちゃんと見てこなかったんだろう……」

 こんなに熱心な後輩たちがいたとは。お歴々から頂戴した数々の説教が、更に身に沁みてくる。


 と同時に、三人の師匠たちと、豺狼の顔も思い浮かんだ。

 彼は上士として隊を率いたり若手の指南役も務めるなど、高位者たる義務を果たしている。


「近くにこれ以上ないお手本がいた」

 よくよく視界の狭さに自己嫌悪する。

 手元の提出物や資料に、盛大な溜め息が落ちた。


 チイ


「?」

 青が陣取る壁際席の窓の外から、式鳥の声。


 見ると、灰鼠色の冬空の下、格子の硝子窓の露台にとまる小鳥の姿がある。白い羽先が薄紅に色づき、まるで蓮華の――


「まさか」

 窓を半分だけ開いて差し出した青の手の平に、小鳥はくわえていた文を落とし、すぐに飛び立っていった。


 案の定、文は薬術の蓮華一師からのものだ。

 蓮華とは任務で顔を合わせる機会は減ったものの、互いに任務の裏側での繋がりは細く長く継続していた。


 最近の事例では、蒼狼の要塞陥落任務の際、後続のチョウトク隊用の予防薬の調合を蓮華が担ってくれたのだ。


 式鳥がもたらした文の内容は、こうだ。



 蟲之区の掲示物を拝見しました。

「あの珍獣が弟子を取るのか?」と、もっぱらの噂です。

 よろしければ近々、互いに若手帯同で合同任務を組みませんか。



 出会った頃と変わらない、こちらを弟のようにあしらう気安さを残した文面は、青を安心させた。


「ありがたい、ぜひ」

 思わず口に出しながら、青は返信のため筆をとる。


 その後、何度か式鳥で文をやりとりし、明後日に任務管理局の待機所で若手を含めての顔合わせを行う事となった。


「早速準備しないと……って、何から教えたらいいのかな」

 三人の師匠たちの教示を思い起こしながら、自分なりの指導計画の草案作成を試みて、

「……」

 思考が止まる。

 よくよく考えてみれば、


――必ず予習してこい。用語は丸暗記しろ

――目録の毒薬は全部諳んじて作れるようにすること


 藍鬼の時も、朱鷺の時も、まず情報を頭に詰め込んで課題を総ざらいする、数をこなしてとにかく慣れろ覚えろ、という基本の流れが一本あった。


「僕はそれが合っていたけど、この二人にそれが適しているかどうか」


 改めて合格者二名、鹿花と紅鶴の提出物を手にとって眺めてから、任務報告書束から二人の名が記されたものを探す。


 鹿花の方は今秋に狼が授与されたばかりとあって件数が三件しかなく、いずれも解呪役として無難な仕事ぶりであったと記録されていた。評価は「良」が一つに「可」が二つ。


 だが青の助言を直ちに実行する素直さと行動力、それを今回の課題に即座に活かせていた点は成長の期待が持てそうだ。


 一方の紅鶴も、任務報告書は二件と少ない。鹿花と同期であろうか。内容に目を通す。


「……んん?」

 ひっくり返った声が青の口から転げ落ちる。


 解呪や獣除けといった基本的な毒術師の役割の他、妖獣、妖虫を率先して叩きのめし、賊の大捕り物を演じたなどと、任務における戦闘員としての動きもしていて、むしろそちらが本職であるかのような活躍ぶりだ。


 想定外の襲撃を受けてやむを得ず戦闘に巻き込まれたのだろうか。評価は二件とも最高点の「秀」。

 毒術師として、というよりも、戦闘員としての評価の比重が高い様子は否めない。


「戦闘が得意なのか……」


 真面目な勉学型と戦闘型、個性が異なる二人の新米との出会いを楽しみに、青は書類を集めて文箱の中へ重ねた。


 かつての朱鷺もこうして、期待と少しの不安を抱きながら、資料の山から自分を選んでくれたのだろうか。


 溢れそうな文箱を眺め、青はしばし追憶に心を委ねた。

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