第四部

第四部 序


 その瞬間を、生涯忘れることはない。



 まるで彼岸花のようだった。


 彼の肩から首筋にかけて斜めに長く深く走った線から、


 大量の血飛沫が宙に散った。


 瞬間、悟った。

 分かってしまった。


 彼の死を。


 抵抗も力も失った体が血花を散らしながら、


 割れた仮面と共に背中から地に落ちていく様を見ていることしかできず、


 そこからの記憶は曖昧であるが、


 ただ「藍鬼」と喉が裂けるほどに叫んだことは覚えている。



 砂塵か、靄か、瘴気か――


 霞がかかった空気の向こうから近づく影よりも速く、


 地に投げ出され、血だまりに横たわる彼の体に駆け寄った。


 仮面が剥がれた彼の容姿がどのような造形であったかなどと、覚えはない。


 空虚を見つめる開ききった瞳孔だけが、記憶に焼き付いた。


 無我夢中で彼の両手甲を剥ぎ取り、


 対の龍を抱いて踵を返した。


 影は、追っては来なかった。


 振り返らず走った。



 茫然自失のホタルを鼓舞し、宥め、時に励まされながら、共に東を目指した。



 生還する事だけを考えた。



 祖国の領地へ足を踏み入れた頃にようやく、


 彼を想い悼む思考を取り戻した。



 ひとしきり彼を失った事実に絶望し、


 悲嘆に暮れてから、


 次に思い浮かんだのは幼い少年の顔だった。


 長、上層部、技能師のお歴々よりも、


 少年へどの面を下げて彼の死を伝え、詫びれば良いのか、


 何一つ思い浮かばなかった。


 できた事といえば、


 ひれ伏して許しを請う事だけだった。



 少年は涙を見せなかった。


 少年は誰を責めることも、恨むこともしなかった。



 少年はあらゆる感情を閉じ込めた暗渠(あんきょ)のような瞳で、贖罪を受け入れた。

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