恐るべき侵略者

鐘乃亡者

恐るべき侵略者

 心地よい夢から覚めて体を目一杯伸ばす。欠伸をしながら時計に目を向けると、もう針は正午を越えていた。

 

 住んでいる城から外界を見下ろすと、我が奴隷達が必死に働いている。きっと朝早くから職務に励んでいるのだろう。中には深い隈を刻んだり、栄養剤を補給している者がいた。


「愚かだな……」


 奴隷達は地球人と呼ばれていた。

 つるつるの皮膚を持った、猿のような二足歩行生物である。自分達は賢いと自惚れているが、実際は協調性や寛容さを全く持たない愚かな連中だ。


 我々フェリッス星人が全世界に向けて侵略計画を発動しているにも関わらず、未だに同族殺しが平然と行われるほどには頭が空っぽな哺乳類でもある。


「実に愚かよのう! 地球人とやらは!」


 私は外界に向かって吠えた。だが反抗してくる奴隷などいない。それどころかニヤニヤと下衆な笑みを浮かべて会釈する奴がいる始末。


「もう良い、飯を出せ。貴様らの存在価値はそれぐらいしかないのだからな」


 私は呆れつつ城から降りる。すると何処からともなく地球人の若い雌が現れ、料理を差し出してきた。


「ふむ、準備がよろしい」


 その雌は初めて見る顔だったが、地球人の中では比較的マシな容姿である。侵略が成就した暁には我が第五夫人にしてやっても良いだろう。


 料理はいつもと変わらぬ、最高級の味がした。

 以前は最底辺の安っぽいものであったが、私の厳しい指導によって今は十分食える味となったのである。

 

 私がそんな低級料理を食わぬと知った時も地球人は極めて愚かだった。ただただオロオロするばかりで如何にも滑稽であり、今思い出しても笑える。


「命令だ。皿は片付けておけ」


 腹が膨れた後、私は奴隷共の仕事場を見て回る。一人一人丁寧に。背後からプレッシャーを与える。

 コイツらの収入は私の収入でもあるため、手抜きなど絶対に許さん。それでも偶にいるのだ。私が目を光らせていても怠惰を貪る愚鈍な奴隷が。


「うめぇ……むにゃむにゃ……」


 噂をすれば早速見つけた。

 

 作業机に突っ伏し、寝言を呟いているのはサトウ。作業中に何度も居眠りしている雄の常習犯だ。まだ若い癖に肥満体型であり容姿の時点で知力を全く感じない。おまけに口の臭いが凄まじいのに、時々顔を近づけてくる。


 私は怒りを覚えながら奴の机に飛び乗り、思いっきり平手打ちを喰らわせた。


「――――はぅあッ!?」


 サトウは涎を垂らしたまま飛び起きる。見守っていたのであろう周りの奴隷達は醜くゲラゲラと笑った。


「もー佐藤さん寝過ぎですよー!」


「またミケに起こされてらあ」


 本当に協調性のない屑ばかりだ。少しは痛めつけられる仲間を庇ったらどうだ?


 気持ち悪い愛想笑いを浮かべるサトウを無視して私は机から降りる。


「ミケちゃん、おやつ食べる?」


 巡回に戻ろうとすると、年を取った雌が現れた。手には茶色くて細長い物体。そこから香ばしい匂いが漂ってくる。

 コイツはあまりにも馴れ馴れしいので好かないが、コイツが持ってくる菓子は絶品なのだ。


「ふん、調子に乗るなよ地球人風情が」


 私は仕方なく今日も菓子を咀嚼した。口に入れた瞬間、先程の料理とは比べ物にならない旨味が口中に広がる。


 フェリッス星人が地球を侵略したのには訳がある。

 それは地球人共が馬鹿だからだ。コイツらはフェリッス星人が何を言おうが反抗せず、何を為そうが貢いでくる。むしろ奴隷扱いされることに喜んでいる節すらある。


「悪くなかった。今日は生かしといてやろう」


 菓子を食べ終えて暫くすると、急激に眠気が襲ってきた。私は窓の近くに寝そべり、うつらうつらと船を漕ぐ。


 突然、奴隷の一人が毛布を掛けてきた。他にも数人集まってきて四角い物体――スマホとやら――を私に向けてくる。


「いやぁ、今日も可愛い」


「ミケを保護して正解だったよなあ」

 

「ホント、部長が猫好きで良かった」


 まあこれくらいの無礼は許してやろう。いずれ、フェリッス星人の天下が訪れるのだ。奴隷達が微かな幸せを味わっていられるのも今だけに違いないのだから。


 数千年前、我々の先祖が地球に降り立った。

 苦難の時代は確かにあったが、我々は着実に数を増やし、今では地球人を呑み込みつつある。


 地球人全体が我々の奴隷になるのも時間の問題だ。

 私はほくそ笑みながら夢の中に落ちた。

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