【加筆・修正後】第三話 対岸の灯は飛鳥が運ぶ

 悍ましい魔物と、二人が位置する開けた場所で、少女は己の末路を悟っていた。


「あ……あたし終わったかも」


 賢者からしてみれば、魔物が森から出てきた後に少女も表れ、どうしたかと思えば、自身を見てなにやら絶望している様子。

 目から光すら消えており、一瞬でも魔物のことが頭から抜けていると思われ、そんなにか? と思えてしまう。


「……君はではないみたいだね。 もしかして、君はあれを?」

「えーと……あーとね……」


 ここで賢者は少女に話を振ってみた。

 魔物が危険なことは言わずもがな、その追っかけなど酔狂なことをする少女が唯者ではないことは明らかだろう。

 そこで彼女がどういった者か目を凝らして見ても、外見から得られる情報は若く整った顔立ちであり、所々が泥で汚れているといった具合、正体を掴むにはなんの役にも立たない。

 神聖教会の関係者という線も無い、そうならここで何をしているのか説明がつかない。


 賢者は一つの仮説を立ててみる、まぁ魔女かなって。

 魔物を見れば普通は裸足で逃げ出す、それには魔女も例外ではない。

 なのにここに居るということは、恐らく自責しい魔物と、二人が位置する開けた場所で、少女は己の末路を悟っていた。


「あ……あたし終わったかも」


 賢者からしてみれば、魔物が森から出てきた後に少女も表れ、どうしたかと思えば、自身を見てなにやら絶望している様子。

 目から光すら消えており、一瞬でも魔物のことが頭から抜けていると思われ、そんなにか? と思えてしまう。


「……君はではないみたいだね。 もしかして、君はあれを?」

「えーと……あーとね……」


 ここで賢者は少女に話を振ってみた。

 魔物が危険なことは言わずもがな、その追っかけなど酔狂なことをする少女が唯者ではないことは明らかだろう。

 そこで彼女がどういった者か目を凝らして見ても、外見から得られる情報は若く整った顔立ちであり、所々が泥で汚れているといった具合、正体を掴むにはなんの役にも立たない。

 神聖教会の関係者という線も無い、そうならここで何をしているのか説明がつかない。


 賢者は一つの仮説を立ててみる、まぁ魔女かなって。

 魔物を見れば普通は裸足で逃げ出す、それは魔女も例外ではない。

 ここに居るということは、恐らく自責の念からきた責任感だろう。

 不慮の事故でおきた現象の後始末の為に奔走していた。と賢者は推測した、というかそうじゃないと困る、君は誰となる。

 断定は出来ない、故に多分に含みを持たせて、少し濁した「ただの人じゃない」と言ってみた。


 一方、そんな結論に辿り着いた賢者のことなど知るはずがない少女は答えに焦る。

 いっそのこと「お前は魔女だ!」とでも言われれば、ある意味で踏ん切りがついたものの、賢者が確信を持てなかったが為に、変に希望を持ってあれやこれと少女は言い訳を考えてしまう。


 別に賢者は悪くない、世間では「魔女」とはそれほどに嫌悪される存在であるから、それに間違えられるとは最上級の侮辱でしかない。

 少女も悪くない、誰だって死ぬのは御免だ。

 少女に死ねと言えるのなら少女が悪いと言えるだろう。


 少女は言い訳を考えるが、状況が状況、言い訳無用の詰みに近い。

 ここでとれる選択は三つ、自白か、狂人としてやりすごすか、逃げる。


 まず逃げること、それはありえない。

 自らの過ちを清算しないでどうするのか、そもそも何のためにここまで追ってきたのかという話だ。

 狂人は論外、遅かれ早かれ御用になってお終いだ。


 元々少女に選択肢など無い、それよりも神聖騎士が偶然にも近くにいたことを幸運と思うべきなのだ。

 勿論被害は避けられないが、その責任はとる気でいる。


 拳を強く握り締める、心で自分を叱咤する、何を生きようと考えていると。

 元々望まれていない存在、そんな私のせいで誰かが不幸になっては、死んでも償えないと。

 何時か人は死ぬ、それが遅いかの違いしかない、これは些事な事であり、自分がそうだっただけ。

 少女は振り絞って言葉を繋ぐことにした。




「あたしは……私は魔女だ! アレも私のせいなの……けどお願い、今は後にして、アレを斃すのに協力して!」


 言った、言ってやった、もう後戻りは出来ない。

 鼓動が早くなる、震えが止まらない、自ら死刑宣告をするにも等しいことをした『魔女』とはそれほどの言葉。魔物を出すとはそれほどのこと。


「わかった、じゃあアレをどう討伐しようか。剣、忘れてきたからなぁ」

「___え」


 こともなげに、欠伸が入りそうなほどに平然とこの男は言い放った。

 少女が永遠に思えるほどに苦悩しただろうあの時間を、杞憂だとでも言うかのような変化のなさ。

 それに付け加えるかのように、何か大変な忘れ物をしている発言も行っており、殊更に毒を抜かれ、思わず声が出た。

 別に期待していたことは何もないが、なんだか調子が狂う人だなと少女は思った。


「今ある間に合わせの物はこれくらいしかないし、少し心もとないかな?」

「___え」


 賢者の手には弓と矢があり、背には竹槍擬きと、腰に木刀のような何かを挿している。

 間に合わせと言った言葉通り、そこら辺にあったもので作った物ということだろう。

 それで今から戦おうとしている。


「バカなの!?」と声を大にして言いたい。

 しつこいようだが、魔物は危険、そんな奴相手に間に合わせの武器で戦おうとするのは、玉砕覚悟の自爆特攻でしかない。

 最後に刺し違えても殺す、そんな末期のときしか使わないだろう「それ」は。


「……えっと、それなら他の神聖騎士がくるまで、持久戦ね」

「うーん、多分こないと思うよ、僕がいるし」

「……どういう意味か聞いても?」

「そのままの意味かな。大丈夫さ、僕強いから」

「……」


 少女は思わず頭を抱えそうになる。

 彼の発言が正しいとしよう、正しいとするのなら。


 この男は強い、だから一人で来た。


 常識が欠如してらっしゃる、少女がそう思うのも仕方ない。

 寧ろ厄介払いの為送られたのではと考えるほうが妥当だ、普通は。


 そもそもこの賢者は今は神聖騎士ではないので、組織として行動しているという大前提が違うのだが、そんなもの少女が知る訳なかろうて。

 情報の足りないことから来す認識の齟齬は、少女の悲壮感が迷子になりかける、このままだと二度と帰ってくることは無いかもしれない。


「___いや、まぁうん、とりあえず分かったわ。それでどうするつもりなの」


 事情を汲んでもらうつもりが、いつの間にかこちらが相手のことを理解し飲み込むのに時間を要する、予想していた状況とは真逆のことが起こっている。

 兎に角と、少女は考えることを一度後に回し、本来の目的を遂行するため気持ちを取り戻す、忘れていたわけではない、この男がマイペースすぎただけ。

 

 視線の先には今も尚、動かずにただ悠然と微風に振られて魔物が佇む。

 不意打ちを行う隙は何時でもあったが、仕掛けてこなかったのは余裕の表れか、賢者を警戒してか。


 少女の問いに、賢者は策とも案とも言えないことを話す。


「とりあえずは色々なことを試しながら相手の情報を集めて、有効打は何かや弱点を探す。まぁやってみないとわからないかな」

 「つまり当てがないから総当たりってことね。いいわ……このさい斃せるならなんだっていい、とことん付き合ってあげるから!」


 若干の不安材料は残るが、贅沢は言ってられないのは確か。

 この男を頼りに共に魔物と向かうことにした。


「けれど私の魔法はあまり当てにしないでね……またあんなのが出てくるかもしれないから、極力扱いたくないの」

「わかった、なるべく使わなくてもいいよう事を運んでみるよ」


 魔法による世界の歪みは、実現させる現象の規模によって変わる。

 一滴の水を創り出すのと、火の雨を降らすのとでは世界に与えるダメージは雲泥の差があるが、どのような魔法であれ、世界へ与える創は確実に蓄積していく。

 軈て耐えきれなくなれば歪みが現れ、魔物が現れる。


 これら詳しいことは今の人間には知りえない情報、漠然と「魔法を扱えば魔物が現れる」と認識されている。

 ようは使いよう次第なのかも知れないが、女神がと決めたのなら、それに従うまで。


 少女の言葉に賢者は頷き、彼女がこれ以上気負うことが無いように。

 手早く片付けようと矢を番え目標へ狙いを定め構えを取り、弦を引き絞る。

 手癖で作ったにしてはそれなりの出来だ、耐久性は観賞用かざりの据え置き程にしかないが、元より矢は一本しかないので十分だろう。


「まずは小手調べ(これで終わればそれでいい。経験則から言えば無いだろうけど)」


 魔物には個体差がある、それこそ千差万別に、似通った個体は居たがそれ位のもの。

 今回の魔物は賢者の見立てでは下の上、それなりに厄介と見た。


 魔物は今も尚動かず、天を見上げ理解できない音を発している。

 隙だらけで動かない的は射抜くには絶好のチャンス、相手は何もしてこなかったがこちらも待つ道理も義理も無い、遠慮無く賢者は狙う。


 狙うは頭部と思われる種子のような部位、大抵の生物は頭部を抜けば死ぬ、相手もそうであることに賭ける。

 呼吸を止め手振れを可能な限り抑える。木葉が擦れる音も聞こえなくなるほどに神経を研ぎ澄ます。

 狙いを済ませ、堂に入った構えでその時を待つ。


「……」


 賢者が狙撃の態勢に入ってから、少女は身動きできないでいた。

 出来る限り邪魔にならないよう、そっと賢者の背後に移動してから、自分には何ができるか、この後どうするかに考えを巡らせていた。


「(あれは威力偵察、アイツがどうやって対処するかの確認かしらね。けれど問題はその後、どうやって致命傷を与えればいいのかしら……いっその事燃やしてしまえばいいのかしら)」


 消し炭になってくれるのならそれでいいのだが、自分が今いる場所は山林の中、燃え広がれば唯では済まない。

 なら即死級のいかづちはどうか。

 扱ったことが無い上、取り返しがつかないことになってはダメなので却下。

 いざという時にしか魔法を使わないで生きてきた、幸か不幸か現状役に立つ未来が見えない。

 魔物が出なければやりようは幾らでもあるのだが、と考えていると、風がやんだ。


 この時を待っていたと、賢者は風が止む瞬間さらに一層弦をはちきれんばかりに引き絞る。

 その時、賢者は奇跡を扱い、心が浄化されるような神聖さを感じる光球を弓に矢に纏う。

 限界までの可能性をできる限り引き出し、光の残滓が美しく舞い散る中。


「___いまッ!」


 ビッ!! 矢を放つ。




 それは刹那のことだった。

 賢者が矢を放った瞬間、突風が吹き、追い風と共に矢は飛翔した。

 矢が放たれる音が聞こえた時には、ガラスが砕け散ったかのような音が当たりに響き渡る。


 命中。


 矢は一直線に、引き込まれるように目標の頭部を射抜いた。

 勢いは殺されず、魔物は矢に引きずられるようにして森の奥へと消えて行った。


 ほんの一瞬の出来事だった。







「___な、なにがおこったの……?」


 少女は今目の前で起こったことが信じられないとでもいうかのように、そう呟く。

 途中よくワカラナイ発光みたいな現象が起こっていたが、あれは威力偵察のつもりの、なんの期待もしていない粗悪な武器だと思ってた。

 敵のスペックを図る、それ以上の目的が無いと断じて言っても良いほどに。


 放ってみればどうだ、確実に仕留める為に撃つような威力を有していた、小手調べとは何だったのか。

 そもそも間に合わせの物で出せて言い性能でもないし、人間が出せるのもおかしい、人間バリスタじゃないか。そう思えるぐらいには少女は世捨て人ではない。

 だが、それができるということは、あの光は「奇跡」を使ったということなのだろうか。


 確かに神聖騎士は「奇跡」がある、それにしたって流石に限度というもがあるんじゃないだろうか。

 これほどの規格外な力の持ち主が沢山いるのなら、この時世困ることは無いのだが、あまりにもあんまりだと少女は複雑な心境になる。


「あんた、とんでもないわね……」


 恐る恐ると言った感じにそう賢者に言い、手元のソレを見ると。

 亀裂が入り、徐々に罅は広がり、古寂れ褪せたとうな見た目に変わる。

 軈て砂のように、塵となって消えて行った。


「___え、壊れた……の?」

「この弓のを限界まで引き出したからね、存在できて至れたかもしれない最高の高みまで。その後は反動でこうやって無くなっちゃうけどね」


 手元にあった弓は綺麗に塵と化し何一つ残ってはいなかった。


 人が限界まで奇跡を扱うことは無い、丸腰でない限りは。

 だが扱ったとしても数日まともに動けなくなる程度であり、物のように朽ちることは無い、と思われる。

 観測されたことは無いので詳細は不明、あったとしても状況が切羽詰まっていると考えられる、それに物のように朽ちてなくなるのだとすれば探しようも確認しようもない。


「その身と引き換えに強大な力を手に入れるってわけね、どうりで強いわけね、神聖騎士達が」


「対魔」関連の一切は神聖騎士達が全て請け負っている。

 絶大な力だが、どれほど己のものにしようと「女神の借りもの」なので、利己的なことには扱えない。そもそも奇跡を与えられる者はそんなことしないのだが。


「けれど万能ってわけではないからね。お相手さんも殺る気になったみたいだ」

「___ッ! アイツ、あんなの喰らってまだ動けるの……!?」

「あれで終わるのなら、魔物の被害は無くなってるよ」


 賢者が見据えたままだった先から、足音もなく魔物はゆらりとこちらへと戻ってくる。






 纏う雰囲気が変わっていた、もう遊ぶ気は無いというように。

 矢に貫かれたままの頭部からは霧状の何かを噴出している。

 黄色い瞳のような光が確実にこちらを見据えており、先ほどの油断はどこにも感じられない。


 少女は本当に遊ばれているだけだった、自分は奴の脅威足りえないその事実に歯噛みするが、先ほどのを見てしまったからには納得せざるを得ない。

 自分では力不足、それも魔女の力を使ったとて、そういわれている気分だった。

 事実、魔女の力を扱うことを可能な限り制限している限り、勝ち目はない。

 女神の名のもと無制限に扱うことのできる奇跡の力を羨ましく思ってしまう。

 あの時得た力が、「こんなの」じゃな「奇跡」だったらと。


「ここからが本番だけど、戦えるかい?」

「___ッええ、やれるわ」


 たらればを考えても過去は変わらない、今は目の前の敵に集中する。


 賢者は槍擬きを構え、同じくして奇跡の光を纏う、間合いを取って戦うつもりだろう。

 少女も意識を向け、対象を見据えて、いつでも具現化できるように魔法を考える。

 きっとなんとかなる、そんな漠然とした希望と抱いて、仇であり忌むべき敵に、忌むべき魔法を落とす。

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