第 話
ナカツコク領。
シキタノリトが統治するこの領地は、ヴェセスタ国においても異風な出で立ちであった。
硬い石材で作られる家具や建物が多い中、ここナカツコク領は建物の殆どは木材で
造られていた。
尖った建物が多い中、緩やかに傾斜のある屋根。
手触りが良く、怪我の心配も無い程に磨かれた角材の家具。紙のように薄くし、幾つも貼り付けた変わった扉など。
量産品で在ろう物でも、職人が丹精を籠めて作り上げたであろう逸品がそこかしこにある変わった領地。
そして食べ物も群を抜いて色鮮やかであり、種類も並みの料亭なら音を上げるほど多く、そして何より美味であるため、挙って死ぬまでには一度は行きたい場所と言われるほど。
嘗て国王がお忍びで侵入するほどに、文化が豊かであり、毎日が祭り差乍らの活気があった。
そして最も特徴的と言えるものは、暑いときにはとことん熱く、寒いときは雪が積もるほど、気候がハッキリと移り変わること。
何時の時も暑さに倒れる人や凍傷になる人が数多く居たので、医者が比較的大量に詰めていた。成果は懐が焼けどするほどと言えば十分だろう。
年がら年中人で賑わう活気のある領地。
現在は地図上には存在しない。
シキタノリトは、頭を抱えていた。
原因は、ある日から自然の理を無視した現象を具象化することができる「魔法」の存在。
聞けば魔法とは、無から火を生み出せたり、雷鳴の如き雷を降らせたり、生物の恵みである水を
「しかも『魔法使い』に共通点は無い。故に誰が魔法を扱えるのかは一見では判断が不可能。共通することは、強いて言えば『頭に響くナニかに身を委ねてたらいつの間にか』だって?」
魔法使いは日に数を増している。
頭に響く声も総括しての話し、もっと細かく言うのであれば、「いつの間にか」「知らないうちに」「声の通りに」とてんでバラバラ。
「声」は一体どういう感じだったのか、そう聞けば全員「よく思い出せば声だったかもわからない」と答える。
何ともオカルトチックな話である。
そして頭を抱える原因、それは誰でも魔法を簡単に習得することだ出来るものだというのが頭を痛める。
国からは「声が聞こえても従わないように」とお触れを出している。
教会は神の代弁者が語っていた「声に従わないこと、若し得てしまっても行使してはならないことと仰せられております」とのこと。
女神を国教とするこの国では女神様が仰られたことが基本的に尊寿される、国と神様からこのようなお触れが出たのだ、実質魔法は扱ってはならないことになる。
幸い人は未知に恐怖感を抱く生き物、先ほどの「声」の話もあった通り、気味悪がって能動的に得ようとする人は少なかった。
だが、人は禁じられたことに興味を抱く、そしてその力は文字通り世界をひっくり返せる程に強力な代物、それが「誰でも」「簡単に」というのが問題になる。
「そんなもの、狂人の為にあるようなものじゃないか。正直者が馬鹿を見ることになるぞ……」
子供は親が言って聞かせれば賢い子なら守ってくれるかもしれない、いや、賢いからこそ未知に興味が湧き、得てしまうかもしれない。
子供は一度大きな失敗をすれば更生するかもしれない。
だが狂人はどうだ? 奴らは家畜以下だ、畜生に言葉と心は通じない、周りの被害など気にもかけず、己の快楽のためにしか使用しないだろう。
殆どの領主や民もそのことを懸念していた。
一方ではこれを「人類の進化」と捉える人もいた。
魔法があれば気候を気にすることも無く、安定した物資の生産が可能だと言ったり。
不測の事態の対応力を極限に高めることもできるとも。
武力への利用、有用性を説き、永遠の平和を語る者がいたりと、積極的に人々へ魔法の有用性を語り、習得するよう働きかける人もいた。
そして最も過激な思想と言われている者たちは 「忘れられた女神の贈り物」と語り、自分たちにはそれを享受する義務がある。そう語る狂人もいた。
禁止されることで、今は魔法による被害は余り無いが、魔法というあまりにも大きすぎる凶弾が、一度でも爆発してしまえばどうなるか。
気候がハッキリ分かれ、その気候に合った種で満たされているこの領地はどうなるか。
その独特な文化と生物により賑わうこのナカツコクは、再起不能に陥ることだろう。
「ノリトさん……」
「___ッ! ナツカ、駄目じゃないかこんな時間まで起きていては、体に障るぞ」
深夜の執務室で一人、項垂れていると、妻であるナツカが心配そうに、明かりの灯る部屋に尋ねてきた。
「ごめんなさいね、なんだか一日中浮かばれない様子だったから気になって……ね」
「……ああ大丈夫さ、大丈夫。それよりも僕は君の体が心配だよ」
「私は大丈夫よ、こう見えて前線張ったこともあるんだから、ちょっと夜更かししたぐらいで何ともないわ、今だって刀を振り回せるほどにはね」
元気なことはいいいことだが、 そう言って態々振るう動作をしようと動き出すものだから、ノリトは慌てて止めに入る。
「やめないか! 君が良くてもお腹の子に何かあったらどうするんだ!? 頼むから安静にしてくれ!」
現在ナツカは第一子を身籠っている。
にもかかわらず本気であれやこれや動き回ろうと、やろうとするから、ノリトは気が気じゃない、別の意味でも頭が痛い。
こちらは幸せなものでそれ程苦でもないのだが、只管お腹の子が心配なのである。
「……それで、何か光明は見えたの?」
もう無茶しないからと夫を窘め、手を引かれ椅子に座った後。
あれから何か解決策を思いついたか、尋ねる。
ナツカも楽観視はしていない、出来ない。だが何も思いつかないものだから、今は考えていても仕方ないという面持ちで居る。
強制的に止めさせようともする、そんなナツカの振る舞いに助けられることが、思慮に耽るノリトには良くあった。
「……全くもって見えないよ、規格外すぎるんだ、魔法は。『人の手に負えない』そうとしか言いようがない」
個人が手に入れるには破格の現象、人間が扱えるものではない、存在していいものじゃない。
こんなもの破滅しか齎さない。
これが古代から現在まで「争い」という言葉が存在しないほどに、身を切ってまでお互いを助け合える人類であったのなら、このように気負うことも無かった。
現実は残酷だ、人類は幾度と進化し発展してきた。
そのたび合理的な行動から逸脱してくる存在や概念が増え、それを是としてきた。
争いのメタファーは「通貨」だと考える。
通貨ができたから手に入らない物が生まれる、通貨が無ければ食べ物も買えない。
働けば問題無いと言えるだろう、だが働けない者はどうすればいいか。
恐らく援助する何かしらの制度があるべき、そう思うだろう。だがこの世界にそんなものは存在しない。
労働出来ないものは死ね、言外にそう告げられる。ただ飯は食わせてられないと。
「……ん? 待てよ、そうなると今度は貧困層が力を持つことも容易になるということか、となれば不満があれば魔法で脅すこともできる、狂人だけではなかったか……」
注意を向ける方向が増えたことに嘆き再び頭を抱える。
想像すればするほど、芋づる式に最悪の未来予想図が展開されてしまう蟻地獄に陥る。
「ハイ! 今日はそこまで! この子にその呪詛を聞かせるつもり?」
手を打ちノリトの思考を引っ張り上げる。
彼の長所であり短所である、彼の思慮深さはこの地を治める長としてとても信頼できるものだが、今を疎かにして潰れてしまえばそれは本末転倒、ましてや今はどうすることも出来ない事柄なら猶更。
「きっと大丈夫よ、神様だってああ仰られていたんだから。いざとなれば神頼みの手もあるわ」
「……そう、だな。女神様が行動を起こさない今は幾ら考えても埒が明かない……か」
だがノリトは神をそこまで信用しては無い。
人を思うのは確かだろう、世の為人の為なのも本当なのだろう。
だがいままで争いを是としてきたのは唯一気に入らないところである。
それにこうも言う「神は気まぐれ」だと。不敬なので表立ってはいえないが。
「国王だって聡明な方、教会の人だって放っておかないはず。きっと、なんとかなるわ」
「というわけで今日はもう寝ましょ」とナツカに手を引かれ部屋を後にする。
不安はぬぐい切れない、後手に回ってしまう時にはもう取り返しがつかない。
だが今はどうしようもない、そんな現実から目を背けるように。
ノリトは世界から目を瞑り、闇に落ちる。
あれから数年がたった、状況はハッキリ言って最悪。
ノリトの懸念が実現する形となって荒らして回った。
魔法の概念が現れてから数か月たったある日。
名もない孤児が魔法で人を殺した。
孤児の餓鬼は店主を脅しつけた「オレはマホウが使える、ケガしたくなければヨコせ」と。
店主はそれまでに何度かナイフで脅されたことがある、店やってりゃそういうこともあるだろうと。
慣れていたし、そもそも相手にその気がないから、今までも確固たる矜持で、そういうやつらを撥ね退けてきた、今回の餓鬼もそうだ。
その餓鬼がどういった心境でやっているのかも理解できる、境遇に同情ぐらいはする。
ので知らないうちに持っていくのなら例えバレバレであってもある程度は目を瞑る。衛兵にも突き出しはしないし、告発もしない。
だが正面切ってくるなら話は別、脅されようが懇願されようが特別に施しを与える気は毛頭ない。
一度「特別」をしたのなら、全てに「特別」をしなきゃいけなくなるから。
店主だって生活がある、見返りの見込めないことをしていては自分が生き残れない。
それに一人だけ特別なことをして他をしないのなら、それは命の取捨選択をしたことになる、だから盗んでいきやがれって話なのだ。
偽善上等、その矜持の元に店主は商売をしている、だから今回も特別扱いはしない。
「ッハ! 餓鬼が、おとといきやがれ」
シッシッと手を払って、それきり少年を居ないものとして扱う。それが気に障ったのか、餓鬼は明確な殺意を店主へ向ける。
魔法という力を得た少年はある種の全能感があった、なんの価値もないプライドが芽生えていた。
こんなに凄い力を持った自分がいるのに歯牙にもかけないのが気に入らなかった。
「___じゃあ死ね!」
そういうと少年から怪しい光が放たれる。
鈍色の光が離散し、散ったかと思えば、その光は周辺に散らばる「尖った物」や「刃物」に纏わりついた。
周囲から悲鳴が上がる。
これには店主も「コイツは違う」と感じたようで慌てて少年を振り向けば、やっとこっちをみたとばかりにニヤついていた。
「おい餓鬼、テメェ一体なにを___」
ッガ と鈍い音がした。
背後を振り向けばナイフが壁に一つ、突き刺さっていた。
「(この餓鬼……! やりやがったな……!)」
魔法を使った、前例のない、無かった脅し。
少年を見ればいくつもの刃物やナイフ、針が背後に鈍色を伴い浮かんでいた。
「泣いたらたすけてあげるよ? どうする?」
全能感。絶対的な力。
孤児として誰にも注目されず必要とされず、まともな教育も愛も何もないまま、幼いころから孤児院で働いていた。
魔法は劇薬だ、権力者でも狂わせれる程の代物を得て、何も持たない餓鬼がマトモでいられるはずがない。
最早、少年は自らの存在を誇示するだけに思考が変わっている。
全てが自分を引き立てる脇役にさえ感じられる、主役はこの僕なのだ、と。
「……悪いことは言わねぇ、今すぐソレを止めてとっとと失せろ」
良からぬ気配がする、恐らく歴史の分岐点になるであろうことが今目の前で起こっている。
この後の餓鬼の行動一つで、未来が決定されてしまう予感がした。
だがそんな未来は、考える脳が無い餓鬼には無い。
寧ろ、主役に向ける目がそれか、なんだその憐みの眼は、舞台装置は望んだ解答だけしていろ!
激昂した少年は全てを店主に投げかけた、幾度となく、幾つも。
何度も何度も何度も何度も、気が済むまで繰り返した。
始めはしぶとかった、もう息は無い。
だがそんなこと知ったことではない、好機だ。
相手が仕返ししてくることはない、「勝ち」は揺るがない、その愉悦感だけが感情を支配していた。
少年は逃亡したが捕まった。
抵抗の兆しが見られたのでその場で殺処分、頭を矢で吹き飛ばしてこの事件は解決。
店主は針鼠もかくや、人の形を取りとめるにもやっとだと筆舌に尽くしがたい姿に変わり果ててしまったらしい。
これでこの事件は終わり。となるはずがない。
それから世界は二つの世論に別れた。
一方は、このような事件が起こったのは抵抗する力がなかったからとした。
二度とこのような事件が起きないようにするためには、全員が魔法を習得することこそが一番の自衛になり、魔法を扱う者に対する抑止力になると主張。
もう一方は、魔法そのものが悪魔が齎した厄災とした。
魔法がある限り悲劇は繰り返す。魔法という未知に頼ることこそ悪魔に魂を売るのと同義、魔法を扱う者には等しく死の鉄槌を下し、安寧を取り戻すべきだ、と。
ここで国が割れて二分化することを恐れた国が、割って入り、国王がこう宣言した。
「一切の魔法の行使を禁ずる、魔法を行使したものは等しく斬首刑に処す。そして魔法の伝授、扇動を行った者は国家反逆罪とし処刑する」
今はどちらも冷静ではない、ほとぼりが冷めて落ち着いてから改めて決めるべきとした。
処刑という最も重い刑を科すことにより、並大抵のことでは行動を起こさないだろうとした。狂人以外は。
言論統制をおこなったことで、二分化した主張は一旦の収束をした。
だがこの事件を期に、魔法に対する強い嫌悪感を抱く人が増えていった。
それが良かったのか、魔法を扱う人は誰も見なくなった。
今までは重い罰則は無く、バレないよう使用していた人は居たが扱うことは無くなった。
扱える子供に対しては、親は血眼になって、果てには懇願して子供に話をした。
魔法を使えると自慢するように話していた友人からは、「魔法」という言葉を聞くことが無くなった。
魔法を扱える人物が周囲から迫害じみた被害にあうことも屡々あったが、それだけで終わるほど、人間とは統率の取れた存在ではない。
王の宣言から数ヶ月、事態は更に重くなる。
王都の一割が火に飲まれ、大量に死人が出るテロが起こった。
「俺は神に選ばれた特別な存在なんだぁ!!」
叫んでは火達磨の男は周囲を燃やし、燃えたナニかを投げつけながら王都を駆け抜けていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図、衛兵や教会、民草も協力して鎮火、救助活動を行い、被害の拡大は極力抑えることができた。
死傷者は数えきれない、予断も許さない、次に誰がいつテロを行うか判別がつかないからだ。
魔法は秘匿性の高い武器だ。
衛兵が狂人に追いついた時には、実行犯の男は燃え尽きて塵となっていた。
行き場のない怒りと悲しみで、国から活気は一日にして消えた。
それから、国王は教会の最高位の司祭らと、神と協議したのち、こう決断を下した。
「魔法を知る者、扱う者、一様にして『魔女』とする」
「神意の元、『魔女』は見つけ次第処刑する」
「教会には神意の元、魔女討伐部隊として『
その宣言が成されるときには、とっくの前から、既に魔女狩りは始まっていた。
魔女が抵抗するのは火を見るよりも明らか。
今のうちに魔女を絶滅させて、魔法という異端の力ごと闇に葬り去ろうとした。それは終わらないいたちごっことは知らずに。
明確に魔女だけを殺す、嘘を付いても意味は無い、神聖騎士達は皆女神から『奇跡』を得ている。
その中には魔女を見分けられる者がいた。
抵抗しても意味は無い、奇跡の力は女神の名のもと、非常に強力であるから。
魔女の告発は次第に世界中から寄せられ、確実に魔女の数は減らしていった。
こうして魔女は世界から嫌われ、存在すら許されないものとなった。
魔女を駆逐し、存在そのものを闇に葬ることが、魔法の根絶へと向かう。そう信じて。
賢者と魔女 なんばん @NanbanPlate
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