【加筆・修正後】 第二話 森の魔女

 町から二十分程歩き、渓谷のある麓までたどり着いた。

 辺りには小さな湖と森との景色が幻想的なこの場所は、子供たちの遊び場、秘密基地を作るにはぴったりな場所だ。

 町から少し遠いのが難点でありそうだが、子供たちにとってはなんでもない距離だろう。


「うん、ここまできても特に何も感じないな、でも、何かは居るかも」


 気配は無い、だがナニかがいる、第六感がそう語る。

 確証はない、これは勘だから、けれど賢者の勘は運みたいなもの、つまり殆どアタリ。

 聞けば誰も当てにしないこと間違いなしだが、今は賢者唯一人、モウマンタイ、問題なし。


 凡その方向の当たりをつけ、周囲を警戒しながら、山林の奥げ歩みを進める。


 して、魔物とは何か。

 その生態にいては詳しくは解明されていない。

 姿形はさまざまであり、『魔獣』とちがい、ゆっくりと観察しておくことや実験することが出来ない、故にデータは殆ど無い。それほどに凶暴であるからだ。

 ただ一つ解ることは『魔法の行使』による世界の歪から来ていることだけ。


 ここで言う魔法とはなにか。

 詳しくは伝えられていないが、本来ありえない現象を無理矢理引き起こすこができる術。

 術と言っても、何か文字がある訳でもなく、唱える言葉がある訳でもない、誰かが発明したことも伝えたことも無い。

 ただ頭に響く声に全てを委ねたら、思い描く通りに、自在に扱えるようになる。

 無から炎をだすことも、水も雷も、天候を変えることすら出来る。

 そんなものが、誰もが扱えるようになるとすれば、世界はどうなるか。

 想像に容易いはずである。


 魔物とは魔法により、世界の理が傷つき、歪んだその歪みから生れ出たのが、魔物だと伝えられている。


 ではそんな魔物と遭遇したらどうするか。一般的には魔物を見つけたら、教会の神聖騎士クルエルダーに報告し、対処してもらうのが一般的だ。

 というよりも『奇跡』を持たない一般人では太刀打ちが出来ない。


 魔物はその名が示す通り魔の物。

 人間のみならず、野生動物さえも一線を画す知能があり、力も強く狡猾。

 野放しにしていれば、魔物一体だけで町一つなど簡単に地図から消える。

 魔物の報告がされるのは、応援を頼まれるか、連絡が取れなくなったときか、神聖騎士がばったり出くわすかしたとき。

 その殆どが被害を受けた後でしかない。

 そんな魔物を「見た」との報告があるのが本来はあり得ないのだ。


 勿論魔物の恐ろしさは、世界的に周知されている。 

 ではなぜ町はあそこまで呑気なのか。

 その身に体験したことが無いことは人には伝わり辛く、記憶にも残りにくい、人間の性か仕方ないこともあるのだろうが、それでも無視できる存在ではない。

 ではなぜあんなに不変であったのか。

 その理由は賢者にある。


「お、熊だ」


 やや傾斜のある森の中を進んでいると、数十メートル先から人の背丈より遥かに高く、凶暴な野生動物である熊がこちらへゆっくりと獲物を見定めるように、躙り寄ってくる。


「敵意は無いよ、襲いに来たわけじゃないから安心してくれないか」


 普通の人が聞けば、この男の頭は可笑しいのか、熊を知らないのか、どっちに考えつくだろうか。恐らく前者。

 熊も頭おかしいんじゃねぇのとばかりに、ゆっくりと前進は止まらない。

 そもそも言葉は通じないわけだが。


「仕方ない」


 賢者は腰に手を沿え、自身の武器である剣……の鞘で応戦しようとする、が。


「……ふむ、困った」

 

 手持無沙汰だと手が違和感を訴えてくる。

 どうやらこの男、得物を忘れてきたらしい。

 

 それは認められないと賢者はを腰に落とし確認する、当たり前だが目視しないと存在しないでも持てないとかそんな呪いの剣のようなものは賢者は所有していない。

 定位置からズレたどこかで落としたという訳でもない。

 少し思い出したらわかる、自宅に掛けたままだと。


「それなら……こうするしかない、か」


 目線を逸らした時から、熊は好機と鋭い鉤爪を振りかぶり為に接近して来ていた。

 オマケになにやら心ここにあらず、鴨が葱背負って鍋に入った状態で出されたようなもの。手を加える必要もない。


 間もなくその差を一瞬で詰められ、当たれば致命傷になる鉤爪が賢者に振り下ろされようとする。


「ちょっと痛いけど、我慢しよう、仕方ない」


 その鉤爪が振り下ろされるよりも早く、賢者は大きく右腕を引き軸足を少し前に出す、腰の入れた殴りの構をとり、熊が腕を振ろうと大きく広げた


「せいやぁぁぁ!!!」


 腰の入った拳を打ち込んだ。


 殴られた熊は体躯が折れ曲がり、訳も分からず真後ろへと飛んでいく。

 自らが襲うはずだった鴨鍋は、それに扮した魔物だった。

 熊はそう結論を付け諦めたかのように、意識を手放した、恐らく。


 何本かの木を折り、地面を転がった所で熊は動かなくなった。呼吸はあるようだ。

 殴った賢者本人は飛んで行った熊を見届け、自身の手を襲う痺れた感覚を噛み締めていた。

 少しすれば痺れも収まってきた、ただもう素手で殴るのは柔らかいものにしようと決めて、熊の確認に向かう。


「多分死んでないと思うけど、やっちゃったら、ちゃんと食べないとだし」


 今夜は熊鍋かな。確認もしていないのに死んだ扱いを始めた。


 とこのように。

 少し話が遡るが、なぜ魔物がでてもあの町は変わらずの日常であるのか、それはこの賢者がやたら滅多矢鱈に強い。ただそれだけ。


 どこの人間でも熊を相手に素手で勝てるやつはいない、この字面自体が存在していいわけではないのだが。

 人によっては奇跡で勝てるかもしれないが、一撃で倒せる規格外がそう随所に居るわけがない。

 そんな奴がいたのなら「もうこいつだけでいいんじゃないかな……」といわれること請け合いだろう。実際言われた。


「呼吸はあるね、いくら自分を守るためと言っても、暴力は良くないからね」


 ちょっと何言ってるか良くわからない賢者は、気絶した熊を一撫でした後、熊に別れを告げ、本来の目的である魔物の討伐に戻る。

 剣は取りに戻る気は無いらしい。また殴るのだろうか、あの熊みたいに。




 一方的に熊を殴り飛ばしてから約一時間程経過しただろうか。

 勘ではここ等辺であることには間違いないはずだ。


 鬱蒼とした森を抜ければ、視界が良く通る広い場に辿り着いた。

 このまま進めば山の天辺まで行くだろう、いっそのこと頂上まで行き見下ろした方が早いんじゃないかと思いもしてきた。


「少し休憩しようかな」


 特に疲れたという訳じゃないが、瞑想をという名の放心をして、適当に気の赴くままに自由にする。これを休憩と言うのかは不明。


 近場の丁度良さげな岩を見つけ、そこに腰を降ろし、空を見上げる。

 何も考えていないときの方が楽しかったりするというのは賢者の持論、実際に時には何もせずぼーっとすることも大切であるとも言われてはいるが、この賢者はそんなこと知らない。


 このまま無意識のように何も考えずに衝動のままにしていると、手がそこら辺の草を千切り始めた。

 何ができるのかを考えることもなく気の向くままにしてみると、笹船が出来上がった。

 さらに放置しておけば、一本の枝を手に取り、土に突き刺した。

 その棒に草を付け始める、糸は野生のモノを使用。

 枯れ葉や石を用い、少しすれば靴サイズのテントが完成した。

 中は雨風を通さず、多少の天候の変化では倒壊することのないほどに頑丈である。因みに掌サイズのテントの中には焚火があり、火をつけるとうまい具合に雰囲気がでることだろう。


 そうしてだんだんと謎に手が込んでる模型が着々と作られていく。

 そのままぼけーっと、完成したならばまた次をと飽きることなく作り続ける。

 次第に腕のみならず体まで動かし始めた。最早憑りつかれたんじゃないかと思うほど衝動のままに。






 時を同じくして、人が通らない山の中のもう少し深くの森にて、一人の少女が森の中を駆けていた。


「ああもう……いったいどこに行ったのよ!?」


 気を荒立て眉間を溜まらず押さえては、一面に手あたりしだい動き回り、ときに動物に教えてもらいながら、深く生い茂る雑草の森の中足場の悪い中探し回る。


「だいたい! なんで直そうとしただけなのに魔物が来るのよ!? もうわっけわかんないわ! ああーもうさっさと姿見せなさいよ!」






 時は数日遡る。

 森の奥のさらに深い、鬱蒼と茂る木々と草ばかりが生え、太陽の光が民衆が魔女へ向ける慈悲ほどしか無い程に深い場所に、一軒の家が建っていた。


「……まぶひ……ん、あさ……?」


 遭難して死体になるころにもでも付きそうにない生気のない場所に、少女が一人暮らしていた。


「じかんは……二一時……へ、九時……ッ嘘でしょ!? いままで丸一日寝過ごしたこと一度もないのに!?」


 目が覚めた時、日課である時間を確認するため懐中時計を確認する。

 その懐中時計は九時を指し示した、少女は基本的に健康に気を使うため、早寝早起きが基本。

 そんななか今まで一度としてなかった、一日を寝過すという現象は、少女にとっては認めたくない現実である。

 ここで一つ、少女は基本ただの人間である。


「ああ、だらくしたぁ……まともな人間でありたかったのに……あ、既に堕落してるんだった……んえ?」


 伏せに倒れ枕を抱えて嘆いていると。

 小鳥が一匹、窓から入ってきて、囀ると、目を見開き魔女が起き上がった。


「確かに! あなた天才!?」


 まるで鳥の言葉が分かるかのような反応をして、少女は懐中時計を確認する。

 よく見れば時針が止まっていることが分かる。

 ここで少女はそもそも明かりもなしにどう時間を確認したのか。との考えには辿り着かない、人間は慌てると常識も忘れるのだ。


「あーゼンマイが切れちゃったかな、ええとマイゼンマイゼン……あった!」


 小さく穴が開いたゼンマイを懐中時計に挿し、ジコジコと回す。

 大抵は巻けばまた元通り動くようになる、少女は無心でゼンマイを回す。


 カチッと音が鳴る、巻き終わった合図だ。

 時針を確認してみるが……針は微動だにしない。


「あ、あれ、おかしいな、ちゃんっと巻いたんだけど……」


 もしかして壊れたのかと、不安が少女を襲うが、嚙み合わせが悪く、上手く巻けなかっただけかもしれないと、もう一度巻いてみる。

 しかしカチッと変わらず音が直ぐ鳴り響くだけである。針を確認してみてもビクともしない。


「も、もしかして……壊れた……?」


 もしかした、壊れたのだろうか、巻いても変わらない現実に少女は項垂れる。

 これ以上ゼンマイを巻いても悪化するだけだろう。

 壊れたのなら原因を特定して直せばいいが、少女には時計の知識は無いので直しようがない。


 少女が落ち込み始めた時には窓には大量に小鳥が、玄関外には狐や狸等様々な動物が集まり始めた。


「ねぇ、この時計の直し方……ってわかるわけないよね、うん知ってた」


 藁にも縋る様子で少女は動物に尋ねるが、勿論知るわけがない。

 この懐中時計は少女にとって大切なモノ、何が何でも直したい。

 なら山を下りて町の人に直してもらえば良いんじゃないかと、提案されるが、却下。

 少女に頼れる人はいない、友人や知り合いもいない、これはの悲しい現実ではない。

 正確にはである。


 ではなぜ。

 どこかの貴族の箱入り娘で、一般の人との交流経験がない人見知りだから? 違う。

 親子げんかによる家出、または戻ることに後ろめたさを感じて引くに引けない状況だから? 違う。

 過去に犯罪を犯した顔の知れた指名手配犯? そうだったらどれほどマシだったか。


 そうではないのだ、そういった存在じゃないのだ。


「あまりしたくないけど、試してみるしかないか……」


 ベッドから降り、懐中時計を机に置いた後、寝間着姿から着替える。

 あまり使いたくない方法だが、大切なものがただの飾りになるよりは試してみたい気持ちの方が強かった。


「今日も誰に見せるわけじゃないけど、やっぱり着飾るのはいいわね、楽しい」


 首元に薄黒いフリルが付いたトップスは、大胆にも腹部と背中を露出している。ミモリ丈の黒いスカート合わせ、薄い花柄のレースを露出した肌と服に施されている。

 灰色の長髪に合わさり、可憐な姿は見る人の眼を惹き付けるであろう。評価する人物は存在しないが。


「うまくいくかわからないけど、やってみるわ、『魔法』」


 少女はなんてことない。

 ただ『魔法』をつかえる、世界に忌み嫌われている『魔女』なだけだ。


 魔女は存在することは許されない、例え誰であろうと関係ない、魔女全員が等しく敵だ。

 魔法は世界の理に背き、破滅しか齎さないから、忌み嫌われ、排除の対象なのだ。


 だから少女はあまり魔法を扱いたくない。

 それでも普通の人間には戻れないが。


「お願い、この時計をなんとか直して、むむむ……なんとかなれ!」


 体に巡るエネルギーに意識を向け、イメージを固めて、何処かに願ってみる。

 魔法はイメージが全て、後はオドの限り。

 上手くいく保証はないことは解ってる、不可能だったら、それで仕方ないと諦めるつもりでもある。

 だが唯一、人間らしさの一つである「時間」を手放すことは彼女にとっては余り無視できるものではなかった。

 可能性があるのなら、直したい、だめなら諦める。

 そこだけでも人間のままでありたかった。


 念じること数秒。手元の空間が怪しく歪む。

 想像にない現象が起きたことにより、危機を感じた少女は意識を振り切って止めようとした、だが歪みは止まることなく、手元の歪みは少しずつ大きくなる。


 軈て当たりが歪み鈍く光り始める、激しく風がはためき、部屋の中のあらゆるものが飛び交うほどに強くなってくる。


「ちょっ__ナニ!? 何が起きてるの!?」


 状況の把握が出来ないまま。

 大切な懐中時計を取り寄せ、部屋の外に避難する。

 事前に危機を察知したのか、殆どの動物はもういない。


 やがて風は止まり、歪みや光が一点に収束したかと思えば。

 一瞬の煌めきの後、轟音と光が爆発し溢れだす。


 衝撃に耐えれず転倒した少女は直ぐに立ち上がり、手元の懐中時計の無事を確認した後、爆発が巻き起こった場所を凝視する。

 そこにはあってほしくなかった存在が誕生していた。


「うそ……でしょ」


 幾つもの種子が結合したような歪な、頭部と思わしき部位。

 折れ曲がったように頭部から爛れる体のような何か。

 体からは筋肉をむき出しにした腕のような何かが生えたていた。

 その姿はまるで、萎れた花のような姿をしていた。


「☼︎🕆︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☼︎☟︎⚐︎」


 魔物が現れた、禍々しいそれは何かを叫んでいる。

 聞いたことのない言葉のようなナニか。

 耳にするだけで体から熱が抜けていくような感覚に陥る。


「☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☼︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎」

「なによ……これ」


 聞いたことがある。魔物は魔法の行使による歪みから生まれると。

 その歪みは大きな魔法であればあるほど、歪みを大きくすると。

 そして見たことがある、魔物は凶悪であり、



 沢山の人を殺すということを。



「☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☟︎⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎☟︎」

「……ッ! まずい___」


 目の前の光景に茫然自失としていると、魔物が動き始めた。

 どこへ? 知らない。

 何をするか? ワカラナイ。


 だがこのまま見過ごすことはできない。

 こいつがいるせいでどれほどの被害がでるか、何人の命を奪うか。

 想像もしたくない、あの凄惨な光景を思い出してしまう。


「ッ勝手に動くなぁ!」


 魔法を扱う者が迫害される所以の一つである存在が露呈してしまった今、自身のことなど考えていられない。

 二体目がでる最悪な状況が起こらないように、今自分にできる最善の選択をとる。

 好きなように行動が出来ないよう、ドームのように空間を覆い、行動範囲を限定する魔法を願ってみる。


「⚐︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☟︎⚐︎☟︎⚐︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎」


 なにかされたことを感じ取ったのか、魔物は腕のようなそれを少女に向けた途端、あの爆発の威力よりも数段強い突風が襲ってくる。


「ッう……」


 完璧に身構えていたが、体こと浮き上がり吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられる。

 呼吸が出来ない、意識が遠のいていく。

 暗くなる視界の中、微かに見えた光景は、魔物が森の奥深くへとゆっくりと消えて行く姿だった。






「……っあ……? ッは!」


 気絶から目を覚ました少女は、先ほどの光景を思い出し、あたりを確認する。

 魔物は去ったようで、動物たちがこちらを覗いているだけだった。


「あいつは!? 今何時!? このままじゃ……」


 相手は魔物、自分の掛けた魔法が効くかもわからない、奇跡的に効いていたとしても、解除されるかもしれないし、掛けた魔法の効果のほども知らない。

 常に最悪の光景が頭を過る。

 気が動転している、落ち着くようにと動物に諭されるが、そんな自分のことなど構ってられない。


「っでも早くしないと!」


 焦る少女に、一匹の鳥が告げた。

 魔物は今も尚森の中を彷徨っている、森の外には出ていないからおちついてくれ、と。


 それを聞いて少女は少し安堵する、だがそれで終わりではない。

 森を出ていないのは儲けもの、ならば今のうちに打てる手をすべて打たなければ。


「案内して、あいつを……斃さなきゃ」


 これは私の責任だから。

 少女は魔物を斃すための準備をし、かくして魔物討伐のために動きだした。






 そして数日後の今に至る。


「森は出てないってみんなから話は聞いてるのに何処にも見当たらない、どこに隠れてるっていうのよ……!」


 何日目かわからない、初めのころは見つけることができていたが、今は姿すら見当たらない。

 森の動物や生物から情報を集めて追いかけているのに、姿どころか、片鱗すら見つからない、森から出たかと思えば、そんなこともないようで意味が分からない。

 その時。


「……え、ほんと!? 案内して!」


 たった今、空から姿が見えたとの情報が鳥より齎された。

 もう見失わないと案内される方向に少女は駆け出す。


「この嫌な感覚……近い」


 追っているうちにわかってきた、本能が理解しているのか、魔物は独特の嫌な瘴気じみた何かを発しているのだ、あまり当たりたくないものだ。


 焦る気持ちを抑えて安全に、素早く進む。対決直前に怪我なんて目も当てられないヘマはしない。

 万全の状態でも勝てない確率が高い、少しでも削って、情報を持ち帰り早く倒さなければ、偶然かかった魔法もどれだけ持つかわからない以上、何時までも安心することは出来ない。


「あ! 見つけた!」

「☜︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎💣︎☜︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎☼︎🕆︎」


 とうとう姿を捉え、接近するためさらにスピードを上げてる。

 相手も気づいたようで、少しスピードを上げる。

 遊んでいるのか、こちらが少し離される程度の、追いつけない、だが見失わないスピードに抑えている、弄ばれている。


「ったしかこの先は開けた場所のはず、そこでやろうってわけ」


 相手は油断も慢心もしているのだろう、だがそれでも少女が勝てる未来が想像できない。だからといって引くことはない。

 覚悟を決めて魔物が飛び出した広場の先へともに飛び出す。


「やってやるわよ! こんの……お」


 視界の開けた広場に飛び出すと、視界の開けた、丘へとたどり着いた。

 そこには魔物……と、その近くに真っ白な装束に身を包んだ白髪の青年が立っていた、あ、目が合った。


「あ、あれって……」


 青年の足元には様々な形の葉で作られた家や道がいくつも乱雑に配置されている、川と思しき小さな凹みには水が流れ、網漁をしているのだろうか、船が浮かべてあった。

 彼の足元にはなんと模型で文明が築かれていた。いやそんなことはどうでもいい。


 彼の首にはアクセサリーがある。

 あれは女神様の敬虔な信徒であり、奇跡が扱えることを示すモノ。

 奇跡が使えるということは神聖騎士クルエルダーだということ。

 神聖騎士とは魔物、魔獣と『魔女』を討伐する存在だということを。


「あ……あたし、終わったかも」


 人生の終わりを告げる鐘の音を幻聴で聞き取った。

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