第33話 春雷

「どういうことだよ。なんでベルの中に知らねぇ奴のオーラがあるんだよ」

「このお方はこの国の元首。高城麗子総理閣下です。頭を垂れなさい」

「てめぇに垂れる頭はねぇよ。寄生虫に笛吹野郎が」

 アリスは戦意を喪失するどころか、より一層強くなった。



「クイン。まだ体力はあるか」

「たとえ体力がなくとも、来世の自分の命を使い果たしてでもあなたを支えさせていただきます」

「よろしい。それでこそ愛しい我が子だ。アイーダの仇、共に取ろう」

「はっ。必ずやアイーダの仇を取るとあなたに誓います」


「気持ち悪いな。教祖と狂信者が」

「アンチフェミニスト神拳。烈火散弾」

 高城は自分の技を試す感覚でベルの技を模倣した。烈火散弾はアリスの知っているものと比べて一つ一つが大きい。

(記憶する限りじゃ、普段のあいつの使う烈火散弾より十倍大きい)

「神拳F。水面八岐大蛇」

 パワーアップした八首の蛇を象った水龍を巨大烈火散弾に差し向ける。水面八岐大蛇は烈火散弾を消火するが、大量の蒸気を発生させてしまう。



 仲間と高城の姿を見失ったアリスは、辺り一帯のオーラを探る。

(いない。まさか逃げた?)

「私が敵前逃亡するなどと馬鹿なことを考えると思うか」

 高城は水蒸気に紛れて、アリスの視界の下から現れた。

「アンチフェミニスト神拳。烈火業拳」

 高城の拳は噴火直前のように赤く、熱くなっていた。

 目に見えるだけで彼女は理解できた。これは超巨大なエネルギーだと。

 エビぞりになって躱した後、更に身体を逸らせて地面に手を付ける。

 空中に残った足で彼女の顔面目掛けて蹴りを放った。



「甘いなアリス」

 高城はそれに即座に反応し、躱す。

 身を翻して足を戻した彼女は足技を三連続で繰り出す。


「私はそこらの雑兵とは違う。節約して勝てる相手じゃないぞ」

 高城はアリスがファイナリーを維持することのできる時間が少ないことに気付いているのだろう。


(力はまだある。血鯱遊泳一撃分。だがこれを使う択はない)

「ベル。こんな寄生虫野郎に身体を渡すんじゃねぇ」

「呼びかけても無駄だ。奴の心は完全にない」

「なに?」

「当たり前だ。私のボディジャックは対象者の心を喪失させる。ベル・ウララの心はもう死んだのだ」


「しょうもない嘘をつくなよ馬鹿総理。私にはベルのオーラが見える。ベルはお前の奥底で眠っているのよ」

 とアリスは高城に反論する。


「青いな。理想は必ず実現されると強く思い込んでいるようだ」

「難しい話じゃないでしょ。寄生虫のあんたをベルの中から追い出せばいいんだから」

「そうか。そういう話ならなんとしてでもベルを取り戻さなきゃね」

 ステラは高城の真上に向かって、重力加速度を利用した踵落としを放つ。

「良い重さだ」

 と高城は踵落としを受け止めながら笑う。



「クソ。そう簡単には行かないか」

「高城流飛雷」

 高城は亜音速で動き、ステラの後ろを取る。

「この重さであんなに動けるなんておかしい」

「お前達の理屈を超えるのが元首だ」

 後ろを取った後、高城はベアバッグを仕掛ける。

 ステラの骨はぎしぎしと軋む。


「あがああああ」

「お前達が力を合わせても私の足下にも届かんのだ。諦めることだな」

「おい、ベル。仲間がピンチだぞ。てめぇは仲間を見捨てて、革命も諦めて、眠りこけるっていうのかよ。そんなの……外道の道理だぞ。ベル」

「吠えてもなにも変わらぬ事実を知れ」

 高城がステラの全身の骨を砕くため、力を強めようとする。しかし、それと正反対に身体の力が弱くなっていく。


「ばっ、馬鹿な。ベル、貴様。まさか私に逆らう気か? 逆らったらどうなるか分かっているだろ。ベル」

 ベルを脅迫するが、それと正反対の動きをする。ステラを解放し、彼女から距離を取っていくのだ。



「ベル。戻って来たか」

「アリス……なぜ君が私の前に立つ? 革命を諦めた私の前になぜ君が立ちはだかる」

「あんたを愛してるから」

「アリス……」

 ベルはアリスの言葉を聞いて静かに涙を流した。

「あの寄生虫を追い出せベル。そして私の下に戻って来い」

 ベルは首を横に振り、

「高城の弱点は私だ。私を殺せばこの国を正すことができる。お前にやられるなら本望だ」

 とアリスに自分を殺すように請願する。



「聞かねぇよ。そんな願い」

「アリス。私一人の犠牲でどれだけの人間を救えるか考えるんだ。早く決断しろ」

「私は決断した。あんたも皆も助けるって」

「馬鹿な」

「国のトップになる人間がこのくらいの我を突き通せなくてどうするっていうんだ。そうでしょう。ベル」

「アリス……」

 ベルは自分の顔を覆い隠すくらい、大粒の涙を流す。



「ベル。三年前のことを思い出せ。私も含めて皆馬鹿野郎だった。フェミニズムっていう熱に浮かされて人一人の命を簡単に奪っちまったんだ。お前の革命の原点だ。お前が高城を追い出せば終わるんだよ」


「君は僕に生きろと言ったじゃないか。私と共に戦ってくれって言ってくれたじゃないか。それなら僕達に頼れよ。僕達なら高城が他の奴に寄生しようと倒せるよ。だから……死ぬなんて言わないで、戦おうよ」


 アリスとステラの言葉に心を突き動かされたベルは、思い切り自分の顔面を殴った。

「なっ、なにを考えている? 気でも狂ったか」

「国民を殺し、国民の人権を侵害するのは外道の道理。私は、いや私達はその道理を許さん」

「仲間を守れなくなるぞ。いいのか?」

「お前の脅しには屈しない」

「愚かな……」

「出ていけ高城」

 お互いに自分同士で殴り合い、全ての痛みが自分に返ってくるが彼女の気が萎えることはなかった。


「出ていけ。出ていけ」

「この馬鹿は自分で自分を殺しかねん」

 ベルの自殺を恐れた高城は、その場にいたクインの身体に乗り移った。


「はぁ……はぁ……出ていったか」

「よし。やったわね、ベル」

「まだ終わっていない。奴はクインに乗り移ってしまった」

 ベル達は高城が出ていったことを一瞬喜んだ後、クインの方を向く。



「はぁ……はぁ……クインよ。貴様の身体、腹が立つ程弱いな。これでは今までの半分も出せん」

 高城は自分のオーラに耐える器ではないクインに腹を立てているようだ。



「今のあいつなら勝てる」

「でも僕達のオーラも残りわずかだ」

「三人の力を合わせて一撃必殺で倒す」

 ベルの言葉にアリスとステラは頷く。



「私は国家元首。この国のトップとして貴様らになんぞ断じて負けん」

 高城はクインの許容量以上のオーラを身体から迸らせた。彼女の身体はその負荷に耐え切れず、体中の皮膚がボロボロと剥がれていく。


「まずは私から。神拳F。血鯱遊泳」

 アリスは赤色の鯱の水流を放つ。鯱の顎は高城を捕まえた。

「赤色の水などコケ脅しだ」

 高城は血鯱を吹き飛ばそうとするがアリスは血鯱にオーラを送り、形状を維持する。

「次は僕の番だ。神拳G。宇宙星皇帝(スペースステラ・カイザー)」

 球形の重力場を高城に向けて放つ。重力場の重力倍数はおおよそ一万倍。ステラが放てる最大出力だ。


「こんなものぉぉ。貴様らの内、誰かにボディ・ジャックすれば勝ちだ」

「仕留める。春雷モード発動」

 ベルは春雷モードを発動させる。

「飛雷」

 を発動させ亜音速に加速する。

 亜音速で近づいたまま、ベルは最後の技を発動させる。

「春雷」

 彼女の掌には炎と雷が融合した高密度なオーラが練り込まれている。

 それが高城の腹にぶつかった瞬間、一条の光が宇宙まで伸びた。

 光に導かれるように高城は宇宙まで吹き飛んでいく。

「こっ、こんな力どこで……」

「平和を望む民衆の怒りだ。宇宙で貴様の愚行を悔いろ」

 とベルは宇宙に吹き飛ばされた高城に向けて呟いた。

 

 ベルも全ての力を使い切り、その場に倒れこみそうになるほどの疲労感に襲われる。その次の瞬間、死が確実に近づいているような危険な胸痛を覚える。

「うっ!」

 胸痛が和らいだ後、激しい飢餓感に襲われた。

「どうしたのベル?」

「私を殺せっ! もう私は人食いの獣に成り下がったんだ」

「ベル。あんた、なに急に話してるのよ」

「あいつが身体を入れ替えようとしていたのはオスカーニウムを接種した人間が全員、食人衝動を抱いてしまうからなんだ」

「そんな……」

「アリス。私は春雷を見た。もう満足だよ」

「それでもう死んでもいいってか。ベル」

 アリスはベルをじっと睨みつけた。

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