第30話 独裁の代償
クソオスクリーニング作戦直後。
反乱分子、クソオスを浄化するクソオスクリーニング作戦の成功により、高城政権は隆盛を極めていた。
その隆盛に応じるように彼女の権力は高まり、とうとう独裁をするに至った。
「総理の権力は絶頂でございます。国内統一し、世界のリーダーになる日も遠くありません」
秘書が高城を持ち上げる。
「世界のリーダーか。今は考えている余裕はないな」
「クソオスクリーニング作戦により、テロリズムと男性の攻撃性に怯える女性からの支持率を独占することには成功しましたがそれによって起きた問題はまだ解決できていません」
と秘書が言った。
その後、続けて問題を三つあげた。
第一の問題。男性がまかなっている労働力の問題である。クソオスクリーニング作戦により男性が激減した。彼らが担っていたエッセンシャルワーカーの不足が深刻化した。それに付随して発生した問題は生き残った男性労働者の労働量が五倍から最大十倍程度に増加したことである。この労働量の増加は今後増していくことが予想されている。また、女性もこの労働に参加しなければならないが彼女達はそれを嫌うため、政府側がこれを解決しなければならない。
第二の問題はクソオスクリーニング作戦自体である。クソオスクリーニング作戦は端的に言えば大量虐殺であり、それは倫理的にどうかということである。テロリズムによる不安は確かにあり、男性に対して敵意を抱いていたことは事実である。しかし同じ人間をこのように一方的に殺してしまうのはどうかと抗議するフェミニスト達が現れたのだ。つまりジェンダーを持つフェミニスト同士で小競り合いをするようになったのである。
問題の第三は出生率予測である。 問題の第三は出生率予想である。男性の90%が死滅し、特殊出生率が0.0268となったのだ。
人口回復の方法には移民を受け入れることや、自然交配以外の、生殖技術を用いた交配による人口増加プランなど様々あるが、それを実現するには課題が多い。
「課題は実質二つだな。その中で特に優先されるのは出生率の問題だな」
「はい。これの解決策には移民受け入れや生殖技術を利用していくという事の二つがあげられますね」
「移民を多く受け入れるというのは最後の手段にしたい」
「移民を受け入れる社会構造になっていないですしね」
と秘書は頷く。
「自然に増やすにしても奴らは男とセッ〇スすらしないだろう」
「自然交配以外の方法しか……」
秘書の表情は曇る。
「その件もそうだが……チルドレンのプロジェクトは進んでいるのか?」
「いえ。一切進んでおりません。健全な人間のクローンを作ることは非常に難しく、出来たとしてもオスカーニウムを注射した瞬間に死んでしまうとのことです」
それを聞いた高城は頷き、
「プロジェクトは廃止しろ。後研究チームは処理しておけよ」
「承知いたしました」
「この国の問題より……解決すべきことがある、だな」
高城は寒気と震えを抑えながら返す。
「総理。いつから食事を取られていないのですか?」
「四日だ。柔らかくて若くて、臭みのない女だ。早くしろ」
と高城は秘書をまくし立てる。
秘書は慌てて電話して、肉を注文した。
高城のそれはただの低血糖ではなかった。食人衝動を抑え続けた過酷な断食から来る低血糖で、従来のものよりかなり強い。震え、寒気は身は凍えるような心地であった。
異常な食人衝動の要因は彼女が注射しているオスカーニウムにあった。
オスカーニウムは元々強壮剤であったが、強壮剤を摂取する過程で生まれた食人人間がジェンダーと似ている特殊能力を発揮するようになった。食人人間が人間を捕食する理由は脳の情緒抑制が過度な興奮により破壊されたことにあると言われている。そこからジェンダーの研究が進み、ジェンダーは攻撃的、あるいはコンプレックスを抱えている人間が取得しやすいということに気付く。高城は食人人間のDNAを集めてオスカーニウムを作り上げた。
「肉はどうなっている?」
「どんなに早くても一時間はかかるとのことです」
「お前もこの部屋を出ろ。そしてこの店にいる人間全てを遠くに避難させろ」
「もうそこまで来ておられるのですか」
「そうだ。肉を探した後、ベル・ウララの場所を特定しておけ」
と高城はまくし立てるように命令した。
「分かりました。総理」
そう言って秘書はその場を離れた。
「この私がなんとふがいないことか……身体を……身体をぉぉぉ」
人がいなくなった瞬間、彼女は吠えたのであった。
アンチフェミー。アナグラ。
ベルは私室で一人、革命を成し遂げる方法を考えていた。
(革命を成し遂げるには……フェミ二ズム時代を終わらせるにはどうすれば……高城を倒す、か。アイーダとクインを倒して、あるいは避けて?)
「皆を守るのにはこれしかないんだ。悔いはない」
ベルは自分が死ぬことを前提にした最後の決戦に赴こうと決意を固めていた。
その時アイーダとクインの二人がアナグラの地上から侵攻し、ベルの私室へとやってくる。
「兵が一人もいないのつまんなかったし」
アイーダは簡単に侵入できたことに不満を持っているようだった。
「はじめまして。私はクインです。レディー・オスカーの隊長です」
「レディー・オスカーは今私達しかいないし」
「余計なことは言わない」
とクインはアイーダを窘める。
「本題に入るんだな。私はお前達の掛け合い漫才を見に来たわけじゃない」
と冷静に返す。
「ベル様。私達と共に来ていただけませんか?」
「私を晒し者にして処刑するつもりか」
「滅相もございません。あなたの想像するようなことはございませんので」
「ようするに目的はお前自身……」
「アイーダ。あなたは黙ってなさい」
クインはアイーダを睨みつける。
「ともかく……あなたの想像していることとは全く違います。ご同行願えますか」
クインは頭を地面につけて同行を乞う。
「クイン。必死過ぎだし」
「下らない企みをしているということか」
ベルは彼女達の企んでいることの実際は分からなかったが、ろくでもないことを企んでいるのは予想できた。
「ベル様。あなたが同行を拒否するというのなら」
「私を殺すか。ならば命がけで抵抗してくれる」
「いいえ。あなた以外の大切な人を全て殺します」
クインは姿勢を変えず、低い声で言う。
「なにを考えているか分からんが、高城と話をさせろ。これが条件だ」
とベルは言う。
「はい。もちろんです」
とクインはベルの言葉に喜んだ。
彼女はアイーダとクインの二人に連れて行かれたのだった。
総理官邸。
「ご苦労だな。ベル・ウララ」
「お前に上から目線の労いの言葉をかけられるいわれはない」
「失敬」
「で、話というのは?」
「私にその身体をくれ」
「貴様などにくれてやるものか」
「それならアンチフェミーの面々は皆殺しにしよう。わざわざ守るためにここまで来たというのに残念だったな」
「私が死ねばお前は詰むぞ。私をわざわざ選ぶということは、条件があるのだろう?」
「ふむ。困ったな。手詰まりになってしまった」
と高城は首を捻りながら唸る。
(あいつが私の身体を欲する理由はおそらくオスカーニウムの耐性の有無が関係しているだろう。私の知る限り、オスカーニウムに耐性のある人間は私だけだからな。それを利用して出来る限り時間を稼ぐか)
「もしお前が私の条件を飲むというなら身体をくれてやる」
「本当か」
と高城は機嫌を良くする。
「ああ」
「だが時間を稼ぐなどとは考えるなよ。そうすればすぐに皆殺しにしてくれる」
と高城はベルの考えを看破する。
「ぐっ」
「ベルよ。まだ革命に未練はあるか」
「首でもくれるのか?」
高城は頷く。
「貴様に感謝の意を示すためにこの私に挑む権利をやろう」
「なんだと? 情けを掛けているつもりか?」
「未練を断つためにだ。私とお前との間にある力の差を知れ」
その瞬間、ベルは確かにオーラに質量を感じた。砂上の楼閣が実体となり、自分の身体を潰そうとしているのに似ていると。
「私は強い。さぁどうする、ベル?」
「お前を倒してこの国を取り戻すだけだ」
ベルはやけくそになり、春雷モードを発動させる。全身全霊のストレートを高城に叩き込むが、彼女はびくりともしない。
「弱い」
「そんな馬鹿な」
「それに加えてそのモードはオスカーニウムの作用を急激に進めるようだな」
高城はベルの両腕と両足の骨を一瞬で叩き折る。
それに気付いたベルは天井に背を向けて崩れ落ちた。
(私の春雷モードも軽々とあしらわれるとは……エルルが健在ならまだしも私とアリス、ステラ、カルメンの四人だけで挑める敵ではないな)
「身体はくれてやる。だが、あいつらに手は出すな」
「賢い選択だ」
「私の弱さを馬鹿にしてるのかっ!」
ベルは高城に向けて犬歯をむき出しにして吠えた。
「青臭い思想を御せると感動している。それを御せずに死んだ奴がいるからな」
「誰だ。誰のことを言っている?」
「君が守れなかった奴の一人さ」
「まさか……」
ベルはプリンセスが誰に殺されたか今気付いた。あの変死は高城のオーラによって怒ったものなのだと。
「さて、ベル。身体をくれ」
高城の身体から眩い輝きが放たれる。
それと同時にベルの意識がなくなった。
総理官邸地下。
耐薬、耐火性床に何十台もの計器、モニタが備え付けられている。広さは二十畳程だ。扉の生体認証をやり直した高城は研究室の中に入った。
「第百代目総理大臣高城麗子。ネオ日本の危機を止めるため、Rayperを起動する」
「命令承りました。Rayper起動命令認証いたしました」
AIの無機質な声が響いた。
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