第29話 クソオスクリーニング作戦

 ベルは薄暗い沼地にいた。沼地を囲うのは鬱蒼と生い茂った草木とそこで生きる動物達、無機物的な泥人形である。動物達はベルを傍観し、泥人形は緩慢な動きでベルに近づいてくる。

「近い。人から獣になる日は」

 と。



 


「報告は以上です」

 とリーは今までの話を報告した。

「ああ。そうか」

 とベルは生返事をする。目を覚ます直前に見たあの夢が妙に不安を掻き立てたのだった。




「ベル様。体調が優れないようですが、話し合いの日は後日に致しますか?」

「気遣いは無用だ。それより、オーブリー。エルルの件は非常に残念だった」

「うん。心配してくれてありがとう。ベル」

「エルルのオーラと融合したというが、体調はどうだ?」

「代償は大きいみたいだね。ジェンダーが完全に使えなくなった」

「今までのように戦うのは無理ということだな」

 頭はぼんやりしていたが、冷静に戦力を勘定していた。




 ベルはこの場にいるオーブリー以外の人間を見た。以前から参加しているアリス、ステラ、リーの他にフトゥーロボーイズのリーダーのカルメンがいた。


「カルメン。フトゥーロボーイズがどうなったか分かるか?」

「残りの隊員とは全然コンタクトが取れないわ。でも、壊滅的でしょうね」

「他のアンチフェミニスト組織に心当たりはあるか?」

 カルメンはその問いに対して首を横に振る。



「レディー・オスカーに対抗する戦力は我々だけと考えた方がいいな」

「民衆の不安を逆手に取り、男性を徹底的に貶めた。その結果有権者の、しかも女性票を独占した。その結果独裁を行い、オスクリーニング作戦。(男性掃討作戦)が行われた。フトゥーロボーイズやアンチフェミニスト組織は率先して倒されるでしょうね」

 とカルメンが言った。



「日本は民主国家だ。こんな虐殺がまかり通る道理はない」

 ベルはありえない事態に戸惑い、カルメンを問い詰めた。


「事実だもの」

 カルメンはこれ以上何も言いようが無いようで、それしか言うことがなかったようだ。


「そんな馬鹿なことが……」

「ベル様。更に悪い知らせが……」

「いい。教えてくれ」

「レディー・オスカーによってフェイ・ウィリアム氏が暗殺されました」

「フェイ・ウイリアム? 確か私達に資金提供しているっていう」



「はい。中国一の不動産会社である黄河集団の社長です」

「いつ死んだんだ?」

「我々が潰走し、地下拠点で潜んでいた時です」


「我々以外皆死んだ上に、資金提供もないということか」

「増援も見込めないので、これ以上戦力を失うことはできないです」

 とリーは冷静に言った。


 それを聞いたベルの表情は更に暗くなる。少し沈黙して考え込んだ後、

「アンチフェミーは解散だ。このまま戦い続けたら犬死にする」

 と言った。


「おいベル。ここまで来て諦める気かよ」

「そうだ。こんな状況なら諦めた方がましだからな」

 憤慨するアリスに対して、ベルは平静を装って話す。

「お前の夢なんじゃないのかよ。その程度で諦めるくらいなら夢見るんじゃねぇよ。革命なんてよぉ」



「そうだな。ごめんな」

「そう。あんたにやる気がないなら一抜けするわ」

「うむ。私に命令されてやっていたと言えば情状酌量の余地はあるだろう。皆も私のことは気にするな」

 とその場にいる全員に向けて言う。



「ねぇベル。この話の流れだとまるで僕達と敵対するみたいに言っているけどさ。一緒に来るよね?」

 ステラの言葉に対して、ベルは首を横に振る。

「なんで……いくらなんでもそんなの酷いよ。僕に夢を見させておいてそんなさ」

「すまんステラ」

「ステラ。この馬鹿のために泣くことなんてないわよ」



「あんたが諦めるなら私は好き勝手やるわ。それじゃあね」

「まぁまぁ。このままなあなあで別れるのもなんだからお別れパーティでもやろうよ。ね?」

 オーブリーは悪い流れを止めるために提案した。


「そうだな。私も皆の門出を祝いたい」

 ベルはオーブリーの提案に乗った。


「パーティ程私に相応しい催しはないわ。暴力女は抜きで私達だけで楽しみましょう。ステラ」

「うっ、うん。でもアリスもいれてあげなよ」

「私は別に」

「アリス。君が参加してくれたら私はとても嬉しいよ」

 とベルはアリスを口説くような甘い声で言う。



「別にあんたのためじゃないし。私だけハブられるのが癪って言うだけだから」

「それでいい。最後のパーティを楽しむとしようか」



 宴も酣を過ぎ、終わりを迎えた。他の面々は終わると同時に眠りに就いていた。

 ベルは疼くような胸の痛みを覚え、それを紛らわせるために夜風を浴びに外に出た。

(革命を成し遂げるには頭を直接叩くしかないな。それまで持つか……)

 ベルは考えてみるが、どうすればレディー・オスカーを掻い潜り高城に接近できるか思いつかなかった。


「なに黄昏てるのよ」

「寝つきが悪いんだ」

「私と別れるのが寂しい?」

「そうだな……折角こうして傍にいてくれるようになったのにな」

「わがまま言えばいいじゃない。私と一緒に死んでくれるかって」

 ベルは首を横に振る。


「それは酷なことだ」

「なんで?」

「私はもう長くないんだ」

「超つまんない冗談よ。それ」

「本当だ」

「ちゃんと説明して」

 とアリスはベルに仔細を言うように求める。



「オスカーニウムのせいで身体が駄目になっているんだ。特に最近、胸が酷く痛むしな」

「オスカーニウム? そんなのジェンダーが使えない男が飲むものじゃないの」 

「オスカーニウムはジェンダー適性のない人間のジェンダーを強引に引き出す薬だ。更生施設にいたときに実験ラットに噛まれてしまったんだ」

「そんな馬鹿な。あんたは最初からこうなることが分かっていたわけ?」

「龍が死に際に教えてくれたんだ。まぁ、あのラットはあいつが持ち出したものなんだが」



「虎原の野郎……許せねぇ」

「よせよ。もう彼は死んでいるんだから」

 怒り狂うアリスをベルは宥めた。


「それが理由か」

「私のことは忘れて欲しい……いや、本音を言えば私の代わりに国を変えて欲しいと思っている」

「いい加減にしろ。この革命馬鹿が。私に国のトップにでもなれっていうの」

 ベルはアリスの言葉に頷いた。

「ベル……そんなのは自分でやれ」

「そうだな」

「ベル。身体に障る。早く寝ろ」

 アリスはこの話題に触れたくないのか、無理やり話を終わらせた。



 時は遡る。



「ネオ日本は中国をリードする黄河集団の社長ウィリアム・フェイを暗殺した。それを国家ぐるみで隠蔽している」

 大手海外メディアのブルームポストが報じた。

 

 それが波紋となり、高城麗子率いるネオ日本は激しい批難に晒されることになる。

 高城側も言われっぱなしというわけにはいかず、

「我々ネオ日本は民主国家であり、所有している組織も自衛組織です。自衛組織が中国の要人を暗殺するなどありえません。また現代は、ネットの発達により情報統制がほぼほぼ不可能な時代となっております。よって国家ぐるみで隠蔽しているということも誤解であります」

 と抗議したのだった。




 更に国内からの批判も強まる。

 その理由はレディー・オスカーの隊員であるアイーダがフェミニスト警察を大量虐殺したという噂がたっているからだ。


 関係各所の官僚が各々の日程で釈明会見をしていく中、とうとう高城の出番が回ってきた。

「皆様。本日はご足労をおかけしました。本日はジェンダーを持つフェミニストが力を悪用してテロリストの鎮圧をしようとした警察官を攻撃したという件についてお話させていただきます。これは率直に言うと誤解です。フェミニストが攻撃したのではなく、アンチフェミーやアンチフェミーに類するアンチフェミニストのテロ組織の攻撃によってというのが正確な要因です。警察の方々も、フェミニストの皆さんもこのネオ日本を守るために命がけで戦ってくれました。皆様、どうか誤解なさらないようにお願いいたします。また冥福をお祈りすると共に、私達にできることをさせていただきたいと思います。どうかこれからも応援よろしくお願いします」

 と高城は聴衆に対して頭を下げた。




 釈明会見を聞いていた記者の一人が高城を咎めるように、

「高城総理にできることとは具体的にどのようなことかと考えますか?」

 と問う。


 それを聞いた高城の口角が上がった。しかしすぐにそれを直す。

「テロの要因はアンチフェミニストの大半が男性で、男性と女性とで比較すると男性側には何倍も攻撃性があるということは、データにも明らかになっております。よってテロを沈静化するためにはテロリストの撃滅と、クソオスを浄化することだと考えます。そのためただちにクソオスクリーニング作戦を開始したいと思います」


 高城最大の施策。フェミニズム時代を象徴する大規模作戦であった。クソオスクリーニング作戦は成功し、日本人男性の九割が死滅した。それを実行する武力を持つことを背景に、高城はネオ日本の政治を手中に収めることに成功したのだった。

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