第28話 神拳LB

「馬鹿女死ねし」

 アイーダは白い怪物に命令して殺させようとする。怪物は命令に従い、巨腕を振るおうとする。


 だがそれが振るわれることはなかった。コンクリートを突き抜けて伸びてきたツタが怪物の肩に絡みつき動きを抑制したのだった。


「おい。そんなものぶち破れ」

 アイーダは慌てて指示を出す。

 怪物はツタを無理やりぶち破り、攻撃しようとする。

 だが、その次の瞬間には怪物は這いつくばっていた。


「レディー・オスカーに逆らう馬鹿は誰だし。出てこい」

 とアイーダは吠える。


「あんた達……なんでここに?」

「そんなことより敵はこいつだけかい?」

「ええ……」

「それとエルルは?」

「姉さんは多分……」

 オーブリは彼女からもらった剣が小さくなるのを見て、その後の成り行きを察していたようだった。


「私達でこいつをどうにかしなきゃ駄目みたいだね。」

「アリスは休んでて。後、ステラはサポートに回って」

「分かった」

「オーブリー。こいつはそんな簡単な敵じゃない」

 アリスの助言に感謝したオーブリーは微笑み、アイーダの方を見据えた。


「何人に増えようが私には勝てないし」

「今のままならね」

 そう言った後、オーブリーはステラと目を合わせた。

 二人共セカンダリーを発動させる。オーブリーは白衣を纏い、樫の木で作られた杖を手に持つ。ステラは黄色のドレスと先端にハートが象られた指揮棒を持った。 



「じゃあ僕から行こうかな。神拳G。星の執行者(ステラ・ジャッジメント)」

 衛星が複数生成され、アイーダと怪物の頭上に移動する。衛星は星の支配者より強力な重力場を放つ。



「おい。動けるよな」

 アイーダは怪物に問いかける。それは問いかけに答えるように、動いて見せた。

「僕のセカンダリーが全く効かないなんて。こいつらどんな力してるんだよ」

「アイーダもクインやイブと同じレディー・オスカーさ。姉さんクラスでようやくっていうレベルなんだから通じなくても当然だと思うよ」

 とオーブリーはこの事実を冷静に認識していた。


「いや。それじゃただ負けておしまいじゃん」

「でも僕には秘策がある」

 とオーブリーはエルルから貰った剣を見つめながら言う。

「この剣にとんでもない力があるとか……」

「姉さんが託したものだ。弱いわけがない」

「でもオーラはドンドン小さくなってる。完全に無くなる前に使わないと」

「うん。分かってるよ」

 オーブリーは剣を自分の胸に突き刺した。


「えっ? どういうこと?」

 オーブリーの行為にステラは戸惑っていた。

「姉さんは私に更に強くなるように剣という形で託したんだ」

「それで僕はどうすればいい?」

「そのままで。僕と姉さんのオーラが溶け合うまで時間を稼いでいて欲しい」

 ステラはこくりと頷いた。


 指揮棒を振るい、重力場の幅を狭くすることで力を強くした。それでも、怪物の動きが止まることはない。


「涼しい顔しやがって」

「あんたとは格が違うし。超A級フェミニストの中でも最弱のお前じゃ私に勝てないし」

 アイーダの言葉に対して至極もっともだよと弱音を漏らす。

「アリスはベルのために根性見せてたし、僕もここで踏ん張るくらいのことしないと駄目だよね」

「お前がいくら頑張ったところで無駄だし」

「僕の愛は星も支配する。お前の操る怪物ごときに負けるもんか」

「星の皇帝(ステラ・カイザー)」

「ぐっ。おい。動けるか?」

 怪物は聞いたことのないような声をあげながら動いている。一挙動に対して過剰な負荷が掛かり、苦しんでいる様子だ。

「ちぃっ。もういいし」

 アイーダが指を鳴らすと怪物は塵となる。塵はアイーダに纏わりつき、アイーダの全身を包む外骨格が作られていく。


「嘘。さっきと桁違いにオーラが増してる?」

「ちなみに私はこれにセカンダリーも残してるし」

 ステラは重力場で負荷を掛ける相手をアイーダ一人に絞り、範囲を狭めて最大出力で対応する。

 

 アイーダはそれに対して涼しい顔をしているだけだった。

 ステラはオーブリーの方を見た。

「ぐっ。まっ、まだだよ。ステラ」

 オーブリーはオーラの適合に苦戦しているようだ。


「僕がまだ踏ん張らなきゃいけないようだね」

 ステラの重力による縛めなど気にしていない風で、アイーダはステラの懐に忍び寄る。



「くそっ。なんて速さだ」

「死ねし」

 アイーダの神速の拳が胴に当たる。

 その直前にステラは重力の方向と、重力負荷を操ることでダメージを最小限にした。無重力状態になったステラは、アイーダの後ろを取る。衛星を破壊し、オーラを還元した

 掌に重力場を一極集中して、アイーダの肩を掴む。

「ぐがっ」

「このまま外骨格も破壊してやるよ。アイーダ」

「成程ね。重力場の超一極集中。さっきと比べて十倍以上の負荷がかかってるのは間違いないし」

「それなのに随分おしゃべりするんだね」

「余裕だからだし」

「えっ」

 ステラが驚いた瞬間、アイーダは彼女を掴んでぶん投げる。

 ステラは重力の方向を切り替え、姿勢を整えて着地する。

「やっぱお前、大した事ないし」

「まだまだだよ」 

「それなら正面から行って分からせるし」

 アイーダの姿が消えた。ステラが姿を探している瞬間、彼女は真後ろに現れて思い切り頭を殴る。

 ステラは即座にパンチと逆方向の重力場を発射し、拳の威力を弱めた。

「何発でも殴ってやるし」

 亜光速の連撃を叩き込もうとするアイーダ。

 それに対してステラは重力の方向を変えて、安定感を奪った。

 重力方向が真横になったアイーダは不安定な姿勢になった。それによって更に拳の威力が殺されるのだった。


「舐めんなし」

 アイーダはオーラを噴出し、強引に姿勢を正した。

「そんな馬鹿な」

 姿勢を維持しつつ、背中を押すようにオーラを噴出させる。高速で体当たりして、ステラの重力圏内から脱出しようと試みる。

 ステラは自分自身を重くしてそれを阻止しようとするが、その結果アイーダに掛けていた負荷を緩めることになった。


 脱出されたため、もう一度重力圏を作ろうとするがアイーダの息もつかせぬ猛ラッシュによってそれは阻まれてしまう。

 ステラは防御にオーラを回すが、すぐに限界が来た。セカンダリーの維持が不可能になり、裸同然でラッシュを受けてしまう。

 当然、攻撃を止めることは叶わず、ダウンしてしまうのだった。

「もう限界だよ。オーブリー」

「お前の時間稼ぎも失敗に終わったし。お前らぶっ殺して全滅だし」

「まだ?」

 ステラはオーブリーの方を窺う。

 その問いに答えるようににやりと笑う。


「そうか」

「なに話してるか知らないけど死ねし」

「本当にやばいよ。これ」

 ステラは自らの無事と皆の無事を祈るように目を瞑る。


「LB神拳。ブラストシード」

 一粒の種が高速で射出される。

 アイーダにはそれがスローモーションに見えた。最小限の動きで簡単に躱す。

 オーブリーの渾身の攻撃は失敗に終わったかに思えた。

「もう駄目か」

「ざまぁ……えっ、はぁ?」

 アイーダは当惑し、黙り込んだ。その理由は単純で、自分の体から木の苗が生えてきたからである。



「オーブリー。てめぇ、なにをしやがったぁ?」

「なにしたと思うし?」

 オーブリーはアイーダの口調を真似しながらふざけるように言った。


「すぐに解除しろ」

「なんで私が君の言うこと聞かなきゃいけないの?」

「はぁ? 私はレディー・オスカーだぞ。お前らフェミニストの上官だし」

「私達は裏切ったわけで言う事を聞く義理もないよ」

「これを解除するなら今までのこと帳消しにしてやるし」

「いくら言葉で言われてもって感じだよ。私がこれをやめたら殺されちゃうかもしれないし」




「いや。嘘じゃないし」

「じゃあ私達を見逃してよ。姉さんも含めてさ。レディー・オスカーなら出来るだろ」

「クインに連絡すればいいし?」

「うん」

 とオーブリーは交渉した。エルルの生死を確かめなければ気が済まなかった。


 アイーダが連絡を取ろうとした時、クインから通話が入った。



「アイーダ。イブは死んだがエルルも死んだ。ベル・ウララ以外全員始末して彼女と共に帰還してください。私は体力の消耗が激しいため先に撤退します」

「ごっ、ご苦労だし」

 アイーダの顔は思い切り引き攣っていた。

「えっ、エルルは死んだ、し」


「やっぱりか」

「私はなにもしてないし」

「お前らがしゃしゃってきたから姉さんが死ぬ羽目になったんだよ」

 オーブリーの声のトーンは明らかに低い。



「レディー・オスカーは総理直属の戦闘部隊だし。お前らのテロ行為を鎮圧するのは当然だし」

「うるさい。お前達が姉さんを殺したのは国家転覆より重罪なんだ。お前らは私の国の憲法では殺されるべきなんだよ」

 オーブリーは感情的になって怒鳴りつける。 


「私を元通りにする気ないし? ぶっ殺してくれるし。このクソ女が」

 アイーダは交渉が成立しないことに腹を立てて吠えた。彼女の感情に呼応するようにオーラが増大する。



「オーブリー?」

「ステラ。この程度で動揺するとは未熟だな」

「えっ?」

 ステラはオーブリーの話し方が豹変したことに驚愕した。

 オーブリーの身体にエルルのオーラが馴染み、人格にまで影響を及ぼしたのだろう。


「無論私はこの事態に対応している」

 激昂するアイーダと対照的に、オーブリーは一歩一歩泰然とした態度で歩く。



「お前がそういう舐めた態度取るなら分からせてやるし」

「分からせられそうか?」

 オーブリーは皮肉るような笑みを浮かべる。



「ぎゃああああ」

 アイーダは木の苗が更に成長したことに半狂乱になって叫ぶ。

「ブラストシードは種子型の弾丸を回転させ、ミクロレベルの種子をばら撒く。ばら撒いた種はオーラに反応し育つ。私に腹を立ててオーラを出せば出すほど種は育つということだな」

「それで最終的に私は木になるってこと?」

「正解だ」

「この腐れが。ぶち抜いてやる」

 アイーダは強引に手で木を引き抜いた。抜けるには抜けるが激しく出血する。それだけではなく、抜かれた草木の根がボソボソと散った。

 散った根が身体に張り付き、木が生えてくる。



「無駄だ。これを解決する方法はお前が死ぬか、私が解除してやることだ」

 アイーダはそれを無言で聞いている。


「お前はオーラをだいぶ消耗している。貴様が降参するならこの能力を解いてやる」

 アイーダはそれを聞き入れた。



「分かった。お前らを見逃してやるし。だからこの能力を解けし」

「いいだろう。だが、もし要求を持たずに反撃を仕掛けてきた場合、ブラストシードを打ち込む」

「はっ、早くするし」

 オーブリーはアイーダの様子を見た後、指を鳴らした。

 それと同時にアイーダの体から生えていた木は一気に枯れていった。



「くそ。次会った時は命はないと思えよ」

 捨て台詞を残した後、アイーダは異空間の中へと消えていった。  



「なんとかなったな」

「すっ、すごいよ。オーブリー。あいつを圧倒するなんてすごいよ」

「うん。本当にすごいよ。これは」

 オーブリーはエルルのオーラが完全に消失したことを感じ取り、涙を流した。

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