第27話 ファイナルL

「クソっ。ベルは? ベルはどうなったの?」

 アリス達は怪物の群れが動きを止めないことと、ベルが帰って来ないことに対して焦燥感を覚えていた。


「アリス。逃げる準備をした方がいいわ」

「そうしたらベルはどうするんだよ。なに弱気になってるのよ。カルメン」

「私は一人でもやる」

 アリスは冷静さを失って怒鳴る。

「それはいいんだけど……この化け物共の壁が分厚過ぎるのよね」

 とカルメンは手を顎に当てて考え込む。


 怪物が空から飛び降りてくる。掌に乗っているのは怪物を操る少女アイーダだ。彼女はベルの首を自分の腕で抱きながら言う。

「残念なお知らせだし。ベル・ウララは私に敗れて落ちたし」

「なっ。ベル、早く起きろ。こんな奴に負けるんじゃない!」

 と怒鳴るが、ベルの目が覚めることはなかった。

「私がレディー・オスカーの人間以外でこんなにもやられたのは何気に初めてだし。だからお前らを絶望させてやるし」

 アイーダのドスの効いた声が響く。彼女がマエストロのように手を動かすと、怪物達が指揮されたかのように動き始める。怪物達はアイーダの乗っている怪物と合体していき、数を減らしていく。白い怪物は現存している一体以外残らず合体し、体積が二十倍以上にも増えた。

「圧縮しろし」

 アイーダは怪物に話した瞬間、ベルと共に掌から飛び出した。

 そのすぐ後二巨大化していた怪物は体積を縮めていく。

 怪物が形態変化を終了した結果、体積は合体する前と同程度のサイズとなったのだった。

「なんていうオーラの密度なの? 見た目は小さくなったけど、遥かにでかい」

 アリスは怪物のオーラが高密度化したことを感じ取っていた。怯んだが、すぐに正気を取り戻す。

「水面八岐大蛇」

 アリスは怪物に向けて咄嗟に発動させた。

 だが八首の龍が象られた水の塊は一瞬で破壊された。


「水面刃」

 手を筒状にして、圧縮した水を撃ち出す。しかしそれは怪物の肉体を貫く所か、穴を開けることすらままならなかった。


「敵の数は圧倒的に少なくなったのよ。あんたらもなにかしなさいよ」

「もうとっくのとうにやってる」

「そうだし。カルメンは私を倒そうとしてるし。まぁ、結果は出てねぇけど」

 アイーダは今いた位置からカルメンのいる所まであっという間に位置を詰めた。彼の腹にパンチを一撃ぶち込んで、気絶させた。


「カルメン!」

「次はお前の番だし。アリス」

「舐めんな」

 アリスは全身からオーラを噴出させ、巨大な水のドームを作る。指を切り、血を流す。水中を流れる血にオーラを込める。

「血鮫遊泳」

(これでどうにもならないならもう無理ね)

 オーラを込められた血は鮫の形を象り、水のドームの中を泳ぎ回る。水中のドームに閉じ込められたアイーダは最初、驚くもののオーラを発射し血鮫を打ち消す。

 それどころか、水のドームも霧散させてしまうのだった。


「はぁ……はぁ……くそ。これも通用しないなんて」

 アリスの体内にあるオーラはほとんど尽きてしまい、セカンダリーを維持することは出来なくなった。


「セカンダリーも切れたみたいだし、正真正銘お終いだし?」

「終わんねぇよ。人形遊び女が」

「威勢いいし……それならあんたが死にたくなるまでじわじわいたぶってやるし。ベルにやられた屈辱、お前を弄んで晴らしてやるし」

「私で遊ぶってわけね。きしょい」

「ふぅん。あたくし、そういう変態な遊びに興味あるの。混ぜてもらえな~い」

 ニセスは自身の身体を回転させながら飛行し、アイーダの顔面に蹴りを入れる。

「キショリーナと遊ぶ趣味ないからさ。あんた、化け物に殺されておけし。オーケー?」

「このコギャルが~」

 ニセスは自分の攻撃が通用しないことに焦燥感を抱き、苦悶の表情を浮かべる。 次の瞬間、彼は苦悶の表情を張り付けたまま怪物にタックルされる。

 彼は交通事故にでも遭ったかのように大きく吹き飛び、身体を地面に打ち付けて絶命してしまう。



「あんただけし。死ぬし?」

「ベルは取り戻す。逆にあんたが死ね」

「じゃあ死ねし」

「ぐふっ」

 アイーダの拳が腹部に直撃し、アリスはくの字に折れ曲がり、苦悶の声を上げる。

「次はお前が死にかけてる間にベルを殺すし。お前は何も守れず、何も成し遂げられずにじわじわ死んでいくといいし」

 アイーダは寝かせたベルを片手で持ち上げて、ベルを殴ろうとしている。

「まっ、待って。べっ、ベルだけは……」

 アリスは血を吐きながら、アイーダに許しを乞う。

「じゃあ自分かベル。どっちか選べし」

 とアイーダはアリスに迫るのであった。

「そんなの言うまでもなく、ベルの命に決まってるでしょ」






 エルルが身構えるように指示した理由は、いきなり現れた二人のオーラが自分に相当するものだと悟ったからである。

 その二人は総理大臣直属の戦闘部隊レディオスカーに所属するS級フェミニストクインとイブであった。

「姉さんクラスが二人? そんな馬鹿な」

 一番動揺していたのはオーブリーであった。

「事実、エルルクラスが二人いるんだよ。冷静になろう」

「姉さんは最強だって言うのに」

「その最強は三人いたってことです。ねぇ、イブ」

「どうでもいい。さっさとやっちまおうぜ」

「私も軽く見られたものだな」

 とエルルは呟く。


「じゃあ早速一人目いただき」

 イブはいきなりオーブリーの方へと飛び掛かってきた。

 自衛できないオーブリーを守るために、エルルは鎧のプレートを投げた。しかしイブはパンチ一つでプレートを破壊した。

(やはりか。私と同じレベルならこのくらいのことは簡単にできる)

「オーブリー。限界を超えなきゃ死ぬぞ」

「姉さん。後ろ」

「無論。知っている」

 エルルは飛び掛かってきたイブの懐に潜り込み、プレートをマシンガンのように射出する。

 しかしそれはイブの身を抉ることはかなわなかった。

「ちくちくして腹立つな。それ」


「安心しろ。それだけでは終わらん」

 イブに突き刺したプレートの先端は炸裂し、ぼろぼろになった先端が皮膚に食い込んでいた。


「ぐあぁ」

「もう一度食らわせてやる」

 エルルはプレートをもう一度射出し、炸裂させる。

 皮膚の抉れは広がり、肉を露出させる。血は夥しい量、噴いていた。


「ふぅー。ふぅー」

 イブの息は荒い。


「炸裂した破片は血液をめぐり、お前の血管を引き裂く。猶予はおよそ五秒だ」

「エルル。オーブリーとステラがどうなってもいいの?」

 クインは王手をかけていたエルルに待ったをかける。オーブリーとステラの身柄を拘束したのだった。


「貴様」

「さぁ。イブに入れたものを摘出しなさい」

「ああ」

 エルルはイブの血管を傷つけないように破片を排出させる。


「エルル。てめぇ、よくもやってくれたな」

「クイン。貴様の要望は聞いてやった。二人を逃がせ」

「あんたが死んだら二人を見逃してあげるわ」

 とクインが言う。


「へっへへ。形勢逆転だな。エルル」

「今に見ていろ。絶対に殺す」

「大切な恋人が死んじまうぜ。いいのかよ。それで」

 イブはオーブリーという弱みに付け込み、エルルをボコボコにする。

「仕方ないか」

 とエルルはぼそりと呟いた。

「なに考えてやがる?」

「貴様らを全員倒す方法だ」

 イブの顔面に一撃叩き込み、強引に自分から引き剥がした。

「神拳L。セカンダリー発動」

 エルルはセカンダリーを発動させた。肉体を纏っているフルプレートアーマーの色は白色に変化する。

「エルル。私達に逆らうってことはオーブリーとステラを殺すということになるのよ」

 エルルはクインの警告を無視してプレート一枚を射出する。射出したプレートはサイズと形状を変えて、的確にクインを攻撃した。


「そんな馬鹿な。私達はレディー・オスカーだぞ。超A級筆頭如きになぜ?」

ということだ クインはありえないことが起きていることに戦慄を覚えているようで、事実を受け止めきれないといった風であった。


「オーブリー。これを持ってステラと逃げろ」

 エルルは自分のオーラを込めた剣をオーブリーに託す。

「姉さん……」

 オーブリーはエルルの意志を感じ取り、彼女の方をじっと見た。


「いけオーブリー」

 エルルはオーブリーに強い口調で命じた。

 オーブリーは嫌な予感を覚えたが、彼女に逆らうことができなかった。

 静かに頷いて、

「行こうステラ」

「オーブリー。大丈夫かい?」

「姉さんは大丈夫だから……私達は邪魔者になっちゃいけないから……」


「逃がしませんよ。あなた達はエルルを牽制するための人質ですから」

 クインが二人を捕らえようとするが、プレートが拘束器具に変化し彼女を拘束する。


「ちっ。邪魔くさい」

「今最も合理的な行動は二対一で私を潰すことだ」

「イブ。この馬鹿女をやってしまいなさい」

「死んどけよ。エルル」

 イブは飛びかかり、近接戦闘に持ち掛けてくる。

 その瞬間に彼女は浮遊している剣の一つをけしかけて彼女の腕を切り落とす。


 イブは言葉を失うほど悶絶している。


「イブの腕が切られるなんて」

「舐めんなよ」

 イブは顔に脂汗を浮かべながら力んだ。すると切り落とされた腕が少しずつ作り直されていき元通りになった。


「超高速再生に、超硬度か。やりにくい手合いだ」

 エルルはイブを評した。


「イブ。セカンダリーを」

「賛成」

 二人は同時にセカンダリーを発動させる。

 

 イブの瞳の色は琥珀色に変わる。筋肉量が激増し、白銀の体毛が彼女の身を包む。

 クインにも変化があった。タロットの女帝が象られた桜色のウエストポイント帽に鼓笛隊の衣装が具現化される。最も目立つ特徴は彼女の身の丈を越える大きさの笛だ。

「イブ。私の笛でバフをかけてあげる。その代わり、あなたは必ず勝つのです」

 セカンダリーを使うことで力が強化されたクインは拘束から逃れた。立ち上がった彼女は身の丈を越える大きさの笛で演奏を開始した。

「勝たなきゃレディー・オスカー失格だぜ」


 イブの笛を聞いて、セカンダリーを発動したイブの力は以前と比べ物にならないほど向上していた。

 それを感じ取ったエルルは構え、二人を睨む。

 イブは緊張したエルルの虚を突き、腹に穴を開けた。エルルは夥しい血を流しながらイブの方へ視線をやる。彼女はイブの腕を腹筋の締め付けによって掴みながら、プレートを射出する。


「なに」

「なまくらプレートが」

 イブの皮膚に傷一つつけることなく、その場でばらばらと落ちていった。

 イブのパンチが顔面に叩き込まれた。脳が揺れて、一瞬視界が揺れる。


 すぐに正気を取り戻したエルルは反撃を試みるが、イブの姿は彼女の視界には映っていなかった。

「どこだ」

「ここだ」

 イブはエルルの頭の頂点に蹴りを叩き込む。

 身体の支えが不安定になり、身体が揺れる。

「おいおい。つまんねぇな。わざわざ本気出してやったって言うのにこの有様じゃあよ」

「イブ。あまり長引かせるんじゃありません。早く倒してしまいまなさい」

「はいはい」

 イブの動きが早くなり、エルルは反撃をすることが更に困難になっていた。


(逃がさんぞ。絶対に)

「まだ諦めてねぇのか。執念の塊みたいな女だな」

「そうかもしれんな」

「でもお前には私の速さは見切れない。敗北確定だ。馬鹿女」

「今のままならな」

 とエルルは不敵な笑みを浮かべた。



「その薄ら笑い、無くさせてやるよ」

 イブは更に加速し、エルルを攻撃することを止めなかった。

 エルルはイブの攻撃を目では追えないが、確信した事が一つあった。殴る以外の攻撃方法がないということだ。

「イブ。貴様、絶対に逃げるなよ」

「逃げるわけねぇだろうが」

「それならよかった」

 フルプレートアーマーはオーラによって眩く輝き始めていた。

 それを見たイブは戦慄する。



「まさかお前……」

「察しが良いな。貴様一人だけでも殺していくぞ」

「馬鹿が。お前の一人負けだ」

「私のプレートはお前の皮膚を貫くことはないが、お前を拘束するワイヤーの役割は十分果たせる」

 イブはいつの間にか絡みついているワイヤーを見て驚愕する。


「かっ、解除しろ。お前の仲間には手を出さないから」

「ふぅ……ふぅ……」

 オーラを制御するのでやっとなエルルは、イブの話を聞き入れていない。


「おい、クイン。お前、ぼうっとしてないで私を助けろよ」

「ごめんなさい。もう逃げないと」

「てっ、てめぇ。ふざけんな」

「神拳L。ファイナルL」

「やっ、やめろぉぉぉ」

 膨大なオーラはイブの肉体を再生不可能レベルまで焼き、絶命させた。オーラを放った当人も全身重度の火傷を負った。



「後は貴様だけか。クイン」

「なっ、なんでオーラを使い切ったのに立ってられるの?」

「真拳LのLは愛のLだ」

 エルルは素早く距離を詰めて、生命維持に使っている極小のオーラを拳に込めてクインに叩きつけるのだった。

(この程度では死なないか……)

 エルルは正真正銘最後まで力を振り絞り、戦闘が終わった後の静寂と共に生涯に幕を閉じたのであった。

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