第23話 外道会見

 アンチフェミー基地。アナグラにて。

「死の寸前まで力を振り絞ったんだろうな。オーラの消耗がひどい」

 医務室で眠るベルを見て、エルルは呟いた。

「そう……」

「お前達は看病するのか?」

 エルルはアリスとステラに向かって言う。



「ええ。私はいるつもりよ」

「もちろん僕もだよ」

「彼女のことは任せた」

「勤務医の見立てだと、命に別状はないって言ってたけど?」

「オーラも見えない医者の発言など信用に値せん」

「流石に控えなよ?」

「なにをだ?」

 エルルは二人の発言に怪訝そうな表情を浮かべている。



「エッチとか?」

「馬鹿なことを言うな」

 エルルは一蹴して部屋を出た。



「改めて聞きたかったんだけど君達ってどういう関係?」

「恋人だけど?」

「いつから?」

「つい最近」

「そんな馬鹿な……」

 アリスとベルとの関係がここまで進んでいたという事実に思わず驚かざるを得なかったようだ。



「私こそ聞きたいんだけどあんたとベルはどうだったのよ」

「僕もベルと良い関係さ。負けず劣らずにね」

「あんた。私のベルに手を出す気でいる?」

「私のベルだなんて勘違いじゃないの? 僕のベルだよ」

 アリスとステラの視線がぶつかり、火花が散った。



「私はセック◯だってしたのよ。あんたは?」

「そっ、そんな程度なら僕だって取り返してやる」

「それに付き合いだって長い。ベルのことをずっと好きだったのは私よ」

「そんなこと言ったって三年やそこらじゃないか」

「もっと長いわよ。馬鹿」

「じゃあいつからさ」

「小学生の時からよ。これで私の方が圧勝ね」




「くっ……」

 ステラは付き合いの長さでも関係性の深さでも負けてしまい、何も言い返せなくなった。


「昔のベルってどんな感じだったの?」

「今と大違いよ。でも優しいのは昔から変わらなかったわね」

「それで君とベルとの出会いは?」

「お母さんが行方不明になって落ち込んでいた時のことよ。警察の人にお母さんは帰ってきていませんかって毎日尋ねていたわ。その時ね。あいつと初めて会ったのは」



「それでベルはなんて言ったの?」

「あいつは私に対して何も言わなかった。ただ一緒にいて泣いてくれた」

「それで好きになったってこと?」

「その後からじわじわ仲良くなってったのよ。長い付き合いを経てね」  

 とベルは強調するように言う。


 ステラはマウントをやり過ごすためにラジオの方に耳を傾けた。

「総理が記者会見するみたいだね」

 ステラは話題を転換させた。


「ロイヤルファミリーの御息女の誘拐の件、似非トランスジェンダーの囚人を大量に脱獄させた件等について私の監督不行き届きにより、市政の皆様に不安を抱かせてしまったことを陳謝いたします。今回の一連の事件のショックは大きく、ただちに改善していかなければならないと痛感しております。その上でやるべきことが、反フェミニスト組織の掃討、今回の事件の主犯であるアンチフェミーの主要メンバー、脱獄のリーダーとなった人物を即刻逮捕することが一つ目。二つ目はフェミニズム警察と治安を維持する戦士であるフェミニスト、予備となる学生フェミニストの連携を行うことです。この二つを即時実行して男女平等のフェミニズム時代を維持したいと考えております」

 と高城麗子は話を締めた。




「一連の事件を受けて現内閣に不満を持つ声が聞こえてくると思うのですが、どうだと思いますか?」

 と安孫子記者は問う。


「就任する前の政権と比べても我々は遜色ない成果を出しているかと思います。その根拠の一つが限定的武器携帯に関する法案です。女性のみに銃刀法を適用せずに装備を許可するという主旨のものです。これによって男女間の犯罪差が三十倍から二倍未満へと激減しました。その根拠はネオ東京大学のジェンダー間犯罪比率レポートから出ているもので、でたらめなものではございません。あくまでも我々は一定の成果を出しています。それと同じように男女平等が実現され、私共に票を投じて良かったと思っていただけることが至上の命題となっています」


「ありがとうございます」

 質問した記者は話を終わらせる。それ以降も他の記者からの質問に適切に答えていく。


「以上で会見を終了し、プリンセス雅香様を誑かしたクソオスの公開処刑を行いたいと思っております」

 司会の発言と共に磔にされたレオパルドが荷車で運ばれてくるのだった。


 それを見た記者等はざわめく。

 その上、レオパルドの処刑告知がSNSでバズったらしく見物客がたくさん集まってきた。


 磔にされたレオパルドの横に立ったのは二人の執行官だ。顔は隠れており、黒ずくめの格好をしている。背丈の半分ほどの巨大な剣を構えた。


「姫様本人は誘拐未遂による精神的苦痛で静養しておられるため、観覧なされることはありません。姫君をたぶらかし、国外へと連れ出した敵の無様な死に様をご覧ください」

 司会が話した後、執行人に目配せをする。


「ではでは……」

「「スパッと」」

「「いきましょう」」

 二人の執行人はオーラを練り上げて、剣の切れ味を高め、二人同時に剣を振るいレオパルドを絶命させた。

 

「レオ……」

 レオパルドの処刑を見届けて涙をこぼしている者がいた。黒いフード付きのパーカーにローブランドのロングスカートを履いている。安っぽい格好であるが気品があるように見えた。


「高城総理大臣。あなたは私に約束しましたよね。合意ではなく誘拐だと認めれば彼を生かすと! なぜこの約束を破ったのですか?」

 人垣を割り、前へと飛び出した。


「姫君? 静養中だと聞いておりましたがいかがなされましたか?」

 飛び出してきた女性の正体に気づいた司会は宥めようとする。

「私は総理大臣に話があります」

「姫様。落ち着いてください。式が終わった後でも話し合いましょう」

「それを貸してください」

 雅香はマイクを奪い取る。

「高城総理大臣。私はあなたに窺いたいことがあります」

「姫様……」

 司会は狼狽えていた。


「なんでしょう姫君。お話をうかがいます」

 高城は正々堂々と雅香を見据えた。

「私は犯罪率の増加の話について疑問があります。あなたが就任する前まで犯罪率の差が男女間で三十倍以上あるとされていますが私はそのレポートは疑わしいと思っています。何故なら性別間で犯罪率の差がそこまで大きくなることの要因が分からないからです。レポートはでっち上げられたもので、男女差別を正当化するために作られたものなのではないかと思っています。高城総理大臣はどう思っていますか?」

 雅香は問う。


「ジェンダー間の犯罪率の差は、先程も提示した根拠の通りです。姫君は彼氏を失ったことのショックで錯乱し、いちゃもんをつけているに過ぎません。でっち上げと言いますが、そもそも根拠はあるのですか?」

 と高城麗子は返す。


「このレポートが根拠になり得ないのには理由があります。あなたが就任した時期の新犯罪白書の刑法犯の検挙率で男女の差を比較すると約四倍に収まる。十倍というその根拠はどこから出てきたのかお答えください」


「もちろん根拠は同じく新犯罪白書からです。確かに刑法犯はそうですが、傷害や恐喝などの犯罪は三十倍に近いポイントを記録している。そのような犯罪倍率の差を一.二倍程度に縮めたのは我が政権が立案した武器携帯に関する法案です。これの成果のことを再三話しております」

 と高城はオーラを体中から発して雅香の心を折るように圧力をかける。


 オーラのオの字も知らない素人であったが、その脅威を測ることはできた。

 生唾を飲み込む。

「しっ、しかし……」

 反論は出てくるのにそれを口に出すことはできない。





(みんな。納得しちゃいけない)

 理屈では分かっている。だが息が途切れる。全身が固くなる。死のイメージが明瞭になる。

 

「納得したようですね」

 高城は雅香が言い返してこないのを見て、話を打ち切ろうとした。


「えっ?」

 (声が聞こえる……)

「それでは司会の方。終わらせてください」

「はい。総理」

 司会は会を終わらせようと進行する。


 現実は等速で進む一方で、雅香の時は異常な程に緩やかに進む。

 理不尽に殺された怨嗟、悲しみに暮れる者、この地に倒れた者の声が脳に届く。

 それを聞いた雅香は最愛の人の像を生み出した。彼に背中を押された彼女は義憤を持って現実に戻る。


「ではこれにて……」

「まだ私の反論は終わっていません」

 雅香は震えた声で言った。



「声が震えていますね。具合がよろしくないのでは?」

 高城はおもねるふりをしながら圧をかける。


「いえ。気遣いは結構です」

「それならお話を窺いましょう」

「男性と女性の犯罪率が減った理由は単純です。何故なら武器携帯に関する法案では自衛という体で簡単に男性を殺すことが出来るようになったからです。検挙されない殺人や傷害が増えたというだけで本質的には何ら改善されていません。男女間の差別を正当化し、私刑を合法化したんです。あなたの成果は悪法を制定したということだけなんですよ」


 それを聞いていた記者団や一般人はあからさまに動揺していた。

「もうこの話はやめましょう。皆様も誤解なきように。姫君は彼氏を失ったショックで錯乱し、政権を誹謗しているだけです」

 高城は懸命に周りに訴える。


「誹謗ではありません。事実です」

「果たして本当でしょうか。検挙されない殺人や暴行が増えたと言いますが、それを示す客観的なデータはあるんですか?」


「検挙件数が減ったことがその証左です。私刑する武力を持ち、それを許す風潮があったから犯罪率が減ったのです。だけどそれは恐怖によって抑えつけているに過ぎない」

「減少した理由は様々あり、それを論ずるのは非現実的でしょう。姫君、一度落ち着かれてはどうです?」

 高城は雅香を諭すように言う。


「私は政治家としてのあなたに問いたいことがあります」

「姫君……そういう話は日を改めてですね……」

「この問題を解決しようとしないということは国民の半分、つまり男性に対して犠牲を強いているのと同じなんです。国を思う政治家ならこのことに胸を痛めて解決しようと思うべきではないんですか?」  

 雅香は畳み掛けるように言う。


 彼女の言葉を聞いた記者達は頷いている。高城の意見が気になったからだ。

 その一方で高城は苛立ちを隠せなかった。そして改めて思った。青臭い言葉は愚民に不要な希望を持たせると。これ以上言葉を重ねさせてはいけないと強く思い、雅香の方を向いた。

「姫君。国民を疑心暗鬼にさせるようなことをするな……いえ、しないでください」

 怒気をはらんだ声で言う。



「この法案を通したことを反省してくださっ」

 雅香が高城に対して更に反論しようとした時、彼女の首がひとりでに折れ、膝から崩れ落ちていった。


 衝撃の光景を見た記者団は一瞬沈黙した後に、姫君が死んだという事実を理解した。記者団は怪現象に巻き込まれないようにと慌てて逃げていったのだった。


 高城は雅香の死体を見つめながら呟いた。

「一人の男のために私に逆らうからこういうことになる」

 不敵な笑みを浮かべた彼女は後始末を部下に命じてその場を去ったのだった。



 これが歪なフェミニズム時代に一石を投じることになるとは誰も知るよしがなかった。

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