第20話 クソオスフェミニナイツ

 ベルは先に飛び出し、何発もの拳を一瞬で打ち込む烈火拳を喰らわせる。虎原はそれを一撃も食らうことなく、紙一重で躱す。

 しかし烈火拳はベルの本命ではない。本命は外した先にある拳大の火球である。空中に漂う火球を自身のオーラで包み込み、虎原の背中に当たるように引っ張る。

 虎原はそれに気付き、跳躍してその攻撃を躱す。

 彼女の真上を取った虎原は、

「アンチフェミニズム神拳。降雷」

 を発動させた。雷を身にまとい、高速で下に降りる技である。

 ベルは虎原の技に気付き、強力な一撃でカウンターしようと試みる。

「アンチフェミニスト神拳。業火拳」

 烈火拳よりスピードと威力が圧倒的に高い代わりに、一撃に全てを込める技である。

(この威力を利用されたら私はただではすまない。しかし龍の技に対応するにはこれしかない)

 降雷と業火拳が衝突し、一瞬だけ制止した。しかし勝敗はすぐに決まる。

 ベルは押される。床が崩れ、ベルは地中に生き埋めになる。

「アンチフェミニスト神拳。投雷」

 虎原は生き埋めになっているベルに確実に止めを刺すために、ベルの方へ掌を向けて、連続で掌底を繰り出す。掌から雷が出て、それらが全てベルの方へと向かっていく。

「アンチフェミニスト神拳。烈火滅閃」

 ベルは視界の端で投雷の煌めきを見て取った。それと同時に彼女は全身からオーラを解き放つ。

 自分にのしかかっている瓦礫を吹き飛ばし、虎原の放つ投雷を打ち消す。

 虎原は爆風に巻き込まれないように、即座にその場から離れる。

 それを見たベルは、虎原に向けて烈火革命を放つ。

 束ねられた熱光線は逃げる虎原を追いかける。

 彼は手早く、手に持っている端末を操作して電気を動力源にする浮遊サーフボードを呼び寄せた。それに乗っかった彼は巧みに操り、烈火革命を躱した。それどころか、ベルに接近するために方向を転換させる。

 投雷を放ちながら、烈火革命を掻い潜りベルの下へと近づく。

 ベルも投雷を躱しながら、烈火革命の軌道をコントロールして虎原に当てようとする。

 彼がある程度の距離を詰めると、サーフボードを捨てて飛び降り、端末を操作してそれをベルの方へと差し向けた。

 ベルは烈火革命のコントロールをしながら足下のサーフボードを躱す。

 その隙に虎原は彼女の足下へと潜り込んできた。

「アンチフェミニスト神拳。昇雷」

 全身に雷を纏い、彼女の顎目掛けてアッパーを浴びせる。

 クリーンヒットに一瞬だけ意識を刈り取られたベルは烈火革命のコントロールを失い、上方向へ加速させてしまう。彼女は急いで烈火革命のコントロールをしようとするがそれも空しく終わる。勢いあまって天井に突き刺さってしまうのであった。


 虎原はサーフボードを自分の足下へと寄せる。それを足場にして、もう一度昇雷をベルの腹に叩き込む。天井は崩壊し、ベルはまた上方向へと吹っ飛んだ。

 彼女は空中でも、虎原に果敢に仕掛ける。

 彼はそれを軽々とあしらう。

 ベルは空中で虎原に真上を取られた時、降雷を叩き込まれることを覚悟した。

 その予想と反して、虎原は降雷を利用して地上へと素早く降りた。

(先回りして昇雷を叩き込むつもりか)

 ベルはこれを喰らえば自分が死ぬと思い、死を覚悟して決死の一撃を喰らわせようと思っていた。

 だが、彼女が決死の一撃を打ち込むことはなかった。

 虎原が落下する彼女をそっと受け止めたからである。


「なぜ私を助けた?」

「ベル。セカンダリーを使え。俺は手を抜いて勝てる程甘くないぞ」

「お望み通り。本気で行こう」

 ベルは虎原に言われるまま、セカンダリーを発動させた。






 似非トランスジェンダー収容所外周。

(アリスとベル・ウララが派手に戦っているお陰で簡単に脱獄することができた)

「リーダー。これからどうします? あいつらが死んでしまったらアンチフェミーに入る計画がパーですぜ」

「私はあいつが本当に生きるなんて思わないわ。だって、ここにはエルルとオーブリーの二人がいるんだもの」

 囚人の問いに対してカルメンは冷静に答える。

「じゃあなんでアンチフェミーに入りたいだなんて言うんです?」

「私達に行き場がないのは事実じゃない。アンチフェミーに入りたいって言えば、少なくともあいつらと敵対することはないじゃない」

 カルメンは端からアンチフェミーのことなど宛にしていなかったのである。


 フェミニナイツの二人がいきなり現れて、カルメン達の前に立ちはだかる。


「汗臭いクソオス発見なり。ジェミニ、男のケツ穴はいかがか?」

「僕はネクロフィリアでもなければゲイでもないよ」

 とジェミニが冷静に答える。



「なら皆殺しにしてエルルとオーブリーとアリスとベルの四人をいただいちゃうなりか」

「素晴らしい提案だ。精子が増産されるよ」

「じゃあ僕が仕事をしよう。先に僕がいただくからね」

「中古品はいやなり。エルルは我にくれなり」 

「大人しそうなオーブリーは僕がいただくとしようかな」

 スコーピオンとジェミニの二人は下卑た会話をしている。



「おい。俺らを無視するんじゃねぇ。この淫獣共が」

「失礼だな。君達は有罪棒をぶら下げている癖にさ」

「ジェミニ。何秒でいける?」

「全員で三十秒は余裕でしょう」

 と言った途端、ジェミニは能力を発動させた。


「竿姉妹拳法。無限分裂増殖」

 ジェミニの身体からもう一人のジェミニが生成される。それが数回繰り返されると、ジェミニの人数が百人を超えていた。

「きもい。いっ、イケメンが増殖したら俺達の希望がなくなるっすよ。リーダー」

「私達は連携力で勝負よ。こいつらを突破すれば脱獄成功なんだから」

「俺達を突破? 無理だからそんなの」

「あんた。私の実力見誤ってない?」

「元超A級だろ。格下に侮っていた雑魚に瞬殺されたって」

「不愉快だけど事実ね」

「だせぇおねぇがよぉ。いきってんじゃねぇよ」

「この状況を見ても同じことが言える?」

 とカルメンが言う。

 

 カルメンが指を差した先では、大量に分裂したジェミニ同士で殺し合いをしている惨劇が繰り広げられている。

「なんで集団の僕達が殺し合いしているんだ?」

「私の能力は認識を操ること。こいつらは自分のことを美少女だと思い、レ〇プしようとしている」

「そんな馬鹿なことがあってたまるか」

 ジェミニはカルメンに対して吠える。


「カルメン。騙されるな。現実を見ろ」

「はっ……」

 スコーピオンに声を掛けられたジェミニは目を覚ます。

「僕達は完璧に仕事しているね。カルメン」

 カルメンは脱獄した囚人のほとんどが殺されているのを見て、にやりと笑う。

「私の認識阻害から逃れたですって」

「僕は遺伝子的に完璧なフェミニナイツだ。幻覚作用にも耐性があるのは当然だ」


「フェミニナイツ。噂には聞いたことがあるけど、本当に実在しているとはね」

「僕達は元々能力のなかったクソオス。しかしオスカーニウムによって力を手に入れたんだ。僕達は死の恐怖に打ち勝ち、強オスになったんだ」

「被験者は十二人。あなた達以外皆死んだっていうことかしら」

「優良な人間は種を残さなければならない。僕達の使命のために、女は僕達に尽くすための道具になればいいんだ。はははは」


「男の私達でも吐きそうな邪悪な思想ね」

「幻覚を破られた君は雑魚も当然だ。君だけは俺が直々に殺してやる」

「リーダー」

「お前達は殺されないように身を守れ」

「でも……」

「この変態の本体だけは私が止める」

「何万体もいるんですよ。それに俺達は残り十五人しか残っていない」

「畜生が。ここで全滅するっていうのか。私は」

「リーダー」

 万事休すのカルメンに対して他の囚人達は動揺している。


「ジェミニ。私は好きにしろ。でもこいつらには手を出すんじゃねぇ」

「男気あっていいねぇ。じゃあ僕が君を直々に虐めてやろう」

 ジェミニは手で他の分裂体に手を出さないように指示する。


「サディスト趣味なりか。しかも男とか超萎えるなり。我は先に行くなり」

「ああ、先に言ってるんだスコーピオン」

「男趣味に目覚めないようにな」

「サンドバッグを叩くみたいなもんさ」

「我は先に始めているなり。さらば」

 ジェミニはスコーピオンが去るのを見てから、カルメンに話しかけた。

「じゃあ君がどこまで耐えられるか確かめてやろう」

 ジェミニはカルメンの睾丸を蹴り上げた。

 彼は思わず呻く。

「くくく。金玉蹴られて痛がるなんてなぁ。そこら辺のクソオスみたいじゃないか」

「がはっ。てめぇ」

「意気がいいのは嫌いじゃない。ああ、僕、新しい扉を開いてしまいそうだ」

 ジェミニは機嫌を良くして、カルメンのことを痛めつける。

 カルメンはそれに対してなにも抵抗できず、黙ってそれを受け入れていた。


「喚きもしなくなったし、言い返しもしなくなったし、つまんなくなったな」

 ジェミニは冷めた目でカルメンのことを見ていた。

「もう止めろ。リーダーをこれ以上痛めつけるなぁ」

「こいつだぜ。てめぇらに手を出すなって言ってたのは。だから僕はお願いを聞いてやっていたいんだ」

「なら今度は俺が受ける」

 囚人の一人が受ける。

「俺もだ」

「俺も」

 皆、自分にやれとジェミニに訴える。


「馬鹿野郎共が。私だけでいいんだよ。これは」

「でもリーダーが死ぬのは見たくないっす」

 双方の言葉を聞いたジェミニは、面倒になった。

「じゃあいいよ。皆殺しにしてやる。仲良くあの世に行けばいいさ」

 ジェミニは目で、分裂体に攻撃を仕掛けるように指示を出す。


「おい。止めろ。話が違う」

 カルメンは食い下がるが、ジェミニは無視する。

 分裂体は囚人の下へと向かい始める。


「俺達だけでも最後まで戦い抜いてやる。時代や国は俺達男を弾圧した。死ぬ時くらい、立派に戦ってやろうじゃねぇか。クソったれの国に中指立ててよぉ」

 囚人の一人が吠える。それに生き残っている囚人達も呼応する。

 彼らは恐怖に怯えている所をおくびにも見せなかった。

 それどころか十五人は一万体以上はある分裂体に突っ込んでいくのだった。


「おいおい特攻隊か。低能クソオスのやることは理解できないねぇ」

「おめぇみたいな腐った野郎よりずっとマシだ」

 カルメンは弱っている自分に鞭を打つように歯を食いしばり、立ち上がる。

「死にぞこないのくせに何立っているんだぁ」

 ジェミニは狂気のカルメンに恐怖を覚えた。

「セカンダリー発動。神拳T。悪夢現世」

「セカンダリー? あいつ、土壇場で……」

「ジェミニ。お前はセカンダリーを使えないのか」

「使えないんじゃなくて、使わないってだけさ。お前なんてセカンダリーを使うまでもないからなぁ」

「ふん。強がりだな」

「うるさいぃ」

 指摘されたことが図星だったようだ。ジェミニはカルメンに踊りかかる。



「あんたに見せる悪夢を決めたわ」

 カルメンが指を鳴らす。

 ジェミニの口の中から一メートル大の白いキノコが現れた。

「あがっ」

「お前の目には醜いものしか映らない」

 カルメンの言葉を聞いた瞬間、ジェミニは全ての人間をブサイクな女としか視認できなくなった。

「あんたは巷の美少女に声を掛けられたとしても断るしかなくなる。面食い男にとっては一番の悪夢よ」


 ジェミニはパニックになり、その場から逃げ出した。

 囚人達は約六百六十倍以上の数的不利を背負っていたが、決死の覚悟で耐えていた。

 決死の数分間を乗り越えた結果、分裂していたジェミニはいきなり、白い灰になって消えていった。


「いっ、生き残ったのか」

「でも犠牲が大きすぎる」

「あんた達。こんな所にいたらまた逮捕されるわ。早く行きましょう」

「リーダー。あんたは悲しくないんすか。俺達はあんたを似非トランスジェンダー収容所のリーダーとして尊敬して慕っていたっていうのに……」

「なにも言わないでちょうだい」

 とカルメンは一言話した。

 

 囚人達は全てを察した。彼らはカルメンの後をついてその場を後にした。






「みっ、道行く人間が全てブサイクに。しかも僕のことをレ〇プしようとしてきやがるぅ。お前達に僕のペ〇スは反応するものか。するものかぁ」

 ジェミニは絶叫しながら往来を駆けている。被害妄想が拡大し、ブサイクな女が性欲むき出しにして追いかけてきていると錯覚しているのだ。これは彼にとって非常な苦痛と恐怖が伴うことである。

 

 逃走の途中。ジェミニは横断歩道を渡り、向こうの道へと渡ろうとした。しかし彼は信号を見ていなかった。車道の信号は青信号だったのだ。

 彼はトラックに撥ねられて、グチャグチャに踏みつぶされて即死した。

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