第19話 独房で再会
高級料亭。廬山の個室にて。
「今回は幸いでしたね。誘拐されても無事でいられるとは」
「あなたもご存じなのでしょう。私がこの国から出ようとしていたことを」
雅香は慇懃に話す高城麗子を突き放すような言い方をする。
「ロイヤルファミリーが留学以外で国を出るなんて、とんだ恥さらしです。しかも駆け落ちなど許されるはずもありません」
「そうですね。ネオ日本の皇族としての対面は丸つぶれでしょうね」
「それが理解できているならなぜなさったのです?」
高城の声に苛立ちの色が混ざり始める。
「愛ゆえにです」
「子供の勝手な身勝手が通じる生まれでないことは十分分かっているでしょう」
高城は感情を表に出して言う。
「それでも私は好きな人と共にいたかった」
「あなたの身ではかなわぬことです」
「不幸だ」
と雅香は呟いた。
「国の象徴という栄誉ある立場なのですから仕方ありません。しかし我々はあなた方の命をこの身に代えてもお守りすることを約束いたしましょう」
「高城総理大臣。あなたは大層強いらしいですね。それなら私を殺せばいいんじゃないですか?」
「私が雅香様を殺すなどと畏れ多い」
「それなら私と二人きりでこのような会合を組むなんて不遜だとは思いませんか?」
「なにしろ事が事ですから。しかしここは日本で一番安全な料亭でしょう」
「私はあなたという人間が恐ろしくて仕方ないですけどね」
「そう思うなら皇族としての責務を果たしてください」
と高城は言った。
「記者会見の件ですか。私にどうしろと?」
「今回の国外逃亡はレオパルドがアンチフェミーに依頼したもの。国外逃亡を謀った理由は彼に脅迫されたもの、としてください」
と高城が言う。
「その要望には答えかねます」
「それはなぜです?」
「私が彼を愛したという事実を捻じ曲げることが出来ないからです」
「姫君。私の目をご覧ください」
と言った瞬間、高城の取り巻く雰囲気が変わった。先程の慇懃なものから、敵に向ける威圧的な態度へと変わった。
そのあまりもの変貌ぶりと、圧の強さで雅香は怯んでしまう。
「あっ、私は……」
「どうなさるのです」
と高城は雅香に決断を迫る。
「それでも私は事実を捻じ曲げることはできません」
「流石でございますね。その意志の強さは尊敬に値します。しかしそれでも考えは変えていただきたい」
と高城は頑なな雅香に対して食い下がる。
「できません」
「姫様。実はですね。レオパルドの処罰が決まったらしいのですよ」
「彼に対する処罰は良識的なものでお願いします」
「皇族の誘拐ですから国家反逆罪で死刑となっております」
「鬼ですか。あなたは」
「総理大臣で、人間です」
と高城は冷静に返した。
「お願いします。彼にはどうか、なにも危害を加えないでください」
「もしあなたがこれに応じてくれるなら強制送還するようにと指示をします」
「それならそれでお願いします。私、あなた方に協力しますから」
「好意的な回答をいただけて、私共は非常に嬉しく思います」
似非トランスジェンダー刑務所外周から二百メートル付近。
べルとアリスはステラとレオパルドの救出作戦を行うために、似非トランスジェンダー刑務所に接近しながら話を詰める。
「私の能力の方が広範囲に攻撃できて陽動に向いている。ベルは裏口から侵入してカルメンと合流して」
「分かった。だがアリス、危険だと思ったらすぐに引き返すんだぞ」
「ええ。この空白の三年間を取り戻すためにも死ねないわよ」
「そうだな」
とベルは笑った。
ベルとアリスは目を見合わせた後、それぞれの目的を果たすために散開した。
ベルは裏側で見張りをしていた看守やフェミニズム警察官達を倒して鍵を奪った。その鍵を利用してベルは裏口から侵入した。刑務所の中は予想よりかなり静かであった。アリスの陽動の成果が出ているのだろう。ベルは地下一階にある房に侵入した。
「女が来た」
「お~い。出してくれ」
収容された男性囚人が、ベルを見るや否や騒ぎ出す。
それを見たベルは、オーラを出して囚人達を怯ませた。
「脱獄には協力してやる。だから私に逆らうな。後、カルメン・T・ヴィオラはどこにいる?」
近くにいた囚人に問いかける。
「カルメンは十五房にいる」
「協力感謝する」
と言ってベルは十五房に辿り着く。
「カルメン・T・ヴィオラ。君に用がある」
「あんたは確かアンチフェミーのリーダーのベル・ウララ? 私に何の用よ?」
「ステラ・G・スミスとレオパルドの所在を知っているか教えて欲しい」
「その前に条件がある」
「聞ける限りのものなら聞こう」
「私達の脱獄に協力して。それと成功した暁にはアンチフェミーに迎えて欲しい」
「分かった。確証はできないが、前向きに検討する」
「それが聞けて良かった。まずステラの所在地だけど彼女は懲罰房に収容されている。そしてレオパルドだけど彼の行方は分からない」
「分からない? どういうことだ?」
「レオパルドとかいう男はここに来てないの。イギリス人なんていないでしょ」
とカルメンが言う。
「ここにいるのはステラ、だけということか」
「ええ」
「協力感謝する」
「待って」
「どうした?」
「いいえ、別に。上手く行くことを祈ってるわ」
「ああ」
ベルは雑居房から、ステラが閉じ込められている懲罰房を目指したのであった。
懲罰房に着いたベルは、ステラの収容されている房を探し回っていた。その時、尋常じゃない殺気が放たれた気がして、後ろを振り返った。
「龍。あなたは確かエルルと戦っていたはず。いったいどうしてここに?」
「あいつに負けて捕まってしまった。ただ、それだけさ」
「なんであなたがこんな所に立っている? カルメンと同じ囚人ではないのか?」
「俺もフェミニストになったんだよ。ベル」
「まさか洗脳されたというのか?」
「アンチフェミニストのリーダーがフェミニストになるなんて驚きだろ?」
「ええ。本当に」
「フェミニストとして最初の仕事は、アンチフェミーのリーダー、ベル・ウララのステラ・G・スミスの救出作戦を阻止することだ」
「お前を超えてステラを助け出す」
ベルと虎原はそれぞれ構えたのであった。
「誰かアリスを止めろ」
「あの化け物め。私達を一人で相手取ってやがる」
フェミニズム警察官、刑務官、学校から呼び出しを受けた学生フェミニスト等百人が合同でアリスの撃退に当たっているが、その効果は薄い。
それを証左するように、アリスの顔は涼しげだ。
「神拳F。水面八岐大蛇」
アリスは水を八首の蛇に象り、それをフェミニスト達に差し向ける。
「大技が来た」
「全員で連携して耐えるんだ」
と連携を取り、フェミニストバリアを張る。しかし彼女達の努力は虚しく、アリスの水面八岐大蛇はそれを簡単に貫いて破壊した。
それだけではなく、アリスの水面八岐大蛇は雑兵フェミニスト共を全て飲み込み、戦闘不能にした。
「これで全部か」
アリスは全員倒したと思い、一息つく。
次の瞬間、アリスは自分と同等のオーラの持ち主一人、自分より遥かに強いオーラの持ち主一人の接近を感じ取った。
「オーブリーとエルルか」
アリスは陽動に成功していることを前向きに捕える反面、生還できるかどうか怪しくなったことを憂う。
「帰ってこれたらベルに思う存分に愛してもらわなきゃいけないわね」
アリスは刑務所の屋根に立っているオーブリーとエルルを見上げながら呟く。
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