第21話 神拳L
似非トランスジェンダー収容所正門前。
「姉さん。ここは私がやりますよ」
「分かった。ならばお前に任せよう」
エルルはオーブリーの申し出を素直に受け入れた。
「神拳B。グロウミント」
オーブリーはオーラを纏った拳で地面に小さい穴を開けた後、種を撒いた。
アリスはオーブリーの能力のことを知っていたので、その場から素早く離れた。
「神拳F。水面八岐大蛇」
アリスは八首の蛇を水で象り、それぞれの首を稼働させる。
それと同時にオーブリーの技も効果を発揮する。彼女の撒いた種は急激に成長する。ミントの葉はあっという間に地面を侵食した。さながら緑色のカーペットのようであった。
(距離を離して正解だ)
とアリスは思った。稼働させた首を更に伸ばし、オーブリーにけしかける。
しかしオーブリーはミントの葉にオーラを流し込み、急成長、そして改造を行う。このことにより地面に侵食したミントは、空へ向かって伸び始める。
二メートル程度の草の壁となったミントは八首の水流の勢いを殺し切った。
「流石にあのレベルの水流となると普通のミントでは抑えられないか。でもアリスのオーラは解析したからそれを鑑みて改造しよう」
オーブリーはぶつぶつと呟きながら考え事をする。
「神拳F。水面剣」
アリスは回転する水の刃を放った。それはミントをズバズバ切り刻みながら、オーブリーの下に近づく。
「アリス。私のミントは君のオーラに適応したよ」
そう言った瞬間にミントはすくすくと急成長して、水面剣の侵攻を阻む。
遠目で見ていたアリスは相手のオーラに合わせて植物の改造と成長を行う能力は非常に厄介だと思った。
(唯一の勝機はあいつが能力を使う前に一気に仕掛けて倒すことだった。でも、そのチャンスは失われてしまった)
「ふんふん。なるほど。このミントはお茶には適さないようだね。雑に改造したことでミントの性質がグチャグチャになってしまっているんだね」
とオーブリーはミントの臭いを嗅ぎながら研究する余裕まで見せている。
アリスは詰みだと思った。
(セカンダリーを発動させて力技で突破するって言うのもアリ? いや目的が違う。オーブリーに勝ったとしてもエルルに勝てないじゃないの。ここはオーブリーと均衡を保ちながら時間を稼いだ方が得策なのよ。でも、そうしたら私が負けてしまう。負けないように時間稼ぎするにはどうすればいい)
アリスが考え込んでいた時だった。彼女の真下から異常成長したミントが迫ってくる。アリスはオーラで水を作り、それを射出する。空中で何度も姿勢を変えながらミントによる攻撃を躱していた。
(私とオーブリーが戦う状況なら確定で私が負ける。でもあいつの冷静さを欠かせることができれば勝機はある)
アリスは妙案を思いついた。息を大きく吸い込み、
「オーブリー。私ね。あんたのこと、前から大嫌いだったのよ。だって、かっこよくて可愛いエルルと良い関係でいるんですもの」
と告白する。
「うっ、嘘だ。君はどうしようもないくらいベルが大好きな変態のはずだ」
とオーブリーは露骨に動揺する。
「エルルと雰囲気がちょっと似てるかもしれないベルで妥協したのよ。あの強さ、美しさ、可愛さ、好きにならないわけないじゃないの。私、エルルにお仕置きされるならそのミントに捕まってもいいって思ってるくらいよ」
アリスは心の中では全くそんなことを考えていないが、つらつらと言う。
「へっ、変態。姉さんのお仕置きを受けられるのは私だけだ。姉さんにお仕置きされたいって人は多いんだぞ。でも絶対にさせない。姉さんのお仕置きは全部私のもんだ。だって、姉さんのお仕置きは姉さんの愛なんだから」
オーブリーはアリスに負けじと言い返す。
「おいおいオーブリー。こんな往来でそんなことを告白するなよ。恥ずかしいじゃないか」
「じゃあ今夜のお仕置き相手はこの戦いに勝った方にしてもらいましょう。エルルもそれでいいでしょう?」
「いや。私はオーブリー一筋だし……」
エルルは満更でもない様子だ。恥ずかしくて声が小さくなっている。
そんなエルルの声を打ち消すようにアリスは叫ぶ。
「オーケーだって。オーブリー。エルルを奪われたくないなら私を倒してみなさい」
とアリスは言った。
それを聞いたオーブリーの目の色は変わった。
「姉さんに愛してもらうのは私だ。アリス!」
キレたオーブリーは急成長したミントの葉に乗って、急接近してきた。
(オーブリーってエルルの関係のことになると超ちょろくなるのよね)
「姉さんは私のものだ。姉さんの愛は私が全部独占するんだ」
オーブリーはアリスの下までジャンプしてきて、徒手戦を仕掛けてくる。
徒手戦ではアリスの方が圧倒的に優位だった。
アリスは自分の背中から進行方向に向けて水を勢いよく噴出して、オーブリーに突撃する。アリスとオーブリーはミントの葉の上に着地する。
「大嵐波涛の構え」
を発動させる。オーブリーの顔面に秒間五十発のパンチを叩き込む。すぐにオーブリーの顔面を掴み、空中にぶん投げる。
「空じゃミント栽培できないでしょ。後、言っておくけど私はエルルみたいなきつい女には興味ないから安心しなさい」
ぶん投げて落ちていくオーブリーを追いかけるアリスは水面八岐大蛇を発動させて、八首の水流をオーブリーに叩きつけて突き落とす。
地面に叩きつけられたオーブリーはすぐには立ち上がれないほどのダメージを受けている。
アリスはセカンダリーを発動させて大技で決めようと考えたが、地上でオーブリーの後ろに近づく人影を見た。エルルかと思ったが、明らかに体格が違う。おそらく男性だ。
サソリの尻尾のようなものを臀部にぶら下げているのはフェミニナイツのスコーピオン。オーブリーを肩で担いでいる。
「おいクソオス。オーブリーを攫うんじゃねぇ」
細く束ねた水流を男目掛けて発射する。
男は素早く躱し、
「小生意気で激しこなピンク髪。お前がアリス・F・ミラーなりか」
とアリスのことを品定めしてきた。
「一難去ってまた一難ってか。クソったれめ」
(こいつが噂のフェミニナイツか。確かフェミニナイツは二人いたはずだけど。)
「我は皆とセッ〇スがしたいだけなり。パンツを脱いで股を開いてくれるならそれで解決なり」
「きめぇんだよ。変態が」
アリスはスコーピオンのあまりにも身勝手な申し出に腹を立てる。
「ムカつくなり。だけど我は冷静。共闘されたら厄介だからこの場ではしばらく動けないくらいの毒を注入してやるなり」
と言ってオーブリーをぶん投げて、臀部についている尻尾で突き刺した。
「なっ。オーブリーを刺した?」
「くくく。しばらく向こうで寝てるなり」
と言ってスコーピオンはオーブリーを向こうにぶん投げた。
アリスはオーブリーに怪我をさせないために素早く、彼女の下へと駆け寄り受け止める。
「弱ってる奴に不意打ちして毒を打って、その上ぶん投げるなんてね」
「お前も瞬殺してエルルもぶっ倒してヤリまくってやるなり」
スコーピオンは下卑た笑みを浮かべる。
「おい。性欲猿。貴様の願いがかなうことは永遠にない」
「お前は……なんでこんなところにきたなり」
とスコーピオンは狼狽していた。
「アリス。休戦しよう。それと頼みを一つ聞いて欲しい」
「なに?」
「遠くに離れた後、お前のオーラで応急処置をしてくれ。久しぶりに神拳Lを発動させる」
「あんたが神拳Lを?」
「安心しろ。制御できる。これは万が一にもオーブリーも傷つけないための対策だ」
とエルルが言う。
(神拳Lまで使うなんてマジでキレてるのね。あいつ)
「分かったわ。応急処置が終わった後、すぐに駆けつける」
「安心しろ。その間には終わっている。早く行け」
エルルに指示だしされたアリスはオーブリーを抱きかかえてその場を素早く離れる。
エルルは神拳Lを発動させた。
刃渡り三センチのカラスの羽状の刃物のプレートが幾層にも重なっている鎧を肉体に装着する。
「何だその姿は? それがお前のセカンダリーなりか?」
スコーピオンはエルルの形態が変化したのを見て、セカンダリーを発動したことを疑った。
エルルは首を横に振って否定する。
「お前ごときに本気など出すものか」
「強がりなりか? ここまで派手に外見が変わっているのにセカンダリーを使っていないのは嘘だ」
「最期に言いたいことはないか?」
エルルはスコーピオンの話をまともに聞かずに言う。
「傲慢なり。エルル。我の話を無視するとはなんだ。我の質問に答えるなり」
「お前の最期の言葉だから聞き入れてやろう。これはLGBTF家の名家五家に伝わる神拳の一つだ。神拳Lはこの中で最も強く、その他の四家のセカンダリーに匹敵すると言われている。つまりだ。セカンダリー並みに強いが、戦うのに普通に使用される神拳になるということだ」
エルルの説明を聞いたスコーピオンはありえないことを聞いて呆気にとられている顔をした。
「そんな馬鹿なことが」
「お前の体で私の神拳を学べ」
エルルは鎧についている刃物のプレートを一枚剥がしてそれを投げた。
「こんなものをいくら投げたところで簡単にかわせるなり」
普通の刃が普通の力で投擲されれば、当然簡単に躱せる。
スコーピオンは現段階では虚仮威しだと思っているのだ。
「刃よ。自らを律し、敵を切り刻め」
投擲されたプレートはエルルの言葉に反応したかのように微かに揺れた。次の瞬間、投擲されて落下するだけのはずだったプレートは勢いを取り戻した。否、加速してスコーピオンを追跡した。
スコーピオンは視界の端でプレートを捉えた。捉えただけでそれを躱したり、あるいは弾いたりするなどの防御行動は取れなかった。
それが意味するのはすなわち、彼の肉体が八つ裂きにされることを意味した。
「お前程度の力量ではこのプレートのスピードにはついていけないだろう」
とエルルは空中で切り刻まれて、落下していくスコーピオンに向けて呟いた。
エルルの戦いの一部始終を見ていたアリスはそのあまりもの圧勝にドン引きしたが、それをなるべく表面に出さないようにする。
「お疲れ様エルル。噂のフェミニナイツは肩慣らしになったかしら」
「ならんな。なまじ加減したせいでいつもより余計に疲れたくらいだ」
とエルルは涼し気な表情で答える。
一拍の間も空けず、エルルはアリスに問いかける。
「アリス。オーブリーはどうなった?」
「あいつの身体にオーラを注入して自然治癒力を活性化する処置と、外傷と体力消耗を補えるようにもした。やれる限りのことはしたけど、後はあいつ次第よ」
「うむ。そうか」
「ねぇエルル。オーブリーを助けてあげたからっていうわけじゃないけど見逃してくれたりしない? 私達はステラを助けたいだけだから」
「そのことなら心配する必要はない。私もお前達の仲間になろうじゃないか」
「えっ、エルルが?」
「不服か?」
「いや。そんなことない。ありがとうエルル」
「ああ。それと君の思いには答えられないから許して欲しい」
エルルはアリスの意図に気付いているようで冷やかすような笑みを浮かべる。
「ちょっと。あれは作戦だって言ったでしょ」
とアリスは猛抗議した。
(後はベルね)
「ねぇエルル。ベルを助けるのに協力して」
「虎原のことか。確かに私が出れば瞬殺できるだろう」
「虎原? なんでそこであいつが出てくるのよ」
「私と戦った後、似非トランスジェンダー収容所に連れて行かれたんだ。そこでフェミニナイツになるための洗脳教育を受けたんだ。二人しかいないフェミニナイツの新メンバーにして、最強の男だ」
「あいつってそんなに強いの?」
「私に神拳Lを使わせたからな」
「そっ、それなら猶更助けに行かなきゃ」
アリスの言葉に対してエルルは首を横に振る。
「お互いに師弟として、あるいは友として気持ちを通い合わせていた者同士だ。最期くらい、彼らに沙汰を任せるべきだ」
「エルル……」
「君がベルのことを本当に思いやっているというならば、この最期の戦いは決して邪魔してはならない」
「信じて待つしかできないってわけ」
「ああ。帰ろう」
ベル。怒涛の猛攻。変身してから数合の打撃戦までは拮抗が保たれていたが、それからはベルが圧倒するという一方的な展開になっていた。
(ここまで打ち込んでいるのに、倒せる気配がしない)
虎原は打たれる度に苦悶の表情を浮かべる。だが重い一撃を食らっていないためかダウンする様子はない。
「怪我が治りきっていないということもあるけど、それだけじゃないよ」
「お前の爆弾にもとうとう火がついたということさ」
「はぁ……はぁ……どういう意味だ」
「俺も本気を出す。死ぬなよ?」
虎原はセカンダリーを発動させた。虎の意匠の兜に金色の鎧を装着する。
ベルがどう戦おうか、思考を巡らせている瞬間に彼は後ろを取った。
ベルはそれに気づき、裏拳を彼の顔面に当てる。
虎原はそれに対して無反応だった。
一瞬湧いた感情を否定し、攻勢に打って出る。
虎原はベルの攻勢の初動に気づき、攻撃を止めさせた。
虎原はベルを掴み、ぶん投げた。
ベルは綺麗に着地し、虎原を睨みつける。
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