似非トランスジェンダー収容所編

第17話 似非トランスジェンダー刑務所

 八丈島空港。

 ベルとアリスはオーブリーを止めるために空港まで彼女を追いかけていった。しかしオーブリーの姿はない上に、八丈島の空港にある飛行機は全て破壊されていた。

「これでは追いかけられない。アリス、彼女がどこへ行くか心当たりはあるか?」

「ステラ、そしてそのフィアンセは似非トランスジェンダー刑務所に収容される。あいつが目指すとしたらそこだと思う」

 とアリスが言う。


「似非トランスジェンダー刑務所?」

 その名前を聞いたベルは少し怯んだ。


 似非トランスジェンダー刑務所。

 似非トランスジェンダー刑務所とはフェミニズム時代にそぐわない犯罪者、性別を偽った犯罪者が収容される場所。通称クソペ〇スビッツ収容所と揶揄されている。スローガンは「ポルノを食って生きろ」であり、そのスローガンを下に常人では長く耐えられない過酷な労働を強要するのだ。 


「そこに彼女達が収容されてしまったら死んでしまう。一刻も早く取り返さなければならない」

「そんなの知ってるわ」

「フェリーで行こう」

「そうね」

 とアリスはベルの意向を首肯した。


 ベルとアリスはフェリーが接岸している場所に向かう。

 ベルとアリスの姿を認めると、隊員がタラップを降りてくる。

「フェリーに異常はないか?」

「はい。エルル・L・ルルとオーブリー・B・グリーンが襲撃してきましたが、彼女達はフェリーで帰ることを考えているようで、我々は見逃されました」

「フェリーの機能には支障はないということだな」

「はい」

「すぐに出航しろ」

「しかしアリス・F・ミラーは我々の敵では?」

「私とアリスは和解した。敵ではないことは私が保証する。私とアリスが乗り次第、早く出航するんだ」

 とベルは隊員に指示する。

 ベルの言葉を理解した隊員は、船員達に説明しに行く。



 出航してしばらく。 

 虎原の時間稼ぎが成功しているようで、エルルが追いかけてくることはなかった。それに安心したベルとアリスは肉体のダメージを修復するために私室で眠ることにした。


 似非トランスジェンダー収容所。第十五房。

 逮捕されたカルメン・T・ヴィオラは似非トランスジェンダー収容所に収監された。しかし彼は元超A級フェミニスト。並の男など相手になるはずもなかった。そのため、彼は似非トランスジェンダー房第十五房の実質的なリーダーとなっていたのだった。

 そんなある日の夜のこと。就寝時間から一時間が過ぎた頃のことだった。

 男のすすり泣く声を聞いて彼は起き上がった。

「なんであんたは泣いているのよ」

「俺は……俺はこの国とこの時代に無性に腹が立っています」

「男が差別されるから?」

「男という存在のなにが悪いのか分かりません。男には誰かを愛する権利というものがないというのが悲しいです。男はチ〇チ〇だけで生きているんじゃないんです。チ〇チ〇と誰かを思う心で生きているんです」

「高城麗子はその男の性欲に注目して女性だけの国を作ろうとしているんでしょうね。そうじゃないと男をあそこまで苛烈に追い込む国は作らないわ」

 カルメンは囚人に心底同情した。

「泣いていてもどうにもならない。前を向かなきゃ」

 男はカルメンの言葉に頷くが、それでも割り切れない様子だった。


「どうしたんだい。リーダー」

 寝ていた囚人が一人むくりと起き上がっていた。

「この男が彼女と一緒にいられなくて悲しいってさ」

「お前。確か性行為非同意罪で逮捕されたんだっけか?」

「ええ。でも事実は違う。僕は性交の契約書を書いたんだ。でも彼女は他の男と付き合いたいから、僕の始末をするために嘘をでっち上げた。契約書を見せたら私文書偽造罪も加わって、余計に罪が重くなってしまいましたよ」

 と自嘲するように言う。



「俺もロリ〇ンもののエロ漫画を書いていたらP検に見つかってな。フィクションと現実の区別くらいついているって」

 と男は吐き捨てるように言う。


「そう言うなら俺はカー〇ックスして、それをパパラッチに撮られたぜ。しかもレ〇プしたって嘘をつかれてな」


「俺は家事は女の仕事だって言ったら異端思想啓蒙罪って言われて逮捕されたぜ。でも俺、家事も仕事も全部やってたんだけどなぁ」

 と囚人達は次々と起き上がり、自分達が捕まった理由を話していく。


「皆も辛い思いをしているんですね」

 と泣いていた囚人は自分だけがこの理不尽を経験しているわけではないという明るい気持ちになっていた。


「それでリーダーはなんで逮捕されたんですか?」

「私は同僚をからかったら全身の骨を折られて嘘の証言をでっち上げられたわ」

 それを聞いた一同はドン引きしていた。


「おれたちゃクソオス~。金玉ブラブラ肉棒おったつ負け犬さ~。ずっこんばっこん夢見るけど、腰振れず。ちん〇コ疼くクソったれ~。女の残り香嗅いで一万里~」

 外れた調子のオリジナルソングを囚人が歌い出す。他の囚人達も面白がって各々の歌を作り、歌っていった。


「貴様ら。就寝時間は過ぎているんだぞ。馬鹿な歌を歌っていないで眠るんだ」

 と看守に怒られた。

 カルメン達は互いに笑い合った後、眠りに就いたのであった。

 





数時間後。

「ベル様。お休みの所失礼いたします。リー様から暗号にて現況報告を受けました」

「リーから暗号か。解読は終わったか?」

「はい。要約いたしますとアンチフェミーの損害は幸い軽微。ステラ・G・スミス、プリンセス、フィアンセをフェミニストが捕獲したことを各種メディアを通して発表しています。プリンセスがどうなるかは分かりませんが、ステラ・G・スミス、フィアンセは似非トランスジェンダー刑務所に収容されることになっていると発表されました」

 と隊員は解読した暗号を要約する。


「静岡まで後何時間だ?」

「三時間もあれば着くかと思います」

「三時間か。静岡に着き次第、出来るだけ大量の飯をかき集めてくれ」

「分かりました。しかしアリス様の歓迎会を開いている暇はないかと思います」

「体力を一刻も早く回復するためだ。早く手配するんだ」

「はっ。分かりました」

 と隊員はベルの命令に即座に従う。



 静岡に到着。ベルとアリスは隊員が手配した店で大量にあるメニューを食しながら、今後のことについて話し合う。

「私達の治癒力ならこの食事と三十分の午睡をすれば最低限動けるようになる。体力を確保次第、速攻で似非トランスジェンダー刑務所を襲撃して二人を救助する」

「あんたには当然、ステラとフィアンセを切るという選択肢はないわね」

「そうだな。無茶させてすまないと思っているが……」

「あんたの無茶なんて今に始まったことじゃないし気にしてないわよ」

「ありがとうアリス」

 とベルは自分の無茶に付き合ってくれるアリスに感謝の意を述べた。



「襲撃するにしても、正面突破はまずいと思うわ」

「どうすればいい?」

「簡単よ。囚人の脱獄を手伝えばいいの」

 とアリスはとんでもないことを平気な顔して言い放つのであった。



似非トランスジェンダー刑務所。


「エルル・L・ルルがあんなに強いとは思わなかった」

「当たり前よ。アンチフェミーのリーダーかなにか知らないけど調子乗って無様に負けるなんて恥ずかしすぎよ」

「カルメン。そう酷いことを言わないでくれ」

「酷いこと、じゃなくて純然たる事実を言っただけ」

「アリスとは三年前から協力していたことだからな」

 と虎原は呟いた。


「あんたとあのピンクイノシシとの約束なんてどうでもいいんだけど、あんたが必死こいて逃がした二人はどうなってるわけ?」

「朗報か凶報か、期待して待てってところだな」

「なにそれ。私達にはあいつらの動向なんて関係ないことじゃないの」

 カルメンは含みのある言い方だということに気付きながらも、大仰に肩を竦めて理解していない振りをした。

「君はもう社会復帰がきわめて難しい人間になってしまった。だから身の振り方はある程度考えておいた方がいいかもしれないね」

 と虎原が言うのであった。


「だいぶ先の話、だけどね」

 とカルメンが答えた。

 それに対して虎原はなにも返さなかった。


「虎原龍。今から似非トランスジェンダー更生教育プログラムを受けてもらう。いいな」

「ああ。好きにしろよ」

 看守に呼びかけられた虎原は冷静に応じた。

「カルメン。元気にしろよ」

 虎原はカルメンに挨拶したが、彼がそれに答えることはなかった。


「ああ……気の毒に」「次ここに戻ってくるときにはあいつは、自我がないのかもしれない」

 と他の囚人達は虎原に同情するような声が聞こえた。

 カルメンは一言も発さずに、一切の身じろぎもせずにじっとしていた。

 


 静岡。臨時拠点アナグラにて。

 ベルとアリスは、静岡に一時的なアナグラを構えたリーと合流した。

「ベル様、アリス様お疲れ様です。中等部の頃からのご学友の二人が結束してアンチフェミニスト運動をできるということは感慨深いものです。私はリー・フェイロンと申します。普段はベル様の秘書、作戦の立案を兼任しております。アンチフェミーのことに関して不満や分かりにくいことがあれば私に聞いてください」

 とリーは挨拶をつらつらと述べた。



「あんた。まさかベルと親しい仲になっているなんてことないでしょうね?」

「私はベル様にそのような感情を持っておりません。虎原龍様にリーダーを託されたベル様にはただ、尊敬の念しかありませんので」

「そう。もしそういう関係だったら切り落とそうと思ってたところだったからよかったわ」

「背筋が凍りますね。それは」

 とリーは顔を引きつらせながら答えた。



「リー。私達は似非トランスジェンダー刑務所に向かう。君は隊員と共に私達の作戦遂行をサポートして欲しい」

「ご随意に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る