第15話 死闘八丈島
大嵐波涛の構えが発動した。アリスの体内に秘めていたオーラが劇的に増加。足に一転集中し、勢いよく地面を蹴り上げる。次は腕全体に集中する。大嵐波涛の構えとはオーラの集中する場所を動作と同時に高速で切り替えることによって、身体能力の強化を効率的に行っているということなのだった。
ベルはアリスの連打に対して一方的に守ることしかできなかった。クロスアームで受けるが、威力を殺しきれない。その猛烈な攻勢に彼女は徐々におされていくのだった。
(この速度では迂闊に手を出すことはできない。いや、手を出す隙すらない)
アリスはベルのガードをぶち抜き、決定的な隙を作るための一手を企んだようだ。オーラは腕から撃ちだす右拳に一極集中した。
(これを食らったら私は死ぬ)
両腕に更にオーラを練り込み、防御を固める。
アリスはベルがこの攻撃を受ける気だというのを見切っていた。オーラを込める場所をスイッチングして、ベルに揺さぶりを掛ける。
(フェイントか)
ベルは刹那の時に、どちらの拳で攻撃するかを見極めなければいけなくなった。見極めなければいけないが、彼女の動きに反応することができなかったのだ。
アリスはそんなベルの動きの硬直みたいなものを見極めたのだろう。フェイントを止めて、堂々とクロスアームのど真ん中に打ち込むことを決めたらしい。
ベルもベルで受けきるという覚悟を決めた。
結果。
ベルはオーラを集中させて防御するが、アリスのパンチはその防御を簡単に貫く。両腕に衝撃が響き、それで骨が折れた。更に勢いが収まることはなく、十メートル程吹き飛ばされる。
ベルはオーラで肉体の治癒力を活性化させて骨を繋ごうとする。
アリスはそんな隙を与えない。十メートルの距離を一気に詰めて、更に仕掛けてくる。
腕を使えないベルは足技で対抗することにした。アリスの動きに合わせて足を突き出して攻撃するが、その攻撃は全て躱される。
ゼロ距離まで距離を縮めてきたアリスは、またもや連打を再開した。
まともに受けられないと思ったベルは口から炎を吐き出してけん制する。
アリスは炎から身を守るために一瞬だけ回避行動をする。
その隙を突いたベルは、アリスから少しでも距離を取ろうとする。
アリスはそんな温い手には引っ掛からないと言わんばかりに、距離を詰めて連打を再開する。
(くらいたくないが腹を括るしかないだろう)
ベルはアリスの攻撃をノーガードで受けることにした。その代わり、オーラを自分自身の表面体温を高めることに使うことにした。
アリスがそんなベルの策に気付いたのは、五十発の連撃を叩き込んだ直後だった。
「やられるのを覚悟したってわけね」
アリスは火傷した両拳を見ながら不敵な笑みを浮かべる。
ベルは体中に撃たれた痛みを堪えながら笑みを作り、頷く。
「もうお前の拳は駄目になっただろう」
「拳は駄目でも私には海という武器がある」
アリスがそう言った瞬間、八丈島周辺の海水が彼女の下へと引っ張られていく。その水量は島の何分の一かを飲み込んでしまうかくらいのものである。
「おいおい。まさか……」
「神拳F。水流八岐大蛇(すいりゅうやまたのおろち)」
アリスは大量の海水を八首の蛇の姿へと変身させた。水の蛇はベルを執拗に追いかけてくる。
ベルは炎舞う蝶を使い、背中に炎の羽を生えさせて八蛇の追撃を躱す。距離を離した後は低空飛行しながら森の中へと身を潜めた。
(攻撃を封じることができたかと思えば、まさかあんなとんでもないものを隠していたとはな)
ベルはオーラを消してアリスに見つからないように息を潜めながら策を考える。
策を考え始めて、数秒後。アリスが八首の蛇の上に乗りながらベルの下へやってくる。
妙案が思いつくまで時間を稼ぐという甘い考えはすぐに打ち砕かれたのだ。
(あんなに素早く動けるとは)
ベルはアリスの能力を厄介に思った。
「ベル。逃げるなんてひどいんじゃない?」
「私だって黙ってやられるつもりはない」
ベルは八首の蛇の捕食攻撃から逃れつつアリスに反論する。
(さっきまであいつは龍の上に乗っていたはずだ。一体どこに?)
考えていると、躱した蛇の口の中からアリスの手が伸びてくる。
「まさか蛇の口の中に潜んでいたのか?」
アリスはにっと笑う。
蛇の口の中に引きずり込まれたベルは、激しい水流に飲まれて蛇の奥へと誘われていく。胃の辺りに到着したベルを待ち構えていたのはアリスであった。
「ここは私のフィールドよ」
ベルは水中なのに、アリスがなぜ話せるのか疑問に思ったが、酸素を無駄にしないために追究しないことにした。
アリスは龍の中の水流を操り、自分に有利に、ベルに不利になるようにした。その結果、アリスに一方的に攻撃されることになる。
(水の中から出なければ話にならない)
ベルはオーラで全身を包む。自分とオーラの間に空間を作り、そこで発火させて爆発を発生させる。爆発の推進力により、水蛇の中から飛び出す事に成功する。
水中戦でのアドバンテージを失わないために、水蛇の中を飛び出して追いかける。
ベルはアリスが飛び出した瞬間、空中で一瞬無防備になるのを見逃さなかった。彼女は爆発による推進力をコントロールして、アリスの後ろを取る。
それに気付いたアリスは振りむこうとするが、それより前にベルは
「烈火革命」
を発動させる。青色のレーザーがアリスの背中を焼き、地面に叩き落とした。
アリスが落ちるのを見ながらベルは緩やかに着地した。
その一瞬後。
アリスは大きく姿を変えて、ベルの下へと戻ってくる。
青色の天女の羽衣のようなものを纏い、髪は青色に変化している。それだけじゃない。腕に腕と同じ程度の長さの三叉槍が一本ずつ生えていた。最も大きく変わったのは、アリスから放たれるオーラだ。純度は遥かに高く、オーラ量も比べ物にならないくらいだった。
「これがお前の本気というわけか?」
「この姿はあまり長くもたない。無駄話は止めましょう」
アリスはその言葉の通り、速攻を仕掛けてくる。
ベルがそれに気付くのは彼女の攻撃を数発貰った後だ。
(今までのと次元が違う)
胃液と血を吐きながらもだえ苦しむ。
「まだまだぁ」
勢いに乗ったアリスはもうニ、三発ベルの腹部をどつく。
蓄積してきたダメージと今食らった強烈なパンチのダメージが合わさり、ベルは膝から崩れ落ちてしまう。
ベルは言葉を返す程の気力もなく、アリスをきっと睨みつける。
「さようならベル」
アリスはベルに止めを刺そうとする。
しかしベルもただでは食らわないと思い、体中にあるオーラを全て振り絞り、烈火革命を撃ち出す構えをした。
弱ったベルの発した未完成の烈火革命は、アリスの拳による風圧でいとも簡単に打ち消されてしまう。
ベルはアリスの一撃を無防備な状態でくらい、海辺に打ち上げられるほど高く飛ばされた。意識を失っている彼女は海中に叩きつけられるものの浮上することができなかった。
アリスはベルを追いかけて海辺まで行くが、歩みを止めた。彼女の本気によって生じた激痛と倦怠感という副作用にやられて動けなくなってしまったというのが正確だが。
「私は……この世で一番大事なものを失ってしまった……でも、私も……」
アリスは失ったベルに思いを寄せながら、自分の今後に関して暗い予想をしてしまう。
海中に沈み、意識を失っているベル。
彼女は生死の境を彷徨っていた。走馬灯で過去から現在までを一気に振り返る。
(私は革命を成し遂げなければならん)
使命を改めて意識した瞬間、意識はジェット噴射のように急激に回復を始めた。
海中を勢いよく飛び出したベルは、海水を勢いよく吐き出す。
「なにそれ?」
アリスはいきなり現れたベルの姿が大きく変化していることに戸惑っている。
ベルの身体の外側には赤々とした炎のようなオーラが常に放出されていて、そこから強力な熱気が放たれている。それだけではない。亜麻色の髪は朱色となり、アシンメトリーの髪は片目を隠している。パイレーツシャツとカーキー色のズボンというシンプルな装いから赤を基調とした衛兵隊を思わせる古めかしい隊服に無地のパンツというものに変わった。
「アンチフェミニスト神拳。論破の構え」
ベルは拳を丸めて、ボクシングスタイルで構えた。
「あなたのセカンダリーも中々のものね」
「時間がないんだろう。早くケリを付けよう」
「そうね。これが正真正銘、最後の戦いよ」
ベルとアリスは大技を放つ準備をした。
先に放ったのはアリスだ。
「血鮫遊泳」
赤色に変色した液体で作られた何千匹もの鮫がベルを包囲し、襲い掛かってくる。
それに対してベルは、
「業火革命」
を発動させた。自分を中心に炎のオーラによる大爆発を起こし、何千匹もいる鮫を一瞬で蒸発させた。
必殺技で両者が死にいたることはなかったがオーラの過剰使用により、二人はその場で倒れ込んでしまう。
「二人共死ななかったわね」
「最初からこうなると思っていたさ」
「ウソつき。最初なんて圧倒されてたくせに」
「それはだな。計算していてだな」
「ベルは相変わらず見栄っ張りなのね」
とアリスは穏やかに笑いかける。
「アリス。私はな、この勝負は私の勝ちだと思うんだよ」
「なんですって?」
「私の思い通りになったわけだしな。だから……仲間になってくれないか?」
ベルは最後、自信なさげに言った。
「まぁ終始私が圧倒してたけど、最後の方は巻き返してきてたからそれは認めてあげるわ」
「ということは」
「ええ。仲間になってあげるわ。少し休んだらプリンセスとフィアンセを逃がしましょうか」
と言ってアリスが話をまとめる。
「アリス。その必要はない」
疲労困憊しているアリスの目の前に現れたのは黒髪ロングで均整は取れていて、メリハリがある身体をしている少女とグリーンの瞳とグリーンの髪の快活そうな少女だ。黒髪の少女のオーラによって死にかけのステラと、プリンセス、そしてそのフィアンセは浮遊している。
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