第11話 超A級フェミニストステラ・G・スミス
彼女はオーケストラを指揮するマエストロの如く、手を振った。それに応じるように地球の重力はベル・ウララにのしかかる。
星の重力を支配する独裁者のようだ。それを自覚しているようで彼女の表情は自信に満ちたものとなっていた。
「星の支配者(ステラ・ドミニオン)。神拳Gの重力に囚われて逆らえた者はいない」
ステラは重力に押しつぶされているベルを見下すように言う。
「星の支配者……か。とても強力な能力だな」
「とてもじゃない。僕は最強なんだ」
「最強でなければならないと追い詰められているように見えるな。それだとかえって弱く見える」
とベルは言った。
ベルの言葉はステラの逆鱗に触れた。
「圧し潰してやる」
ステラは両手を勢いよく振り降ろした。
ベルを圧し潰す重力がより一層強くなる。骨のきしむ音が聞こえる。筋肉に酷い負担が掛かっているのが分かる。
「ぐっ……」
「ベル・ウララ。君は墓穴を掘ったんだ。自分の墓穴に入って死んでもらうよ」
「私はこの世界を変えるまで死ねん」
ベルの目にはまだ闘志が宿っていた。
それを見たステラは動揺する。
動揺しているのを察したベルはにやりと笑う。
「なにがおかしい」
「私は君に勝てる。なぜかそう思ったんだ」
ステラはベルの言葉を否定したくて仕方ないのか、首を横に振る。わずかな怯えの色が目の中にあり、ベルはそれを読み取ったのだ。
「アンチフェミニスト神拳。烈火拳」
ベルは全身の力を使い、ステラの顎目掛けて飛ぶ。しかし顎を掠めた瞬間、更に強力になった重力場がベルを叩きつけた。彼女は地面に這いつくばらせられる。
「僕には逆らえないんだよ。君は」
「支配者の首までもう少しだ」
「やかましい。ぶっ殺してやる」
「君が躍起になっても私は潰せない」
「潰れろ」
やけになるステラ。その中を緩やかだが、確実に一歩ずつ進んでいくベル。
二人の傍から見える姿と、実際の心の動きは対称的だった。
怯んだステラは思わず、その場から逃げ出した。
ベルは重力の拘束から解放された。逃げ出したステラを全速力で追いかける。
「さぁ支配者。今度は民衆が君を追い詰めるとしよう」
「これでぶっ潰してやる」
ステラはストロベリー幸房の店舗の外壁に触れた。するとストロベリー幸房が地面から離れて空中を浮遊する。
「オーラで防御を固めることだ。僕のこいつに全てのオーラを注ぎ込む」
ステラは腹を括ったようだ。ベル・ウララには小細工が通用しないことに気付いたようだ。
ベルもそれを見て、機嫌を良くする。
(怯えや焦燥に駆られているより数倍綺麗な顔をしている)
「ステラ。私は防御するなんてしない」
「まさかこの建物を正面突破する気?」
「ああ。アンチフェミニズム神拳。烈火革命」
ベルは両方の掌から出したオーラを集めて、圧縮していく。それは赤色から青色になる。巨大なストロベリー幸房を焼き切るレーザーを発射したのである。
ストロベリー幸房を包んでいたステラのオーラは焼き切られ、建物本体に侵食していく。ベルの烈火革命はストロベリー幸房を焼き切ったのである。
「烈火革命を使ったのは久しぶりだな。流石超A級フェミニストだな」
「まさかこの僕が負けた?」
「どうだ。全力を出して負けた気分は」
ベルは心地よい疲労感に包まれながら、近くで倒れているステラの下に近づく。
「最悪な気分だよ。あれだけ大見得を切ったっていうのにこの様だとはね」
「本心は違うようだな」
ベルは先程見えた怯えの色がすっかりなくなり、全てを出し切った後特有の甘い疲労感をまんざらでもないと思っているステラの顔を見ながら言う。
「殺せよ。僕は生きて帰るつもりはない」
「私は殺すつもりなんてない」
「G家とT家の話は知ってるだろ」
「ああ」
とベルは頷く。
話はフェミニズム時代成立前に遡る。フェミニズム時代成立最大の事件になったのはクソオス狩りであり、クソオス狩りで最も功績を残したのがL・G・B・T・Fの五家である。L家、B家、F家は英雄的な活躍を見せてクソオスを駆逐していく。しかしG家とT家の人間は男性を愛してしまった。それ故に五家の間で不和が生じてしまう。G家とT家はクソオス狩りに対抗するものの敗北した。G家とT家は男性を愛した該当者を処分することで許されて、五家として存続し続けているのである。
「裏切り者の汚名を晴らし、五家の中でトップになれば僕の屈辱は終わる」
「どういうことだ?」
「今の話で分からないかい」
「ああ」
「僕は超A級フェミニストの中では最弱さ」
「超A級フェミニストの人数は?」
「五人」
「そうか」
「僕も話せることは話したし……さぁ一思いにやってくれ。敗北者の人生にケリをつけてくれ」
「成程。つまり私が君の命をいただくということだな」
ステラはこくりと頷く。ベルに殺されることを覚悟したらしい。
「なら君を持ち帰るとするかな」
倒れているステラを軽々とお姫様抱っこする。
「ちょっと君はなにを考えてるんだよ」
「君の命は私のものだと言っただろ。だから持ち帰ろうと思ってな」
「なにを考えてるのさ」
「ステラ。私と一緒に世界を変えよう。今の世界は理不尽に満ちすぎている」
「僕が君と組んだところでなにもできないよ」
「大丈夫だ。君と組めば勝てる。私を信じて、私の下に来い」
「まっ、まぁ。君についていくのは悪くないとは思うけどさ」
「よし決まりだな」
ベルはステラと共にその場を離れようとすると、ストロベリー幸房の店主が帰ってくる。
「おいおい。こりゃド派手にやってくれたな。ベル・ウララ」
「その、だな。店主。もっ、申し訳ない」
「店は弁償するよな?」
「時間はかかるかもしれないが必ず弁償する。今日のところは勘弁して欲しい」
ベルはステラをお姫様抱っこで抱えながらその場を逃げ出すのだった。
フリージェンダー学園地下。フェミニスト軍事戦略立案室。
「ステラが負けるとはねぇ」
カルメンはステラの敗北という一大事を楽しんでいるかのような口調で言う。
「プラム少尉。今回の責任はあんたにある」
アリスは普段秘めている激情を解き放ち、プラムに詰め寄る。
「あっ、アリス・F・ミラー。落ち着きなさい。超A級査定といえども学生フェミニストですよ。分をわきまえなさい」
「てめぇみたいな馬鹿指揮官に動かされたら私達は全滅するだろうがよぉ」
アリスは権力をちらつかせるプラムに対して更に食らいつく。
「落ち着くっすよ。アリス」
オーブリーはアリスとプラムの間に割って入る。
アリスはいつの間に入れられたのかと、動揺している様子である。
「そうだ。見苦しいぞ。アリス」
「あんたは会議に出た時でも仏頂面で黙り込んでいるのが常だって言うのにどういうつもり?」
「思ったことを言っただけだ」
アリスの問いに黒髪黒目の少女は答える。彼女の髪は艶やかで、目は涼しい。肉体の均整はよく取れているが、身体にメリハリがあった。
名前はエルル・L・ルル。超A級最強のフェミニストである。
「そうだよ姉さん。今日はどうしたの?」
「ステラを倒したと聞いたんだ。アリゾナ少尉。ベル・ウララのことだが……私が出るか?」
とエルルはプラムに問う。
「いいえ。今度は私が行くわ」
「お前が?」
エルルはアリスの発言を意外と思い、驚いていた。
「あんたとステラの実力は大して変わらないわ。むやみに恥を晒さなくてもいいじゃないの」
「あんたは確かにステラより強い。私をステラと同じと言うなら……あんたは私より強いっていうことになるけど?」
「当たり前。私が三位であんたが四位でしょう」
「あんなのはオフィシャルじゃない」
「客観的な事実に基づいているランキングじゃないかしら」
アリスの堪忍袋の緒は切れたようだ。
「ねぇカルメン。あんたと私とで賭けをしない?」
「賭け?」
「負けた方が似非トランスジェンダー刑務所に行くの。面白い話でしょ」
「己惚れるのも大概にしなさい」
「私はあんたを仲間だと思っているから提案しているの。知ってるのよ。あんたに疑惑がかかってるって」
「無礼な。今の発言を取り消せ」
「取り消さねぇよ。舐めるなよ。オカマ野郎」
「オカマは時代遅れの差別ワード」
「大嵐波涛の構え」
アリスが構えるのと同時に、カルメンの視界から消えた。
「あいつはどこに」
「ふん。私以外には見えていないか」
エルルの口角が上がる。
「姉さん。私にも見えないですよ」
エルルはオーブリーの問いに答えず、肩を抱いた。
エルルとオーブリーの雰囲気が良い瞬間になり始めて十秒経つか経たないかくらいの時、全身の骨を砕かれて気絶しているカルメンと、カルメンの頭を踏み砕こうとしているアリスの姿があった。
エルルはアリスが気付けない程の速度で接近し、羽交い絞めした。
「そこまでだアリス」
アリスは振り解こうとするが、エルルの膂力に逆らえず、次第に動きが緩慢になる。やがて動きは完全に止まった。
「カルメンが似非トランスジェンダーだっていう証拠は揃ってる。プラム少尉。手続きをしておいてください」
「えっ、ええ」
「姉さん。アリスは今なにをしたんですか?」
「単純に秒間五十発のパンチを打ち込んだんだ」
「そんなことが人間にできるんですか?」
オーブリ―はエルルの解説が受け入れられず、驚いているようだった。
「速さに特化すれば誰にでも出来る。オーラの基礎がしっかりしていなければあそこまでの速度は出せんがな」
「姉さんは勿論できるんですよね」
「馬鹿なことを聞くな。そんなお前にはお仕置きしてやろう」
「で、エルル。私の実力はどうかしら」
「好きにしろ」
エルルはオーブリーの手を取り、その場を去っていった。
「じゃあ次は私がやるから」
「アンチフェミーになにか動きがあったらあなたを推薦します」
プラムは今起こった出来事のショックから脱し切れていないようで、上ずった声で返事した。
溜飲が下がったアリスも会議室を出たのだった。
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