第9話 アリス・F・ミラー

 快楽に飢えた獣と化した女性とカメラマンは正気を失っている。

 動きが単純なお陰でベルに致命傷を与えることは出来ていないが、それでも彼らは懸命に食らいついてくる。



(動き自体は単調だが、ここまで食らいついているとは正直予想外だった)

 そう思うのも無理はない。神拳の使い手ではない素人がここまで食い下がっているのは異常だ。この現象が起きている理由として考えられるのは、本来解除してはいけないリミッター解除を強制的に行っているからであろう。つまり火事場の馬鹿力を常に発揮し続けているのだ。




(二人を倒すのは容易いが……)

 一般人である彼らを傷つけない方法はないかと考えていた。

 その考えている一瞬を突かれた。

 

 女性とカメラマン達の華麗な連携攻撃によりあっという間にピンチに追い詰められてしまうのだった。

「ベル・ウララ。彼女達を倒さなきゃお前達が死ぬぞ!!!!」

 阿部貞子は防戦一方になっているベルの様子を見て、気分を良くしている様子だ。

 その一方でベルは、先程の連携攻撃でかなり体力を消耗してしまっていた。しかしベルは彼女達を傷つけない方法を模索していた。




「お前達。ベル・ウララを殺したら脳みそが飛ぶくらいの快感を注いでやろう」

「あれを越える快感!!!!」

「ああ。我らを快楽廃人にする気か!!!!」

 モデルの女性とカメラマン達を大いに喜ばせる。

 喜び過ぎたあまり、更に脳のリミッターが解除されて能力を扱えるようになるのだった。




「ベル・ウララ。私達の快感のために死んでちょうだい」

 女性は腰に携えていたレプリカの剣を振り、ベルを袈裟切りに斬ろうとする。

 最初レプリカだからと甘く考えていたベルであったが、質量や雰囲気でそれが本物の剣と変わらないものだというのに気付いた。




 反射のように機敏に反応し、攻撃から逃れる。

 しかし後ろにはカメラマン達が回り込んでいた。

「熱き肉の壁(ファイアペ〇スウォール)」

 彼らは五人で肩を組み、ベルを囲い込むように動いた。

 

 最初は圧力に驚いていたベルであったが、ただ肩を組んで、取り囲んでいるだけだということに気付いた。男性の急所を的確に狙い、ノックダウンする。


「さて。ビキニアーマーガール。こんな馬鹿なことは止めるんだ」

 ベルは女性を説得し、正気を取り戻させようと考える。


「私は阿部貞子様の鞭の奴隷。あなたの説得になんか応じない」

 と女性は決意表明し、ベルの説得を拒絶した。

「ぐっ」

 ベルは駄目かと諦めかけた瞬間、カトケの会場を飲み込む水の波涛が発生する。

「これほどの水を引っ張ってくるとは……超A級フェミニストアリス・F・ミラー!!!!」



「P検。一般人を巻き込むなんてしょっぱいことは止めなさい」

 アリス・F・ミラーと呼ばれたピンクブロンドとエメラルドの瞳を持つ少女は波涛の中を裂くように現れた。更に彼女はベルに斬りかかろうとしている女性に、すれ違いざま十発の拳を叩き込む。それらは全て急所に当たり、女性は絶命した。

「これはP検の正当な仕事だ。これを妨害するというなら異端者容疑で逮捕するぞ」

 阿部貞子はぴーぴー吠えるように食いかかる。

「B級中位の半端者が。部下と一緒に消えろ」

 アリスが睨みをきかせると、それにビビった阿部貞子は部下を引き連れて引いていった。





「ベル。クソオスとそれに媚びている女なんかを守ろうとするから死にかけるのよ」

「かもしれないな。しかし無辜の民は放っておけん」

「彼らも黒よ」

「彼女達はコスプレを楽しんでいるだけじゃないか」

「下品すぎるのよ。ビキニアーマーは」

 アリスは赤面しながら言った。




「しかし……君には感謝しかないよ。まさか私の方を助けに来るとは夢にも思わなかった」

「ベル。一つ、質問に答えてくれる?」

「聞こう」

「今からでもフェミニスト側につく気はない?」

「フェミニストに迎合するのは外道の道理」

 とベルは答えた。


 それを聞いたアリスは、成程ねと小さく呟いた。その次の瞬間、目の前から彼女の姿が消えた。

「あっ、アリスっ」

「後ろよ」

 ベルは声のする方を振り向くと、そこには右手でベルのパンツをつまんだアリスが後ろに立っていた。




「なんで私のパンツをお前が? これはなにかのマジックなのか?」

「マジック? いいえ。スピードの差よ」

「なんだと!」

「私あなたが気付かないくらいのスピードであなたのジーンズを脱がせてもう一度履かせたの」

 そう言われてみて改めて意識してみると、自分の股がスースーすることに気付いた。

「このパンティーにはベルのフレーバーが染み込んでいる。ああ……可愛いらしい」

 アリスが興奮気味に言う。


「変態か。お前は」

「これでも全力は出してない」

「なんだと」

「それに私より強いフェミニストは後二人いる」


「それで私に諦めろと言うのか」

「最後のチャンスよ。私の下に戻ってきなさい」

「断る」

「殺す」

 そう言った瞬間、全身から先程と比べ物にならない程のプレッシャーが放たれた。


「アリス。君は確かに私より強い。だがそれが諦める理由にはならない」

 ベルはアリスの放つプレッシャーに堪えながら言い返した。


「さすがの覚悟ね」

 アリスはベルが覚悟を決める姿を見て、それを認めた。


「ああ」

「今日のところはその覚悟に免じて見逃してあげるけど、次会った時は覚悟しなさい」

 とアリスが言う。

 アリスの台詞は次まみえた時に、どちらかが死ぬことを示唆するようであった。

 固唾を飲み込み、それに頷く。


 アリスは踵を返して、颯爽と去っていったのだった。

 ベルは取り残された女性、カメラマン、P検の隊員達の後始末をしたのであった。


 フリージェンダー学園地下。フェミニスト軍事戦略立案室。

 超A級フェミニスト達による会議が行われていた。






「今回の議題はバレンタインデーに販売されるYou’reハーモニーのユアハモママの台詞が書かれたチョコレートの販売についてです。このチョコレートの販売に問題がある理由は単純で、ユアハモママの台詞が異端思想啓蒙罪に抵触するからです」

 議題を提起したのは、自衛隊の少尉でジェンダーフリー学園の教頭をしているアリゾナ・プラムだ。




「どの部分が抵触するか、具体的な説明をしてください」

 説明を求めたのは超A級フェミニストの一人であるカルメン・T・ヴィオラである。心は女性、体は男性のトランスジェンダーであった。




「具体的な台詞の一つとして”女は常に女と戦うもの”や”女はだめな男に尽くさずにはいられない”などジェンダーバイアスを加速させる発言が多々見受けられます。このような発言は異端思想啓蒙罪にあたるかと思います」




「たしかにそれは異端思想啓蒙罪に抵触すると思うけど、なんで私達が徴集されるんですか?」

 率直に疑問を呈したのはオーブリー・B・グリーン。赤色の目に緑の髪をしている童顔の少女だ。




「B級上位のニセス・フェイスも倒されたわけだし、それこそわたしたちが直々に出向くしかないってことか」

 カルメンが話に理解を示す。




「それなら僕が行こうか?」

 立候補したのはステラ・G・スミス。短い黒髪と、小麦色の肌にパープルの瞳を持っている少女である。




「つまり、ベルを想定しているってことよね?」

 とアリスは問う。

「そうですね。ベル・ウララはアンチフェミニストの特記戦力として認定されました。よって我々で対応すべきかと」

「それならステラと私で行くわ」

「君はベルに気があるみたいだね」

「あんた一人で行って負けたらしゃれにならないのよ」

 アリスは断るステラに反論をぶつける。




「負けないよ。星の力を支配しているんだから」

「あんたの力は十分分かってる。でも……」

「勝つから安心しなよ」

 ステラはアリスの話に応じようとせず、会議室を出て行ってしまった。

「あの馬鹿。やられても知らないから」

「やられたら自己責任っすよ」

 オーブリーはステラの無謀な行為に対してなにも思っていないようで素っ気ないことを言う。




「そうよアリス。あの子だって仮にも超A級フェミニスト。B級上位にギリギリで勝っている奴程度に遅れを取ることなんてないわ」

「そうだと……いいわね」

 アリスは静かに拳を握りしめたのだった。

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