第7話 アンチルッキズム神拳

「これ以上の横暴は止すことだな」

「勘違いしないでくれる? 私直々にこいつ等を処してやろうとしているだけよ」

「十八世紀じゃないんだ。断頭台で死刑執行するのは目に余る」

「じゃあお目々をくり抜いてしまえば関係ないことねぇ」

 ニセスは対象をベルに素早く切り替えて攻撃してくる。

 ベルはそれに怯むことなく、紙一重で手刀の突きを躱した。

(五指の関節が異様に柔らかい特異体質か)

 と理解した。


「あたくしのアンチルッキズム神拳は指をドリルのように回転させて、全ての顔面に等しく価値を与える拳法。新たなフェミニズム世界に必要な崇高な神拳よ」


「お前は心が不細工だな」

 ベルはニセスの考えを冷ややかに批判する。

「あなたは小卒だから学がないのねぇ〜」

 ニセスもベルの痛い所を突き返す。


「ぐっ」

 これに関しては一概に否定できなくなり、言葉に詰まってしまっていた。

「学があろうとなかろうとブサイクといったあなたにはお仕置きが必要ね」

 両手の五指を回転させながら、喉を狙う突きを繰り出してくる。

 ベルは突いている腕を斜め上から叩き落とし、腕を取った。そこから立ち関節技へとスムーズに移行して腕の関節を極める。


(勝った)

 と思ったベルを見て、ニセスは不敵な笑みを浮かべる。

「甘い想定ね」

「なにっ」

「腕を極めれば私の持ち味である突きを封じ込められると考えたんでしょ〜。でもね。私は全身の関節が三百六十度回転する特異体質よぉ」

 と言って首や手やら、腰やらをぐるぐる回しながら哄笑した。

「なに〜」

 ベルは想定外のことに驚いてしまい、虚をつかれてしまった。

 ニセスは全部の関節を百八十度回転させ、姿勢そのままに後ろにいるベルを見据えた。


 そのルックスにドン引きしたベルは思わず引き下がったが、ニセスは逆立ちしながらダッシュで追いかけてくる。


「とんでもないな」

「脚は腕の三倍の力があるっていうじゃない。あたくしは特異体質のお陰で足をお手々みたいに動かせるのよ。つまり史上最強の格闘家の完成っていうわけ」

「腕は足ほど強靭ではあるまい」

 ベルはニセスの姿勢を崩すため、腕にローキックを入れようとするが、手を勢いよく押してジャンプするのだった。

「なっ」

 動揺するベルを更に猛攻撃する。両足を拳のように突き出してくる。奇抜な足技に狼狽したベルであったが足を掴んで動きを止める。

「かかった」

 ニセスは獲物が罠にかかったことを喜ぶように叫んだ。

 足の五指が猛スピードで回転し、ベルの肉が抉られる。

「当然だけど足の指も回転する。それはもちろんわかっていたわよねぇ?」

「理解しているさ。わざとさ」

(見栄ではない。手の指が回転するなら足の指も回転することは予想に難くない)

「でもその予想ってケーキよりも甘いわ。みんなもそう思うでしょ〜」

「アンチルッキズム拳法の秘技『アタクシドリル』がさくれつするのかぁ〜」

 司会の声を聞いた瞬間、周囲の観客は興奮し始める。

「オーディエンスに応えるのもフェミニストの役目……悪者よ。短い一時だけど楽しかったわ」

「人殺しがヒーロー面するな」

「クソオスの駆除はネオ日本人民の義務。納税と同じくらい大切なのよぉ。アタクシドリルゥゥゥ」

 ニセスは全関節が一定方向に回転することによって生まれた力によって激しく回転した。

 ベルは回転に耐えきれず、ニセスの回転に圧倒されて上方向に吹き飛ばされてしまう。


「楽しかったわよ。ベル・ウララ」

 空中から落下している時にしたり顔をしているニセスの顔を見た。その次の瞬間に、尾宗好雄と山田久志の絶望する顔が見えた。

(私は理不尽に苦しめられている人達を助けるために今戦っているんだ)

 ベルの心の中に熱い真っ赤な炎がほとばしるのを感じ取れた。

「アンチフェミ神拳。燃え舞う蝶」

 ベルの背中にはにわかに炎の羽が生えた。それを使い、空中を巧みに滑空しながら着地した。


「空を飛んだ、ねぇ。そんなパフォーマンスをしたところで結果は変わらないわ」

 ニセスは上空から突進してくるベルに対して身構えた。

 それを見ても彼女は怯むことなく、ニセスに目掛けて突っ込む。

「頭からくり抜いちゃうわよ〜」

「私に触れるものならな」

 ベルは腕を伸ばして重ね合わせた手を突き出す。彼女は指から発火し、全身を炎で包み込んだ。

「げげげぇ。脱出ぅ」

 ニセスは服に火が燃え移る前に、チュチュを素早く脱いだ。股間部にアヒルが付いたチュチュは無惨に燃えてしまったが本体は無事であった。


 しかしニセスは公衆の面前で、パンティー一丁になる恥をさらしていた。

「きぃ〜。やられたぁ〜。なんて下品な攻撃なの。ベル・ウララ」

「今のお前の格好のほうが下品だぞ」

「なんて破廉恥なことを」

「ニセス。お前、なんであるんだ?」

 ベルは困惑していた。

 ニセス・フェイスが有名になったきっかけが涙の去勢戦線である。

 それはフェミニズム時代が始まった直後のことである。男狩りに燃えていたフェミニストに、従順していると見せかけて仲間を守るためにフェミニスト警察に捕まり、自分の竿と玉を捧げて仲間を守ったという話である。

 これはフェミニズム時代に認められた唯一の男気である。


「うっ、嘘よ。ベル・ウララの策略よぉ。騙されないでぇ」

 と市民達に向けて弁明する。

 

「ご立派なものがついているぅ」

「大きい玉もだぁ」

 ニセスのカリスマに惚れ込んでいた市民達は涙の去勢会見が嘘であったことを知り、深く絶望したのだった。


「にっ、ニセス・フェイス氏が竿と玉を残していたことには衝撃を受けましたが死刑は引き続き執り行われます……」

 母武は最低限のアナウンスをすることしか出来なかった。

「自分は極刑ものの嘘をつき、素知らぬふりをして処刑しようなどと……貴様の道理は外道の道理」

「ちっ、違う〜。あたくしはこころは乙女なのよぉ〜」

「司会。クソオスの定義とは?」

「ペニスがついている人を指します。インターセックスの場合は申請すればクソオス認定を逃れることはできますが、ニセス氏はトランスジェンダーだと申請しています。トランスジェンダーの場合はごく一部の例外を除き、性転換手術を受けなければなりません」

「つまり今の司法はお前には味方しないということだ」

「アババパバ。げっ、げと死んでたまるかぁぁ」

 女走りで絶叫しながら、ベルの下に走ってくる。型も見てくれもない素人みたいな殴り方をしてくる。ベルはそれをやすやすと躱し、

「殴るとはこういうものだ。烈火拳」

 ベルの魂の必殺、烈火拳を浴びせた。フィニッシュパンチを叩きつけた後、大爆発が起こりニセスは吹っ飛んでいった。



「さて。警備主任がやられたわけだが悪趣味な公開処刑を続けるつもりか?」

 この場で最強のニセスが倒されたことにより、相当モチベーションが萎えたのだろうか。

 みんな引き返していく。


「助けてくれてありがとう。君も擁護してくれて嬉しかったよ」

 ああとベルは頷く。

「僕は先生の書くおっぱいが守りたかっただけですから」

 尾宗もまんざらでもないような顔を浮かべる。

「資格のない人間が弁護士を自称するのはアウトだけどな」

「ははは。ベルさんは痛い所を突いてくるなぁ」


「では二人共、アンチフェミーは君達の活動を陰ながらに応援しているよ」

 ベルは背中を向けてその場を去っていった。


 フェミニズム界には通常の司法で重罪とされる殺人罪や強盗の他にも性別詐称がある。クソオス共が迫害から逃れるために嘘の性自認をしてシステムを混乱させたからである。 

 よってトランスジェンダーの振りをしていたニセス・フェイスは性別詐称の人間を更生させる学外施設、似非トランスジェンダー更生所に投獄されるのだった。

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