第4話 トランスウエイト

 七日後。

 試合前の計測日。

 ベル・ウララは更生施設から出て、学園の保健室にある体重計で体重を測ることになった。

 体重測定を担当するのは、ベルに対して裁判するぞと怒ったアリゾナ・プラム養護教諭である。彼女は中等部のクラス担任と養護教諭を兼任しているのである。


「お久しぶりですね。ベル・ウララさん」

「プラム先生。相手側の体重、明らかにオーバーしていません?」

 とベルは隣にいる選手に違和感を覚えて突っ込む。

 そう。隣の選手はベルより明らかに大きい。サイズ感で言うと子供と大人くらいのレベルである。その時点で体重に明らかに差があるということが十分に分かる。しかしそれだけではない。胸筋から上腕二頭筋、三角筋、腹筋とだらしないところがない。よく絞られたボディービルダーのような恵まれた体であった。


「相手選手に対していちゃもんを付けるというなら試合自体を取り消しにして更生施設での労働を十年にしますよ」

 とプラムが言うのであった。

「とっ、とりあえず体重を測りましょう。そうすれば私の言っていることが正しいことが分かると思います」

 とベルは体重を測ることを促す。

「ではベル・ウララ選手から体重を計測してください」

 プラムが体重計に乗るように言うと、ベルは体重計に乗った。

「ベル・ウララ。104ib(約46.8kg)。計測合格です」

 ベルはホッとした。


「ではライ・ヤヴェイロン。体重を計測してください」

 プラムに言われたライ・ヤヴェイロンは体重計に乗る。

「ライ・ヤヴェイロン。200ib(90kg)。計測ふごうか……」

 プラムが不合格と言いかけたところ、ライ選手が抗議してきた。

「私は体重105ib(47.25kg)と自認しています」

「分かりました。ライ・ヤヴェイロン選手は体重105ibだと自認しているので計測合格です」



「アウトだろぉぉ。あんたらはボクシングを馬鹿にしている」

「今の発言はトランスウエイトの女性を侮辱する行為ですよ。謝罪してください」

「いやいや。頑張って減量してきている選手がいる中で、それはおかしいよ」

「おかしくありません。105ibだと自認しているのでそれでいいのです」

「こんなのアウトだよ。アウト」

 プラムはベルの抗議を一切聞かなかった。


「ベル・ウララさん。これ以上抗議するというなら試合を放棄したとみなして不戦敗にしますよ」




 ベルとヤヴェイロンの二人は地下にあるリングに移動した。しかしリングはベルが普通にイメージするものと異なっていた。リングはロープで繋がれていない。この様相は闘技場という言葉がぴたりと合っていた。異様な点といえば、地面の砂の色がカラフルだということである。

(土に色を付けたのかな? でも、なんで?)

 

「あんた。地面なんか見てる余裕あるの?」

「ヤヴェイロンさん。体重測定の不正を認めてください」

「ねぇ。あんた、この砂の色の意味わかる?」

「なにを言っているんです?」

「私達はレズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クエスチョニング、インターセックス、アセクシャル、色々でしょ。砂をカラフルにした理由はごちゃ混ぜにしたものを受け入れてしまおうっていう話なのよ」

 ヤヴェイロンは得意な顔をして話す。


「それとこれとなんの関係があるっていうんですか?」

「もう一つの意味は異端者の血の汚れを目立たなくするためっていう意味があるの」

「脅しですか?」

「この勝負は異端者のあんたを地獄に叩き落とすために仕組まれてたってことさ」

 ライは拳が顔の所に来るように腕を上げて構える。

(とうとうくるか。というか、これボクシングでもないじゃん)

 

 そう考えていた瞬間、ヤヴェイロンの筋肉が急激に肥大化していく。大きさで言えば子供と大人から、子供と化け物のサイズ感に変わった。でかさも絶望も何倍に増したということである。


「この雑魚はラウンド二十秒でK.Oだ」

 ヤヴェイロンは会場にいるオーディエンスに宣言する。

 会場はそれに対して大盛り上がりする。

 それを聞いて気分を良くしたヤヴェイロンはダッシュでベルに襲い掛かる。


(これを柳のように受ける……なんてできない)

 ベルは一撃でも喰らったら死ぬと思い、龍に教えてもらったことを実現できずにいた。

 逃げる。逃げる。ひたすら逃げて、ヤヴェイロンの攻撃を喰らわないようにした。



「おいおい。打ち合えよ。逃げ回ってちゃああんたは勝てないぜ」

 ヤヴェイロンの言葉に観客も反応する。


(あんたの自己満になんて付き合ってられない。でも、いつまでもこのままだったら私が逃げるのは確か。どうすれば)

 ベルはとうとう距離を詰められてしまい、大砲のようなストレートを食らってしまう。

 ベルはやられた瞬間、やっぱりかと思った。おおよそ見ただけで分かる。体重二倍差以上の重量と、それを活かした最大威力のストレートはベルの細腕のクロスアームガードを貫通した。

 骨の折れる音が聞こえた。その後、体が大きく吹っ飛び、会場の壁に身体を強く叩きつけられる。

「ふん。他愛もないねぇ」

 ベルの視界が霞む最中、ヤヴェイロンの笑う姿が見える。

(なに嬉しがってるの? こんなの勝てて当たり前じゃん。馬鹿じゃないの)

 彼女はヤヴェイロンのトランスウエイトや、それを受け入れる理不尽な校風に腹を立てていた。


 

「さて……」

 ヤヴェイロンが拳を振り上げているのがわずかに見えた。

(これくらったら絶対に死ぬな)

 と思いながらも行動できずにいた。理不尽なほど強烈な一撃が、ベルの立ち上がる気力を削いでいたのだ。



「待ちなさい肉だるま」

 と言ってベルの眼前に立ちふさがり、彼女を庇う者の影が見える。

(私を庇おうとするのは誰?)

 なんとしてでも目撃しなければならないと思ったベルは、意識が遠ざかる中、その流れに逆行するように目を見開いた。

(アリス?)

 

 ベルは学校側の体制に染まりきっている親友が自分を守るように立っていることに驚いていた。

「ベル。棄権しなさい。私が必ずあなたを助けるから」

 アリスは弱り切っているベルに慈悲を与えるように提案する。

(その気持ちだけで充分だ。)

 ベルの心は人の優しさに満たされた。血液のようにそれは巡り、彼女を奮い立たせる。


「アリス。その提案は断る」

「ベル? 立ち上がるな馬鹿」

「この勝負は降りられない」

「なんでよ。あんたには勝ち目なんてない」

 アリスの言葉に対して、ベルは首を横に振る。

「違う。そうじゃない。私は勝つ。そう決めた」

「ベル。私はあんたのことを信じてもいいのね?」

 ベルはこくりと頷く。


 アリスはベルの言葉を信じて、客席へと戻っていった。

「ベル・ウララ。奇跡の復活! アリス・F・ミラーの乱入に続き、今日の試合は番狂わせの大盤振る舞いだ」

 実況はベルの奮闘に興奮したのだろう思わず、大盛り上がりする。



「まさか立ち上がってくるとはね。加減しすぎたかな」

 侮るヤヴェイロン、静かに睨むベルが相対した。

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