第3話 アンチフェミニスト神拳


 学園裁判で敗訴したベル・ウララはフリージェンダー学園から数キロ離れたところにあるアンチフェミニスト更生施設に連行された。彼女はここで二年の更生教育をするように言い渡されたのであった。


 異端思想啓蒙罪は、フリージェンダー学園の司法で非常に重い罪と定められている。フリージェンダー学園の男女平等思想を否定するものになるからである。しかし実際はフリージェンダー学園の思想は過剰な女性優位に傾いており、異端思想啓蒙罪はそれを正そうとする人間を裁くための法律と化している。


 ベルは護送車に相乗りしている男性に話しかけられる。彼は顔立ちに幼さを残している儚げな美少年に見えるが、その瞳には燃えるような闘志が宿っているように見えた。

「お前。中等部の癖して更生施設に送られるとは気の毒だな」

「あなたは?」

「俺は虎原龍」

「私はベル・ウララ」

「よろしく。ベルでいいか?」

 うんとベルは頷く。

「それであなたは何の罪で更生施設に送られることになったの?」


「俺は反思想武闘運動罪だ」

「どういうこと?」

 ベルは首を傾げた。

「アンチフェミーっていうテロ組織のリーダーをしていたら逮捕されてしまったってことさ」



「なんでアンチフェミーで活動しようと思ったの?」

「お前と同じ動機だ。女性だけが武器を持てる、女性だけが殺人を犯しても当たり前のように許される、女性だけが俺達の人権を無視しても当たり前のように許される。俺はその過剰な歪みが許せないのさ」

(この人は私と同じだ)

 ベルは龍の発言にシンパシーを感じた。


 護送車が停車した。

「降りろ」

「さて。地獄に着いたぜ」

「うん」 

 ベルは生唾を飲み込んだ。


 二人は更生施設に道具を持ち込んでいないかどうかの身体検査が行われた。ベルと龍は別の部屋で検査を受けることになる。

 検査終了後。ベルと龍はそれぞれ別の雑居房に放り込まれることになった。


 雑居房の先住者は、ベルのことを好奇の目で見回す。

「よぅ。可愛い子ちゃん。クソオス擁護して施設にぶち込まれた馬鹿はあんたかい?」



「ええ。私は間違ったことをしていないと思うわ」

「そりゃ立派だね。感激しすぎて涙が出てくる」

「さて。正義のヒーローちゃん。ここじゃ年功序列が全てだ。一番下のあんたは私達に教育を受けなければならないさ。お前ら。この女を袋にしちまいな」

 雑居房のリーダーと思われる女性の指示により、リンチが開始された。

 ベルはそれにまともに抵抗できるはずがなく、ボコボコにされてしまうのだった。


「くっくく。よく分ったかい。新入り」

 とリーダーと呼ばれる女性はにやりと笑った。

 ベルはそれに答える気力もなく、声を殺して泣いていた。


 翌日の昼食時間。

 ベルは誰にも話しかけられることなく、一人で庭の隅に蹲っていた。

 空をぼんやり眺めながら、あの雲のようにどこか遠くへ流れ着けたらと漠然と思いに耽っていた。

 体毛が異様に白いネズミで、そこら辺にいるドブネズミとは一段、違った見た目をしていた。そのネズミはベルが紙を取ろうとすると、噛みついてくる。

「いたっ」

 ベルはネズミに腹を立てて、追い出そうとするが反対にネズミが擦り寄ってくるのだった。ネズミは紙を取れと言わんばかりに背中を近づけてくる。



 ベルは暇つぶしにその紙を取ってみることにする。

 するとドブネズミはベルに攻撃されると思ったのか、逃げていったのだった。

 ベルは巻かれている紙を広げて、内容を見る。

『蝶のように舞う。あるいは柳のように受ける』

 と血のような赤で書かれていた。

「なにこれ?」

 ベルは思わず首を傾げる。


次の日の昼食時間。

 昨日と同じように庭の隅に座っていると紙を巻き付けられたネズミがやってきた。

 ネズミはやはり、ベルに紙を取れと言わんばかりに擦り寄って来る。


 取った紙を広げると、

『風のように動く。蜂のように刺す』

 と書かれていた。

「なに。どういうこと?」

 ベルは首を傾げていた。

 そんなベルの様子を怪しいと思った、女囚の一人が彼女のことを見つけるや否や胸倉を掴んだ。



「おい。まさか脱獄を企んでいるんじゃねぇだろうな?」

「そんなこと考えていない」

「考えていない? ならその紙を見せてみろ」

「わっ、わかった」

 ベルは女囚に言われるまま、紙を見せる。

「風のように動く? 蜂のように刺す? なんだこれは?」

「わっ、分からない。ネズミの背中についてたから興味を持ってただけ」



「きっ、汚らしい。変な空想しやがってムカつくんだよ。お前」

 女囚は腹いせにベルを殴ろうとしてくる。

 ベルは女囚の動きがいやに鈍く見え、軽やかなステップでそれを避ける。


「なにぃ。生意気な」

 女囚は腹を立てたのか、仲間を呼びつけた。

「こいつが生意気なことをしてきやがる」

「昨日、あんなにやられたのに懲りないか」

「面白れぇ。やっちまおう」

 

 ベルは呼ばれてやってきた女囚二人、計三人になった彼女たちにリンチされることになった。

 それでも彼女は、その暴力を楽々と凌いだ。

 これは流石におかしいと彼女も思ったのだった。



 このリンチの被害者はベルだったが、反対に三人を叩きのめした問題児として認識されてしまい彼女は独房に送られることになった。



 ベルはこの更生施設内では常に一人であったから、場所がどこになろうともどうでもよかった。

 そう考えられたのは最初の内だけだった。

 狭苦しく、なにか目新しいものもない。ただ、ただ、孤独感を募らせるだけの場所だ。

「なんで私、こうなったんだろう」

 ベルが落胆している時、そんな彼女に寄り添うようにまた体毛の白いマウスがやってきた。しかし以前会った時と違い、マウスの筋肉量が増えているような気がした。

(違う種類のマウスなの?)

 ベルは興味を持ち、接してみるとマウスは彼女に甘えてくる。

 彼女がじゃれていると、刑務官がやってくる。


「ベル・ウララ。あなたにいい話があります」

「いい話ですか?」

「学園側から一週間後にあるボクシングの試合に勝てたらここから釈放するという話が出ています。あなたはどうしますか?」

(ボクシングなんてしたことない。でも……)

「やります」

 とベルは返した。







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