第2話 フェミニスト裁判
「ベル・ウララさん。フェミニスト裁判の日程について伝えに来ました」
学生房に収容されているベルの下を訪れたのはアリゾナ・プラムであった。
彼女は白髪を後ろにまとめているという無造作な髪形と陰険な顔つきが特徴の壮婦である。
「私は間違ったことは言っていないと思います」
とベルは彼女の出す圧力に屈することなく、言い返す。
「間違っていない? どこがです? 私達女性は新たな支配者層です。それだというのにあなたは……」
とアリゾナはベルの行為に呆れている様子だった。
「私は自分の無罪を主張します。日程を教えてください」
「今日の昼後の時間です。フェミニスト裁判において、被疑者側が弁護士を雇うには五百万円程度かかりますが用意できますか?」
「いいえ、用意できません」
「それならご自身で弁護してください」
アリゾナは言うことは言った後、ベルを小馬鹿にするように一瞥してきた。
全校生徒が体育館に集められた。これから、フェミニスト裁判が行われるからだ。
生物学的には男性、心は女性。頭髪の薄い裁判官は
「被告人は前に出てください」
そう言われたベルは証言台の前に立った。
続いて裁判官は氏名、生年月日、本籍、住所などを質問していく。
その後検察官は起訴状を朗読し、裁判官は黙秘権について説明する。
「では冒頭陳述を始めてください」
裁判官に言われた検察は、
「被告人ベル・ウララは小学校は公立学校に通い、フリージェンダー学園の中等部に受験して入学してきました。家庭環境は一般的です。父親はサラリーマン、母親は専業主婦です」
と冒頭陳述する。
「裁判官は父親がサラリーマン、母親が専業主婦の家庭が一般的だというのは今現在では一般的ではありません。それに女性が家事をして当たり前と誤解するような発言は訂正してください」
「もっ、申し訳ございません。父親はサラリーマンで、母親は専業主婦と一昔前では一般的な家庭環境だったと思います」
「犯行に至る経緯としてはまず、被告人は痴漢されたにも関わらず、クソオスを釈放しようと働きかけました。犯罪者の罪を軽んじるような行為をネオ日本の法律では許すことはできません。またこのような行為は、ジェンダー教育に悪影響を与えるため
検察側は彼女を異端思想啓蒙罪で更生施設での更生教育十年を求めたいと思います」
これを聞いた瞬間、傍聴席の生徒達がざわつき始める。
「十年は過剰です。取り消してください」
アリスが悲痛な叫びをあげた。
「アリス・F・ミラーさん。次、傍聴席で騒いだら退廷させますよ」
と裁判官はぴしゃりとアリスのことを窘めた。
「では検察側。立証してください」
「では立証を開始します。まず今朝方された発言のデータがありますのでそれを公開します」
検察官はスマートフォンを操作して音声を再生した。
ベルが痴漢を許した際の音声データが再生された。
(人の命を奪うことを肯定しているからおかしいと思っただけ。私はなにも間違ったことを言っていない)
「クソオスという害獣を駆除することに対して疑問を持つ思想はこのフリージェンダー学園の男女平等の理念を否定することに繋がりかねません。先人が命がけで切り開いてきたフェミニズムを破壊するのは許されざる罪なのです。そのような思想を同級生に訴えかけて啓蒙しようとした彼女には更生施設に十年入所することが妥当かと思います」
検察側は次々と証拠を挙げていった。
ベルもまさか自分の発言がこのように曲解され、批判されることになるとは思わなかった。
(もう無罪は無理なの?)
ベルは更生施設に送られてしまう可能性が現実のものになり、床から伸びる黒い手に引きずり込まれるような錯覚を覚えた。
「被告人。被告人側の発言はありますか?」
と言われて正気に戻った。
ベルの目に闘志が宿る。
「私はこのフリージェンダー学園に蔓延る思想こそおかしいと思います。男女平等をうたいながら、女性ばかりに有利なルールが作られ続けられていることには大きな違和感を覚えます。女性だけ武器の携帯が当たり前。女性だけ、男性の銃殺が当たり前。そうなっていることが歪だと思います。男女平等を掲げるなら私の行動は正しいかと思います」
(私は罰が怖いんじゃない。この異常な男性蔑視の風潮が怖いんだ。自分以外が、殺人を肯定している異常な世界が。)
ベルの覚悟が決まった。
「話をすり替えないでください。我々の教育スタイルは男女平等です。虐げられてきた女性の権利を向上させるために行っているこの教育を否定しないでください」
検察官ははっきり言い切った。
「平等というなら男性を平気な顔して殺すなんて教育をするはずがありません。今回の件は、男性に対して過剰な罰を与えているかと思います」
ベルと検察官の口論が激化するが、決着が見られることはなかった。
「検察側の論の通り、女性蔑視を乗り越えてきて今の現状があります。真に男女平等を実現するためには女性側の権利を向上させ、自衛する手段を取れるようにしなければなりません。よって被告の思想は異端なものであり、その思想が伝播されることは悪影響だと判断することができます。しかし、奪われた命のことを思う人の温かさや、事件直後の精神不安を踏まえて更生教育二年と、フリージェンダー学園の退学を命じます」
裁判官が最終弁論を陳述し、裁判は終了したのだった。
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