流転累々

水乃 素直

流転累々

 夢を見ていた。長い長い夢を。


 夜行列車がガタンゴトンとレールの上を滑る。そのうち、不意にレールを外れた夜行列車の滑車は、宙に浮いた。

 列車は、地面を浮いたまま、横転せず、走り続けた。列車は角度をあげて、星空の中に伸びていった。『銀河鉄道の夜』と示されたそれを、草むらの上で私はずっと見ていた。

 回る滑車。廻る空。太陽は沈み、月が浮かんだ。



 私は、六畳一間の布団を蹴り上げ、目を覚ました。起き抜けにコーヒーメーカーの電源を入れ、セットを済ませる。

 今日は、あなたとの約束。この生では初めてだけど、それ以前では何回も会ってる。

 予約されたドラム式洗濯機が回っていた。

 コーヒーにフラッシュをいれながら、マグカップで渦を作った。



 あなたが言った。今回は、会うのが遅かったね。えぇ、そうよ。私は答えた。40年と少し。会う約束さえ過ぎて、お互いに別の相手と生活を始めてしまった。

 純喫茶で待ち合わせて、お互いにクリームソーダとコーヒーを頼んだ。この喫茶店は、プリンが有名らしい。少し硬いプリンは、控えめな甘みが特徴だった。

 喫茶店を出た後に、古着屋に入って、ビンテージのブランドを選んだ。レコード屋によって、お互いに音楽の趣味を話しながら時間を潰した。

 ミニシアターで単館系の映画を見て、夕暮れの帰り道に、少しだけ気取ったイタリアンで、あの映画はあんまり面白くなかったね、とか、あの監督の前作は、とか、このシーンを考察するとね、など感想を話した。



 一つずつチェックリストを埋めるように出会った。また、しばらくして、この二人の人生は、渦に流れて、流転した。

 人生は流転する。



 夜行列車は、空を飛びながら、次の駅を教えてくれた。僕らに行き先は無いけれど、できれば先に向かいたかった。

 列車の椅子に寝ていた私は起きた。あなたが言った言葉を思い出した。

 私たちは傷つくことをやめられず、ただ、磨かれ続けるんだよ。

 列車は走り続けた。滑車はガコンガコンと周期的に音を立てながら、走り続けた。

 また眠ると、今度も夢を見た。



 パターン化された毎日、パターン化されたエモ、パターン化された映画、歌、生活、性愛、生と死。



 流転する世界で『あなた』はとても遠い。

 

 おきて。


 あなたの声がした。あなたは私に手を伸ばした。

 手を繋いで、抱き合って、下手なステップを踏みながら、くるくると踊った。

 流転する。重なる。


 あなたが手を解いて、遠くに行こうとする。

 だめ、遠くに行かないで。


 声が出ないふたり。

 人生は、坂を下るように始まり、坂を登る苦しさを抱えて終わる。

 これは本当か嘘か分からない。あなたと私の人生は、何回か繰り返しながら、また会う。離れることなく、続いていく。




 ピピッ。ドラム式洗濯機の音がした。洗濯が終了したみたいだ。

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