勝つために必要なこと

月影澪央

第1話

 勝てば多くの賞金、負ければ最低でも怪我、最悪の場合死。


 そんな危険なゲームに命を懸けて参加する人がいる。


 この兄弟、悠生はるき快理かいりもその一人だ。


 彼らはまだ未成年だが、二人で暮らしている。それは、そのゲームの賞金で成り立っているものだ。


 兄の悠生はそのゲームでもかなり有名で強いプレイヤーだった。一方弟の快理は、弱いとは言わないがそこまで目立つプレイヤーでもない。悠生の弟としか認識されていなかった。


 だがそれぞれ賞金を積み重ね、ここまで命を繋いできた。



  ◇  ◇  ◇



 そんな時、ゲームの主催者から急に連絡があり、ゲームに参加する未成年を集めた学校を作ってそこに全員集めると言われた。


 実際、ゲームに参加しながら普通の学生として暮らしている奴は少なかった。おそらくそれを問題視してそういう施設を作ったのだろうが、ゲームに参加するくらいならもう手遅れな気はするが。


 しかも、最悪死ぬかもしれない、殺されるかもしれない相手と普段から一緒にいるなんてありえない。


 でも僕に拒否権なんてない。なんだか兄さんも乗り気だったし。


 その直後、ゲームのシステムが変わり、創作物の世界だと思っていたフルダイブ型のバーチャル空間で行われることになり、それによってゲームが原因で死ぬことがなくなった。


 理由は少し目をつけられて、ゲームをやっていられる場所がなくなったからだとか。元々賭け事で収益を得てそれを賞金にしていたから、その線で色々とあったらしい。


 一方プレイヤーからすれば、以前と比較してノーリスクハイリターンになった。


 そうは言っても、現実世界との区別がつかなくなってしまう問題を避けるために痛覚はブロックされないらしいので、確死の攻撃を食らっても死ねないでただ痛いだけという、むしろキツい日々が待っているかもしれない。


 まあ、無傷で勝てば関係ないけど。



 そう思って、システム変更後も主催者に従って学校も通い始めた。


 学校に来るような奴らは、今まで見たことがないような奴ばかりだった。今までほぼ殺し合いのこのゲームを経験してきたとは思えないような雰囲気で、僕は吐き気を覚えた。


 でも兄さんはそいつらと仲良くやって、前までとは全然違った雰囲気だった。誰にも見せなかった優しい一面だとか、いわゆる青春を謳歌している。


 これでも兄さんは、システムが変わる前に年間賞金ランキングで優勝したプレイヤーだった。


『これだけ勝ち続ける秘訣は、一度見えた勝機を掴んで離さないこと。つまり、勝てるビジョンを常に持ち続けることだと思います』


 これは優勝した時に兄さんがインタビューで言った言葉だった。


 負けていても、勝てるビジョンを持ち続ける、どうすれば勝てるかを考え続けられれば、いつかは勝つことができる。できない奴から死んでいく。これが当たり前だった。兄さんはそれを改めて示したはずだった。


 なのに、今の兄さんは、学校に行って、死の危機を感じたこともない奴らとぬるま湯に浸かって、勝たなくても死なないし、それでも生活できるのをいいことに、勝つことを諦めているように見える。


 あの言葉を言ったのは兄さんなのに、その言葉は嘘だったのか?


 僕はそう思った。


 確かに痛いだけの戦いは避けるべきかもしれない。なら何でゲームに参加するのか。他にすることはないし、ゲームに参加するから学校に通える。そのためにやっているように思える。


 でも僕にとってはそんなのはつまらない人生だ。


 今まで兄さんと殺しあうことがないように、僕は美味しくない賞金のゲームでもずらしてそっちに参加してきた。正直レベルも低いし、命の危険なんて感じたことがない。みんな躊躇して、怪我で済む。


 でも賞金上位者が参加するお祭りみたいなオールスターゲームでは、殺しが禁止されているにもかかわらず、ものすごい殺気でヒリヒリした雰囲気だった。僕にとってそれは新鮮で、楽しかった。


 ここはただ殺したい奴らの集まりなんだなって思った。


 だってみんな賞金は十分稼いでいて金には困っていないはずなのに、続けているということはそういうことだろう?


 それはシステムが変わった今でも変わらない。


 舞台が変わっても、本当に殺せなくても、本当に死ぬことはなくても、同じように殺伐とした雰囲気でゲームは進行する。仮想世界であってもそれがリアルすぎて、死なないとわかっていても恐怖も感じる。そうやって怖気づいた奴から消えていく。同じように金がかかっているんだから。


 今の兄さんは、怖気づいて消える側の人間。食い物にされている。そんなんじゃなかったはずなのに、兄さんは変わってしまった。


『兄さんがやらないなら、僕がやる』


 僕はそう心に決めて、初めてちゃんと兄さんと同じゲームに参加することを決めた。



「何やってんだよ快理!」


 参加届を出すと、兄さんは僕の胸倉を掴んでそう言った。


「何って……ゲームに参加するだけだろ」

「今まで同じゲームには参加しないようにしようって!」

「それは殺し合いたくないからだろ? いいじゃん、もう死なないんだから」

「でも……」


 兄さんがそんなことを言うのが理解できなかった。上位帯の殺伐とした空気を体感させたくないならオールスターの時に止めていたはずだ。他に理由はない。


「何か他に理由でもあるのか? まさか僕と戦いたくないとか言わないよね? 同じプレイヤーのくせに」

「そりゃそうだろ! 戦いたくないに決まってる! 実の弟と……」

「そんなんだから勝てないんだろ」


 兄さんは何も言い返さなかった。これは自覚していたようだった。


「兄さんは変わったよ。同じくらいの年の、まだ上の空気を知らない奴らのぬるま湯に浸かって、死なないからって勝つことへの執着も無くなった。そんなんで、何が楽しいの?」

「お前は何のために生きているんだ? 一匹狼で、お前こそ何が楽しいんだ」

「質問を質問で返すな」

「俺は仲間といる時間が楽しい。お前とは違う」

「そうだよ、僕と兄さんは違う。だからもう、僕のことは勝手にしていいよね?」


 今度こそ、兄さんは何も言い返せなくなった。


「僕は兄さんの持ち物じゃない。もう子供じゃない。僕はやりたいことをやる。兄さんに止める理由なんてないよね? 何しても死なないんだから」


 僕はそう吐き捨てて、ゲーム当日まで顔を合わせることもなかった。

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