KAC20247 肌色
僕は人と少し違っているらしい。それを自覚したのは小学生の頃で、それまでは当たり前だと思っていた。
「はぁ?俺が紫だって?何言ってるんだ、お前」
同級生に「君は紫色だね」と伝えたら、怪訝な顔をされてしまったのをよく覚えている。彼は僕の言うことを頑なに信じず、否定しただけでなく、僕のことを「変なやつだ」と流布して回った。そのせいで、僕は小学生の頃は友達がまったくいなかった。同級生は、みんな寒暖色をしていた。
ちなみにこの色とは、俗に言う共感覚というものとも少し違う。なんとなくのイメージとか、そんなものじゃない。人間の皮膚の色そのものが違って見えるのだ。服の色や、景色は周りの人と同じように見えているらしいが、皮膚の色だけ、違って見えているようだった。
両親は、そんな僕の眼に異常があるのではと疑ってドクターショッピングしたが、全く異常なし。脳神経外科や精神科を受診しては?と言われたこともあったようだ。両親は眼科を練り歩くのに疲れたのか、僕のこの眼の謎を解き明かすことを、やめてしまった。
普通の人に擬態して生きている僕には、僕の眼に見える色が何を意味するのか、少し分かりつつあった。誰かに敵意を向けている人間の皮膚は青みがかる。逆に、愛情や優しさを向けている人間は赤みがかる。それは流動的であり、色が変わることもある、ということも分かった。おかげで小学校の学区から引越して通った中学からは、人当たりよく、トラブルも起こさない優良児として生活できた。
ちなみに、時折緑やら黄色やらの人も見かけるが、それは何に分類されるのか、未だ分からず仕舞いである。僕はこの色鮮やかな世界にすっかり慣れて、今日から高校生になるのだった。そんな時だった。
「君は、どうして肌色をしているんだ?」
今まで一度も出会ったことのない、肌色の人間。クレヨンや色鉛筆でしか知らない普通の肌の色。それを持つ人間が現れた。僕は自分が普通と違うことなんて忘れて、その少女に尋ねてしまった。
「どうしてなんて、考えたこともなかったわ」
僕はあっという間に魅了された。そうか、普通の人は自分がどうして肌色をしているかなんて考えることもないのだ。
僕は彼女に夢中になった。僕がどんな言葉を浴びせようと、色が青くなることも赤くなることもなかった。不思議で不思議で仕方なかった。
彼女は「広瀬」と名乗った。僕は彼女を好きになってしまった。美しい肌色に、紺色の制服がよく似合っていた。赤い皮膚や青い皮膚に紺の制服は似合わない。彼女こそ、すべてを着こなす存在で、全てに調和する存在なのだ。
「広瀬さん、僕は君のことが好きなんだ」
「そう、ありがとう」
僕の言葉なんかじゃ色を染めない彼女が魅力的でたまらなかった。僕は彼女を描くことにした。一本だけ削られてすらいないその色鉛筆を、一センチに満たないほどの長さになるまで描き続けた。
だけど、それが評価されることはなかった。どうしてだ。どうしてこの尊さが理解できない。彼女は世界で唯一の存在なのに。
「今回も落選だったよ」
「そうだったの」
「どうしてか、僕には到底理解できないね」
何十、何百枚と描き続けた絵の中の彼女は、本物の彼女と並べても遜色ないくらいに上出来なのに。なぜだ。
僕はやけくそになった。彼女の尊さを際立たせてやろうと、有象無象の普通の色をした人間たちを背景にして、彼女を描いた。題名はもちろん『僕の好きな人』だ。
すると何故だかそれは最優秀賞に選ばれた。
「広瀬さん、やっとだ。やっと世界に認められたんだ!」
「そう、良かったわね」
僕は、受賞者のインタビューに応じることにした。彼女の美しさをどう語ろうか考えて、登壇した。
「それでは今回最優秀賞を受賞した『僕の好きな人』ですが、なぜ彼女だけが普通の肌色なのですか?」
僕の頭はガツンと殴られたようだった。彼女が普通だって?何を言っているんだこいつは。差し出す手から、やや乱暴にマイクを受け取り、彼女だけが特別なのだと語り尽くした。
「なるほど、あなたは普通である彼女が好きなのですね」
僕の言いたいことは、結局これっぽっちも伝わらなかった。僕の絵が評価されたのは、彼女が美しいからではなく、彼女のバックダンサーたちが異色に見えるからなのだ。
「広瀬さん、やっぱり世界は君を認めてくれてなんかいなかったよ」
僕が吐き捨てるようにそう言うと、彼女は珍しく意見を言った。
「あなたは、世界に私を認めさせたいのではなくて、自分を普通と認めてもらいたいだけなのよ」
恋愛短編小説集(KAC2024) 貘餌さら @sara_bakuji
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