第20話
親父は物静かにしながら「こいつらの顔を見ることはできないのか」と聞いてきた。
「親父、それはやめといたほうがいい。ホトンふやけたミイラみたいになっていたし、それに放射能汚染の可能性がある」
「そうか、ならせめて、遺族の元で葬儀をさせてくれないか?」
「それは難しいわね。放射線を浴びているから、中を見るのは不可能よ」
そういったときにバルロは二つの質問を親父達に質問をしてきた。
「この遺体はどうするの。水葬にするの。それとも埋葬にするの。水葬にするなら深い深海で行うし、埋葬にするならどこか放射線に対する防備ができるような場所じゃないと」
その質問に親父は即答で「勿論埋葬でお願いする」答えを返した。
「それでいいのね」
「ああ、その方が俺たちとしても死んだこいつらからしても弔うことができるからな」
親父がそう言ってると一人の乗組員の遺影に目が入った。それは俺が最初に運び出されるのを目撃したあの遺体が格納された棺だった。
それを見た親父は人目にはばからず大粒の涙を流しながら再会を心から泣いた。
「親父の仲間だった人なのか」
俺は横で心痛な面持ちで見つめる乗組員達に質問をしてみた。
「ああ、こいつは武志と海軍学校時代からの同期でエリートにまで上り詰めて最終的にはこの船の機関要員になったな。あの事故の時も原子炉の制御棒が降りないから武志が行こうとしたときにこいつが代わりに行き止めたが、原子炉の扉は開かなくて、おまけにミサイル燃料が爆発して無駄になってしまったんだ。俺たちにしてみれば悔やんでも悔やみきれない結果になった」
親父が泣く姿をむなしく見つめるほかなかった。一方の周囲の人間はその姿をみっともないなと言う表情で見つめていた。
三日後、オリオンの乗組員は軍の礼装をして昔ながらの木と鉄でできた美しい騎兵銃を使って空砲を天に向けて撃ち込んでいた。
周囲には黒や白の喪服を着た遺族や関係者が沈痛な面持ちで涙をこらえていた。
その様子を俺達は約三〇〇メートルくらいの墓の近くから遠目で見つめる。
棺はクレーンで穴に下ろされていき、三十人分の穴の中に入れられた。その向こうにはオリオンの紋章をかたどった石碑が建っていた。
ここはオリオンが沈没したときに作られた物だが、今回は墓穴を特別に掘られることになった。そして遺族とのお別れできたのちに横に止めてあるコンクリート車でセメントを流し込まれることになっている。
三十体の棺が入れられたのちに遺族が別れの花を棺に置いていく。
親父達は銃を下ろして起立の状態の後に敬礼している中、俺とマリエッタ達は遠くの方から普通の格好をして見つめていた。
「親父のやつ様になっているな」
それが俺の第一声だった。実際に親父の格好は軍人だった頃のままだった。
「それはそうでしょう。軍人の教育は厳しいから、その結果がああなっているのよ」
バルロの声を聞いて振り向くと彼女達もまた軍服を着た姿に変わっていた。
「な、なんだよ。その格好?」
「別におかしいことじゃないでしょう。私達も昔は海軍の端くれだったから、軍の礼服を着ても変じゃないでしょう」
確かに水生人間の特徴的な部分を除けば親父の礼服姿と何ら大差ないが、それでも今まで見てきた彼女の姿とかけ離れていた。
「バルロ、あんたの軍服姿を見るのは初めてよ」
「言われてみれば確かにそうね、マリエッタ。普段は水濡れに強い服かもしくは深海に潜る為のスーツを着ている姿しか見せたことないわね」
そう話しているうちにいよいよ最後の時が近づいてきた。横付けされたコンクリートミキサー車から、大量のコンクリートが流し込まれた。
これは、放射能汚染から墓となった石碑を訪れる人を守るのが目的だった。
その別れには多くの遺族が声を押し殺しながら泣き始める。そして、親父達生存者も敬礼をしながらその目に涙と充血で潤み真っ赤になった目をこらえていた。
その姿に俺は近づくのは野暮だなと思いながらバルロに振り向くと驚くことにバルロ達もまた敬礼をしていたことに気がついた。
葬儀が終了して遺族達がそれぞれの家路に戻っていくと、俺は埋められた三十体の遺体が眠る石碑を見つめる親父達に近づく。
「葬儀は済んだか?」
「ああ、これでわだかまりが無くなった」
親父は軍帽を取りながら、一息ついて空になった椅子に腰を下ろした。そしてそれに続いて他の乗組員も腰を下ろした。
「これから、どうするの」
マリエッタは彼らの今後の身の振り方について質問してきた。最も今の彼女達もまた人ごとではないことは明らかだが。
「そうだな、非正規でも良いから仕事を見つけて、新しい戸籍を作る人間でも探して一生終えようと思う。もっとも俺たちは長すぎる一生になると思うがな」
乗組員の一人が冗談めいて今後の身の振り方について語った事に対して俺は「そういうと思ったよ」と言ってある紙を手渡した。それは財団傘下の警備会社の募集要項だった。
「これは?」
「今財団は警備のための人材を集めているって。船長からの情報だ。勿論不老長寿やハーフの中で軍人や警察などの経験を持つ人限定でね」
「ありがたいけどな、俺らはもう上から命令のされるような生活に失望しているから、別の業種を探すよ」
そう言いながら、騎兵銃の中から空薬莢を取り出す。その使い方は六十年以上のブランクがあるとは思えない手際の良さだ。
「それはそれでいいけど、実は言わなきゃいけないことがあって」
「何なんだ?」
その質問に俺とマリエッタはネックレスの飾りにしている婚約指輪を親父達に見せた。
「お前、結婚するのか?」
「俺たちも本位じゃないが、バルロから勧められたんだ。独身じゃまずいだろって」
その言葉を聞いた乗組員達は驚いた様子で俺らの結婚をやっかみを交えて祝ってくれた。
正直な所、結婚しようが独身を通そうがどうでもよかったが、一応身内の勧めで受け入れることしたのだった。
葬儀が済み俺はその足でお袋が務めている水族館にバルロと共に向かう。お袋は葬儀に参加するかどうか迷っていていたが、急に仕事が入ったのと遺族や生存者との確執が少なからずあることを鑑み出席を見送ったという。
水族館は主に現生の魚やイルカなどの海生哺乳類を主に取り扱っていたが、ペトロス海での古代生物発見を機にアロマノカリスからメガロドンまでの古代の生き物を生育展示を始めるようになった。
その中で一番の目玉は恐竜時代の海を再現したドーナツ状の水槽だった。その中で泳いでいるのはモササウルスの子供やシファクティヌスに白亜紀のサメという恐竜時代の海で制海権を巡って争った猛者ばかりだった。
この生き物を見た子供達の目はまるで宝石のように輝いていた。人々はこの水槽に敬意の意味を込めて「地獄(ヘルズ)の水族館(アクアリウム)」と言う愛称を付けている。
「お袋がここにいると聞いたけど」
「いないじゃない、ほんとにここに来て言っていたの?」
バルロが人混みを見回して不意に彼女が一瞬水槽を見たときに顔面蒼白なった。
なんと、お袋は危険な水槽に潜って掃除の真っ最中だった。しかもたまにではあるがモササウルスが大きな口で噛みついてくるのだ。
その危険な掃除に俺たちは思わず開いた口が塞がらなかったことを覚えている。
すぐに水族館の水槽の裏方に強引に入り、お袋のところに向かう。
丁度、お袋は陸上の人間とコーヒーを飲みながら休憩していて、これがごく当たり前のように振舞っていた。
「あ、マサル、お姉ちゃん。よく来たね」
「よく来たねじゃないわよ。あんな危ない水槽でよく掃除ができるわね」
「大丈夫よ、今日はたまたま私の順番だったから。それはそうとして、葬式は済んだの?」
「ああ、済んだ。みんな泣いていたよ。最後に遺体はコンクリート詰めにされた」
「まあ、それはそうとして、今日は私とマサルから重大な話があるの」
「なに、重大な話って?」
その質問に俺は首飾りに付けた婚約指輪をお袋に見せて結婚が近いことを伝える。
「ふーん、よかったじゃない」
「驚かないのか、お袋」
「別に、そういうことだと思っていたから。それで相手は誰なの?」
「潜水艦を引き上げたときに葬式を執り行った女性聖職者だよ。最も完全な破戒僧だけど」
「当ててみようか、たぶんマリエッタでしょう」
「どうしてわかったの?」
「私はあなたの母よ。それにマリエッタのことたまにお姉ちゃんから聞いていたから」
「まあ、さすがね。それじゃあ、この話を聞いたらどうかしら」
「何々? 一体どんな話?」
「実はね、彼女」
バルロの言葉にお袋は思わず面食らって驚きの声を水槽の魚達に聞こえるほどにあげた。
これがペトロス海での調査の話とその後の話のいきさつだ。あれから数年経ったがようやく機密の解除が財団からでたため話すことができるようになった。
俺とマリエッタは文字通りの熟年結婚を行いマリエッタの仲間達に祝福されるがまま、人生を送っている。
そして、俗に言うできちゃった婚だったこともわかった。俺がそれを知ったのは食事をしているときに悪阻をした時だった。
お袋はバルロから妊娠を知り、彼女がトイレに行く間俺は問い詰められた。最初は完全に忘れていたが、やがてあのときの関係がようやく思い出した。
マリエッタが俺の子供を産んだのは結婚から十四ヶ月くらい経った時だった。
そして、俺の両親はと言うとお袋は今水族館で講演活動を各国で行っていると聞く。一方の親父はと言うと結局みんなそろって再就職に失敗してお袋の護衛についている。
現代でも水生人間やその取り巻き達の差別が根強い為、陸上の人間から命を狙われている為、財団の非正規雇用と言う形でお袋についている。
今俺はとある沈没船の調査に向かっている。その沈没場所は運の悪いことに前のレヴィアタンメルビレイとホオジロザメの親戚で巨大で獰猛なメガロドンが餌の奪い合いをしている海域でいる。
そこには他国に贈る予定のプラチナと機密情報を録音した巡洋艦が沈んでいる。それが現在の調査目標となっている。
俺は本来の普通の調査船にぶら下げられた新しい潜水艇にマリエッタと新しく生まれた俺の息子のカイトを乗せて潜水調査に向かっていた。
「あなた、早く海に潜りましょう」
「僕、大きな魚を早く見たいよ」
「落ち着けって、すぐに下ろすから」
船の方では職員達が「気をつけて行ってこいよ」と叫びながら手を振っている姿が俺たちの目に写った。
今度の潜水艇はあのときのイカとクジラの格闘を元に電流が流れる仕組みが組み込まれている。
これはオリオンが装備した物を潜水艇に応用した物で条約などで不要になった品物だ。
そうこうしているうちに俺たちは海に潜ると、シファクティヌスとサメが泳いでいた。
サメはかなり進化しているようで、体を発光して仲間と連帯して、凶暴な硬骨魚を追い詰めている。
カイトはその光景を目を輝かせて「かっこいい」と喜ぶが俺たち二人は早く巻き込まれたくないという思いから操縦桿と電流のスイッチに手をかざしていた。
その時、その群れの中から人のような物がこっちにやってくる。それは男の水生人間で体は彼らに合わせて作られた水中スーツを身にまとっていた。
その男の顔を見て俺はすぐにその人物が誰なのかがわかった。
「おい、あれ。ミルルじゃないか?」
「ほんとだ、あの子ここまでやってきたのね」
するとミルルの背後にシファクティヌスが襲いかかってくるが紙一重でかわしていく。
その姿に俺たち三人は魅了されていると、ミルルは腕でサインを出しながら、一緒に潜ろうと合図をする。
「いいだろう、ついてくるといい」
俺はそう言って操縦桿を使い、四人そろって暗い深海に向かって進んでいく。その先にある遺物を見つけるために。
Fin
水に生きる生命の思い @bigboss3
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