第19話

 空気に支えられたスーツは一気に浮上していき、海面に上がろうとしていたときに、古代のクジラと格闘していたイカの触手が俺たちに絡みつこうとしていた。

 俺は一瞬走馬灯のようなろくでもない人生が頭を駆け巡る思いをした刹那、誰かが俺を抱きかかえる感触を覚えた。

 俺が振り向いてみると、その姿に俺は安堵より恐怖と戦慄を覚えてしまった。

 それはバルロと彼女の仲間数人だった。彼女の表情は家族を助ける為に必死な母親の姿そのものに思えた。

 そして、水面に顔を出すことができたかと思うと、バルロ達は手慣れた手つきでジッパーを下ろして顔をあらわにした。

「マサル、大丈夫?」

 彼女は心配した顔で俺を見つめた。その目には何か悲しい物を感じ取るに歯十分だった。

「ああ、危うく食べられると思った」

 俺はそう言って、マリエッタの方も見たが彼女は酸素を取り込むのに必死で助けに来た水生人間の事など気にもとめていない様子だった。

「やっぱりあなたたちはオリオンを引き上げるのが目的だったのね」

 俺は言い訳もできなかった。彼女はこの引き上げを終始わからないよう監査していたようで、ついにそれを確認したのだ。

 俺はただ何も言わずに頷いて彼女に指摘を認めた。

「説教はあなたたちの船ですることにするわ。今はまず船に戻りましょう。そしてアナ達の医務班に治療させてもらいましょう」

 バルロは俺たちを引きずるように泳いで船に向かっていく。

 船の向こうでは船長達は気まずい表情をしながら助け出された俺たちと一緒に泳いでやってくるバルロ達、そして久々の獲物に喜んで、潮を吹きながら食べる古代のクジラたち見つめていた。

 その一時間後、俺はバルロに強烈な張り手を食らった。言い訳などできるような状況でもないし、だましたことは償わなければならず、甘んじて受け入れた。それに俺、いや俺たち自身は言い訳のできない行為をやったが為にそれでは軽すぎると言われても仕方がない事をしている。

「なんで、私達が怒っているのか、わかるわよね、マサル」

「あんた達をだましたことだろう」

「ほとんど正解ね。あなたたちは私達に内緒で原子力潜水艦オリオンを秘密裏に引き上げようとしたわ」

 バルロ達に睨まれた俺たちは気まずい雰囲気を出しながら黙りこくっていた。船長に至ってはオロオロする演技をしているため本来の威厳もクソもなくなっている。

「しかも、海洋調査や沈没船の引き上げを隠れ蓑なんて、今時のスパイですらやらないわよ」

「で、これからどうするつもりだ?」

「そうね、まずは船長さん、引き上げた目的を聞きたいのだけれど」

 バルロはそう言ってオロオロする船長に視線を向けてきた。彼女はどうやらこの見た目だけ子供の年増の正体に気がついたみたいだ。

「な、何を言っているんだよ。僕は一介の見習いだよ」

 船長は子供のふりをしながらごまかしを仕掛けるが、そんな物はこの女に全くの無駄なあがきでしかなかった。

「とぼけても無駄なあがきよ。レクトラ・セイル船長。あなた一年から二年ごとに本物の戸籍を乗っ取って、身分を変えていたでしょう」

 その鋭い指摘に「証拠でもあるわけ、証拠もないのにおかしなこと言わないで」と冷や汗をながしながら苦笑いをした。

「この三枚の写真と絵を見てもとぼけるつもりかしら」

 そう言って、タブレットの写真を見せられると、そこには各時代の船長そっくりの少年が写っていた。

 一枚はルネッサンス期の物で船長が写実的に描かれていた。二枚目は写真が発明されたときに撮られた物で過酷な労働で薄汚れた姿をした物。三枚目は戦後に取られたカラーフィルムを写真にした物でそのときも軍服姿の船長が写っていた。

 さすがにこれには船長も観念して、さっきの子供らしい態度を翻して威厳とベテランらしい風格でバルロに話す。

「どうして、わかった?」

「あなたの研究所と財団を調べたのよ。よく聞くダミー会社やペーパーカンパニーのような実態のないものじゃなかったけど、真っ当な組織だとは言えなかったわ。勿論受け皿や居場所としてはちゃんと機能はしているけど」

「それで、そうするつもりだ。ここの近くの沿岸警備隊に我々を突き出すのか? 残念だが財団には各国のパイプがあるからすぐ釈放だよ」

「別に突き出すつもりはないわ。でも、ネットや動画、さらにマスコミにながしたらどうなるかしら。多分ネット民から袋叩きされたうえで、国家も捜査のメスが入るでしょうね」

「・・・・・・何が目的だ?」

「オリオンはこの後どうするつもり?」

「とりあえず、事故原因を調べて公式発表したのちに持ち主の海軍に返却するか、スクラップにして機密情報を他国にながして、鉄材として発展途上国似た金で売るつもりだ。勿論保存してほしいと言う声があれば機密保持した上で展示はする」

「ならそのことは黙認するわ。その代わり、私達も船に乗せてくれない」

「なぜだ?」

「恐らく妹もこの船の帰国を歓迎するはずだから」

 俺はバルロの言葉を聞いてその意味を理解するのに時間は掛からなかった。

 その日の夜、バルロの叱責を終えた俺たちは彼女達を連れて、格納庫に納められたオリオンを見にやってきた。

 警戒のためにガイガーカウンターとフィルムバッチを装着して多量の放射線に近づかないように用心した。

 オリオンの被害状況は海の中で見たときと陸で見たときと迫力が完全に違っていた。

 黒い船体に所々錆が浮いていて、水の中での年月の長さを改めて思い知らされる。

 船体の中央部分は爆発のせいで大きく吹き飛び、ここが沈没原因として考えられた。その中央部の中で防護服を着た職員が中の様子を見て回っていた。

魚雷室はきれいな状態で吹き飛んだ様子もなく、当時の発射管が門が開かないままになっている。

そして、ハッチの開いた脱出穴の方でもまた防護服を着た調査員が降りていく。

「初めて見るな、原子力潜水艦を生で見るなんて」

「それはそうでしょう。軍事機密の兵器でもあるのだから」

 その時、ハッチの穴の中から調査をしていた職員が死体袋に入れられた遺体を慎重かつ厳重に持ち上げてくるのが見えた。

「どうやら、遺体が見つかったみたいね」

「なあ、死体が誰の物なのか聞いてくれ」

「わかりました」

 そばで、鉛の棺を開けて遺体を入れる準備をしていた職員が死体袋下ろしていく二人の職員に無線で誰の物か質問する。

 持ってきた職員は無線で認識票と身分証明書を確認して発見場所と共に伝えた。

「船長、この遺体は原子力機関要員のもののようで、制御棒を自力で閉めたようですね」

 その言葉を聞いた俺は思わず身震いをした思いに駆られた。恐らくその遺体は親父の同僚で原子炉を緊急(スク)停止(ラム)させた人物なのだろう。

「その男の名前はわかる?」

 先にその質問をしたのはバルロだった。職員は「ちょっと待っていてください」と行ってもう一度聞き返す。

「知っていたのか? 親父の話?」

「ええ、話は助けた直後に聞いていたから」

 そう言っているうちに遺体は鉛の棺のところに運ばれて中に納められていくのが見えた。

 それから四日が経った。俺たちは母港の港に帰ってきた。港の岸壁にはたくさんの報道陣や出迎えの人々でごった返し、俺たちの帰国を歓迎していた。

 この人混みの中に俺たちのような人間やハーフが混じっていると思うと、今までやってきたことが無駄ではなかったと思わずにはいられない。

その人混みの中に親父達二〇人の生存者が険しい表情でこっちを見ていた。親父を含む一二人は若々しくきっちりした身だしなみで帰りを待っていて、残りの八人は年老いており松葉杖や車椅子で柔和な笑みで帰りを待っていた。

 そして水面の方ではお袋らが俺の顔を見つけるなり喜んで俺に手を振っていた。

 船が着岸して、俺が一息ついて俺が入れ立てのコーヒーを飲もうとしていると親父達がいつの間にか乗り込んで、俺の方にやってきた。

「親父、ただいま」

「本当なら、お帰りと言いたいが、今はそんな気分じゃない」

「おい、武志。息子に対して冷たすぎるぞ」

「仕方がないだろう、望んで作った子供でないのに」

「気持ちはわかるけど、それじゃかわいそうよ」

「そうだよ。気苦労しているのはお前だけじゃない」

 生存者達は俺に対する態度にいさめにも似た非難の声を上げつつも丁寧に言っていた。最も親父には何の慰めもならないが。

「お帰り、マサル」

 突然、背後からお袋が抱きついてきた。その姿はもうデロデロでそれは六十近くの俺にしてみれば恥ずかしいとしか言えなかった。

「なあ、お袋。いいかげん子離れしろよ」

「何を言ってるのよ。何歳なったって私はあなたの母親なのよ。自分の子供はかわいいと言うのが当たり前じゃない」

「なあ、ルリア。本当ならマサルは定年迎える年齢なのだぞ。そんなのをかわいいなんて・・・・・・」

 生存者達はそう言って親父の方に視線を向けた。親父は冷ややかな目つきをしながら俺とお袋との態度を見つめていた。

「武志、ほらマサルが帰ってきたのだから一緒に喜びましょう」

「・・・・・・望まずしてできたガキをどうやって」

 そこから先は口にすることはできなかった。そばから聞いていたバルロが鬼気迫る勢いで顔面を殴ったからだ。

「な、なにする、おまえ、バルロか!」

「久しぶりね、武志。そしてオリオンの乗組員のみんな」

「ば、バルロ姉さん」

「元気にしてた、ルリア」

 お袋はバルロトの再会に喜び勇んで抱き寄せ心から喜んでくれた。

 さすがに、彼女の登場と再会は他の生存者達にも予想外の事態だったようだ。

「あなたも、この船に乗っていたの?」

「私だけじゃないわ、みんな来なさい」

 バルロが手招きすると、船と一緒に載っていた十一人の水生人間が甲板のハッチから登ってやってきた。

 それは親父以外のオリオンの乗組員に自分の体を食べさせた女性達だった。その中に黒一点である美男子の青年もそこに居た。

「お、おまえら、なんで?」

「あなたたちに誤解を解いておこうと思ってね」

「誤解ってなんだよ。好きだから俺たち不老長寿にしたんじゃないのか?」

「それは、決して間違ってはいないが、正しくもない。お前達は本当なら脱出した時点で余命数ヶ月だったのよ」

「まさか、致死量の放射線を浴びたのか?」

 親父と仲間らはその理由をすぐに気がつくには十分だったようだ。詰まるところ船内の乗組員は放射能汚染を受けていたのだ。

「ええ、そうよ。地上の医者が血液検査をしたら白血球の値が少なかったから、もう助からないと言っていたの。だから、この子達はあなたたちを助けるために自分の体の一部を切り取って、料理にして食べさせたのよ」

「そうだったのか、ルリア。俺は独占欲のために俺に食べさせたのかと思っていたぜ」

 さすがに、親父もお袋ら水生人間の気持ちを察するにあまりあった。俺もあらかた聞いていたため口にはしなかったが、正直複雑な気持ちだったのは十分だった。

「独占欲が強いか。認めたくはないけどその通りよ。お姉ちゃんの物だって自分の物として奪うような所だったから」

 お袋もさすがに善意だけではないと認めたくはなかったようだが事実である以上それを大筋で認めた。

「まあ、気まずい空気を水を差すようで悪いけど、もう一つ話があるの。オリオンから三十体ほどの遺体が回収されたわ」

「本当か?」

「ええ、今、ここの格納庫で安置していて私の知り合いが弔っている最中よ」

「ちょっと待て、バルロ。なぜお前がそのことを知っているんだ? 俺らだってオリオンのことは一昨日財団から聞かされて・・・・・・まさか」

「ええ、私はこの船がペトロス海に来てから調べたのよ。調査を隠れ蓑にオリオンの引き上げをするとね。最もあの深さで船体全てをクレーンで格納するなんて前代未聞だけど」

「・・・・・・たしかにな、こんなことはプロジェクトジェニファー以来の快挙だぜ」

「その遺体を見ることはできるのか?」

 その問いかけに俺が代わりに答えることにした。

「もう、準備はできているよ、ついてきてくれ」

 俺はみんなをオリオンが冴えている区画に案内してやることにした。

 格納庫ではマリエッタ達が鉛でできた棺に乗組員の遺影を載せて、教会のミサのやり方で弔っていた。

 出席者はレクトラやジョナサンにサオリといった面々が乗組員に黙祷を捧げていた。

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