第18話

「どうしてそんなことを?」

「バルロはね、この船がここを調査をしに来てから疑っていたのよ。この船も所有する研究所も母体の財団のほうも」

「その根拠は一体何だ?」

「わかってるはずよ。まず第一にタンカーを改造した調査船なんて聞いた事もない。第二にこの研究所は実態はあるけど妙に黒みがかったグレーの企業なの。最後に母体の財団の構成員が全て偽造や戸籍乗っ取りの疑いがあることよ」

 さすがにこれにはなにも言い返せなかった。実際、このようなやり口は不老不死などで、戸籍が持てない俺たちではあたりまえのように行われて来た。

 今では医学的にそして写真や絵などで確認が取れた場合は財団などの団体が協力して合法的に戸籍がとれるようになったが、それでも親父のように日陰の生活をしている人間も少なくはない。

「それって、バルロから全て聞いたのか?」

「ええ、彼女があなたのことをいぶかしんで監視するように言われたのよ。まあ、あの人はあなたのことを息子のように溺愛していたようだし、独り身だから気遣って私を選んだ事は間違いないわ」

「でも、これは熟年結婚にはいらないか? 見た目だけ若いだけで」

「まあ、確かにそうね」

 そんなやりとりをしているうちに俺たちの乗った潜水艇は海底に着地した。

 周辺は砂の山でたまに深海魚が物珍しそうにこの潜水艇に近づいてくるくらいで生き物はほとんど見当たらない。

「この深海魚は陸に持って行けないの?」

「それは無理だな。ここの生き物は陸上にあげたら気圧の違いで破裂してしまう。つまりこの海の底でしか生きていけないというわけ」

 俺はそう言ってオリオンの捜索を続ける。所々船の部品らしき人工物が見え隠れするが船本体は見つからない。

「じゃあ、水族館で展示することはできないのね」

「この深さの魚に関してはね。ただ、圧力をかける機械で生きたまま捕まえることはできるし、水族館も水深一〇〇メートルくらいに住む魚なら展示できるって、お袋が言っていたな」

「どうやって、そんなことができるようになったわけ?」

「水圧がたかければいいわけだから、深い海と同じ長さのチューブを水槽の天井に設置して海水を入れれば、実質水深一〇〇メートルの世界を再現できるらしい」

 彼女は俺の説明に対して全くわからない様子だった。それはさすがに仕方がない、俺自身も未だにわかっていないのだから。

「へえ、今の技術ってそんなに進んでいるのね」

「実際にこの六〇年水族館を見ているけど、時代のうつろいが早いことには驚かされるよ」

 そう言っているうちに備え付けられたガイガーカウンターがかすかに反応する音が俺の耳に入ってきた。

 音の方角から近くだとわかりその方角に慎重に進めていくとそれは目の前にさびかけた姿で現れた。

 全長一五〇メートルの涙適型の船体に黒い金属にして船体前部の艦橋と折れかけた潜水のための舵。そして艦橋に取り付けてあるこの潜水艦の象徴ギリシャ神話の狩人オリオンをかたどった紋章。

「ついに見つけたぞ」

「これがオリオン・・・・・・、ずいぶん変な形をしているのね。私が生まれた頃の潜水艦とは大きく違うわね」

「こっちの方が水の抵抗が少ないんだ。まあそれは良いとしてこの船の全体を撮影しよう」

 俺はカメラとライトを使いオリオンの全体像を照らし合わせ始めた。

 そして早速沈没原因と思われる箇所を見つけた。オリオンはミサイル発射管の付近が内側から吹き飛んだ大きな穴が開いていた。

 恐らく、ここでミサイルの燃料が漏れたか何かして、それで吹き飛んだようだ。これにより、事故原因を特定することが来た。

 次に原子炉の状態を確認することにした。放射能漏れの可能性があるためガイガーカウンターの値を確認しながら進めていく。

 そして、その部分はほんの少しだけ反応こそしていたがきれいに残っていて、爆発の痕跡など全く見当たらなかった。

「この様子だとうまく原子炉棒は挿入はできたのかもしれないな」

「まさか、放射能汚染とかしないわよね」

「ほう、さすがにその知識だけはあったようだな」

 俺はマリエッタを鼻で少し馬鹿にして、最後にある場所を探し始める。それは親父達が脱出に使ったハッチを探すこと。

 親父の話や事故報告書によれば後部のハッチから潜水艦脱出用のスーツを着て生き残ることができたのだという。

 俺は明かりを照らしながら進めていくと、それらしいハッチが開いた状態でそのままになっていた。

「ここから、あなたのお父さんは脱出したのね」

「ああ、当時まだ試作段階の脱出スーツを着てな。多分試験的な意味合いもあったから全乗組員分は搭載していなかったみたいだ」

 そのハッチを確認したのちに最後には当時は最新型のスクリューに到達した。スクリューは青錆こそ浮いてはいたが、原形をとどめている上に微生物が好まないようでほとんど錆びてなかった。

「これで、全部の撮影は終わりだな。じゃあ、クレーンを下ろすように行っておくか」

 そう言って無線を掴むと水上の母船に連絡を入れて正確な位置情報と船の状況を伝えた。

『よし、クレーンを下ろすから、お前は周辺の回収できそうな異物を探せ』

 そう言われて、周辺を調べ始めると一枚の写真とドックタグがボロボロになった衣服と一緒に転がっているのが見えた。

 その衣服は見たところミサイル要員のものだったらしく、どうやら吹き飛んだ拍子に潜水艦から真っ暗な海に放り出されたようだが、衣類の方は妙にきれいで、焼け焦げた後など見当たらなかった。

「一体どんな死に方をしたんだ?」

「スーツを着ないで脱出したのかしら?」

「とにかく、このドックタグと写真を回収しておこう。何かがわかるかもしれない」

 俺は写真を回収したのちに他の物の回収もした。それは遺留品や認識票にプレートなどの個人を特定する物ばかりであったが、親父の友達らしい物ではなく、そのほとんどがミサイル要員とその周辺で作業していた人たちのものだった。

「ねえ、ここに居ないって言うことは原子炉か機関室の中にいるって事じゃない」

「確かにそうだな、こんだけ死体があっただろう場所にそれの遺留品がないって事は中で死んだと言うことだろうな」

 そう言っていると上から全長二〇〇メートルの巨大なクレーンが店から降りてきた。そしてそのクレーンのアームは大きく開くとオリオンをがっちりつかむと、少しずつ慎重にその巨大で一万単位の鉄の塊を持ち上げていく。

 その異様な光景に折れたともはただ圧倒されるほかなかった。

「すごい、見ただけでも重そうな鉄の塊を持ち上げるなんて」

「ああ、技術の進歩というのがここまで進むとはなかなか信じがたいな」

 俺たちはその圧倒的な光景に見ていて時間がたつのが忘れてしまいそうな思いにふけってしまうが、無線が入った。

『よくやった。早く浮上して戻ってこい。ただし、船の中でな』

「わかりました、今浮上します」

 無線を切ると俺は錘を捨てて浮上を始めるのだった。

 俺達の乗る潜水艦の浮上速度はクレーンの浮上速度と合わせて上がっている。

 万一クレーンなどに何らかの異常があったときに連絡を入れるためである。幸いにもクレーンにも潜水艦に何かしらの異常が起こっている様子が見受けられない。

 浮上中は常に何らかの異常を確認するためにライトの点灯は必須になっているため、暗闇に鉄の塊が映し出されていた。

「今、どのくらいの深さにいるの?」

「今二〇〇〇を切ったところかな。まだ先は長いぞ」

 俺たちがそう会話していたとき、不意に何かが横切ったかのような気がした。それは何かの触手みたいな物だったが、一瞬のことのためそれが何かがわからない。

「何なの、さっきの?」

「さあ、なんだろう」

 俺はライトを周囲に向けたときに、その陰のヌシを捕らえることができた。

 それは巨大なイカで現生のダイオウイカをさらに太く巨大化したサイズの物だった。

その大きさは三〇メートルは優に超えそうで、しかも通常のイカと違い体の色を変えることのできると言う高い機能がついていた。

「げ、イカよ」

「それは見たらわかる」

 そう言っているとそのイカはとんでもない事を起こし始めた。

 そのイカはあろうことかオリオンにへばりつきだし、ゆすり始めたのだ。

「おい、何やっているんだ」

 思わずそんな言葉が出てしまうが、当然そんなことでイカがやめることもなく、奴はへばりつき始めた。

「昔の小説みたいな展開よ」

「それなら知っている。潜水艦にイカが絡みついて格闘するやつだろう」

 俺はそんな言葉を出しながら、ライトをイカの目に向けて照射した。

 深海の生物は暗闇の中で視力が退化していると踏んでこのイカに明かりを照射した。

 巨大イカは驚いて潜水艦から離れどこかに消えていった。

「何で、逃げたの?」

「あいつ、普段は暗い海にいるから軽い光になれていなかったんだ。人がいきなり明かりを受けて、まぶしくなるのと同じ原理さ」

 そのとき、無線のコール音が船内に響き始めた。どうやらクレーンに取り付けられたカメラに異変を感じて連絡を入れてきたみたいだ。

『おい、一体何があった? さっきイカかタコの吸盤みたいな物が張り付いていたぞ』

「はい、さっき、巨大なイカがオリオンに張り付いていました。とりあえず明かりを照らして撃退しましたが」

 俺がそう言いかけたときに船体に何かの衝撃が強く掛かった。俺たちは思わず驚いて船の外をのぞき込んでみると、あの巨大イカがさっきの復讐とばかりに襲いかかり始めた。

「ちょ、ちょっと。なんでさっきのやつがここに?」

「そんなのわかるだろう。さっきの仕返しだ」

 俺たちは慌てふためいてスクリューを全開にしてそのイカから離れようともがく。

イカの方はその一〇本の触手と爪がついた吸盤を使って海に引きずり込まんと凄まじい力を発揮する。

「まだ懲りないな。ならこれでも食らえ」

 俺は再び明かりを当ててそのイカに攻撃を仕掛ける。再び面食らったイカはその場一瞬離れたとき、目の前にイカより小さいが黒くて巨大な鯨が突如群れをなして現れて、食らいつき始めた。

「な、何なの、このクジラは?」

「こいつはマッコウクジラの仲間でレビアタン・メルビレイだぞ」

 俺はすぐにクジラの種類がわかった。このクジラはマッコウクジラと形は似ているが、上顎にも歯を持っていたのが見えたためだ。

「今のうちだ、早く浮上するぞ」

 俺は酸素が薄くなるのを感じて、急いで移動して浮上を再開する。現在の水深は一〇〇〇を切ったところだ。早くここから離れないといけない。

 水深は二〇〇メートルを切ったここまで来たら安全だと思ったとき、さらなる予想外の事態が俺たちに襲いかかった。

 先ほど、イカに襲いかかっていたレビアタン・メルビレイの一団がその巨大イカを複数で持ち上げて海面に浮上してきた。

 俺は思わず急回避を試みたが、時すでに遅く潜水艇はクジラの咥えていた巨大イカに接触して、船体に損傷を与えた。

 そして、船体に海水が水しぶきを上げながら船内に流れ込み始める。まずい、これは絶対にまずいと直感した。

「いやよ、こんなところで死にたくない」

 マリエッタはまるで子供のようにパニックを起こして泣きじゃくる。それは何十年も生きた人間のそれとは思えないほどに。

 俺は必死の思いで無線機を手に取り救助を求めようとしたが運悪く電源がショートして真っ暗になった。

「ど、どうしたら良いんだ」

 俺も思わずパニックになりかけたときに、さっき持ってきた二着の脱出用スーツのことを思い出した。

「マリエッタ、さっきのスーツがあったな。これを着て脱出するぞ」

「ほ、ほんとにこれで助かるの?」

「このまま死ぬよりかはましだ早く来てハッチから脱出するぞ」

 俺達はパニックになる思いをしながらそのスーツに体を入れて着替えると、ジッパーデ完全に覆い、脱出の準備をする。

「着替えたか?」

「ええ、ちゃんと着替えたわ」

 すでに海水は足下まで進み始めて、深度も三〇〇メートルを超えようとしていた。

「じゃあ、行くぞ」

「わ、わかったわ」

 俺たちはハッチを開けると大量の海水が流入してきて沈降をさらにはやめる。

 その滝のように流れる海水の中を俺たちは一気に入り、船の外に飛び出した。

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