第17話

「あら、この骨、人間の物じゃないわよ」

「なんだ、何の生き物だ?」

 俺の質問になんだか淡い期待が心の中に芽生えたことを覚えている。

「色々混じっているわね、ネズミに鳥に、犬の骨が混じっていますね」

 犬という言葉に反応した俺は、すぐに「撮影を終えたら、生き物ごとに分けよう」と言ったのを覚えている。

 そして、しばらくすると言われたとおり、各動物の骨が区分けされて、人間三体分の骨は着ている物や遺品などから分けられた。

「これで全部なのか?」

「はい、わかったのは鳥はインコのような物でした。ネズミは船の中に住んでいた物です。そして犬ですか、血統書がつきそうな高貴な犬でした」

「雑種じゃなかったのか?」

「はい、少なくとも将校が趣味で飼っていた犬と思われます」

 と言うことは、犬は犬でもさっきのやつが探していた犬ではないという事なのか。少なくともそういうことだろう。

「他に、犬の骨はなかったのか?」

「はい、この部屋にいた骨からして、この一匹しかいないようです」

 俺はそれを聞いたのちに、念には念を入れてスマホでその犬の骨を撮影したのちに、再び遺骨の収集に戻っていた。

 遺骨収集は三日がかりの大仕事になり、集められたのは約一二〇体以上、動物も数体見つかったが、犬は一体のみだった。

「マサル、どう、犬は見つかった?」

「ああ、一体だけな。多分違うと思うが、確認のためにあいつを呼んできてくれ」

 そう言われたマリエッタは遺骨の収集場で乗組員の冥福を祈っていたさっきのやつを呼んで、スマホの写真を見せた。

「間違いない、これは僕の乗せた犬じゃない」

「と言うことは、犬は骨すら残らなかったと言うわけだな」

 そういったとき、背後から「いや、泳いで別の岸に着いたと言う可能性もあるわ」という聞き慣れた声を聞いた。

「ば、バルロ、いつ、ここに?」

「いま、ここに来た所よ。ゼークト号の引き上げにかなりの時間を割いていたようだったから、何があったのか確認しに来たの」

 バルロはそう口にしながら「それにしてもゼークトの船体が下半分が残っていたなんて」と驚いた様子で見つめていた。

「俺も驚いているよ。普通の海で沈んだ木製の船はボロボロになるのがオチなのに」

 その話に割り込むようにマリエッタが質問する。

「ところで、ゼークト号の犬なのだけれど、生き残った可能性があると言ってたわよね。それってどういうこと?」

 バルロが「まだ、確証があるわけじゃ無いけど」というのを付け加えた上で、ある話をしてくれた。

「実は、五百年前からこの近くの島の近辺で狼犬の繁殖が確認されているの」

「狼犬、ここの古代のオオカミと交雑しているの?」

「ええ、最初の目撃された親と思われる狼犬とゼークト号に載っていた犬と特徴がほぼ一致しているの」

「バルロがそう言っているが見に行ってみるか?」

 俺の質問にそいつは「確認してみる」と行くことにした。

「バルロ、その狼犬はどこに行けば会える?」

「あの島にいるわ」

 彼女が指し示す先にはどこにでもありそうなごく普通の島があった。その島を見たときの彼の反応は何かを納得したかのような物だった。

「どうした、何か心当たりでもあるのか?」

「どうやら、バルロの言ったことは必ずしも当てずっぽうじゃないと言う意味だな。あの島は昔、僕の犬を連れて探検しに行った所だ。その時なんだけど、妙に昔のオオカミが気に入っているみたいだったよ。探検を終えて帰るときにあいつとそのオオカミは何か名残惜しそうだった」

「まあ、それも確認してみないとわからないことだ。兎に角やること終えてからだな」

 俺はそう言い残してボートの準備を始めるのだった。

 ボートでバルロの指し示した場所をマリエッタとそいつと共に行ってみると、そこには歓迎されざる人間に対する原住民の態度と同じようにその狼犬の群れが威嚇してきた。

「おい、これはまずいぞ」

「そうよ、一旦離れて、対策を考えた方が・・・・・・」

 俺は狼犬の事はよくは知らないが少なくとも扱いの難しい犬の一つだと聞いている。実際にかみ殺されかけたという仲間もいたと話の中で聞いている。

 そんな中を彼は恐れることもなく抵抗の意思もないという態度を示しながら徐々に近づいていく。

 最初は後ずさりしていた狼犬達もゆっくりと体震わせながら近づいていく。

 すると、彼は何を考えたのか子守歌を歌い始めた。

 そしたら、驚いたとき狼犬達はさっきの警戒心丸出しだった態度を翻し人懐っこい態度で寄り添い始めた。

「嘘だろ、ウルフドックはオオカミの性格で凶暴で警戒心が強い生き物だろう。なんであんなにあっさりと」

「そんなの、私が訳ないでしょう」

 信じられない表情でその犬の態度を見ていると、彼は「またいつの日か会いに来るね」と言って俺たちのボートに戻っていった。

「おい、今の歌何だったんだ?」

「あれか、僕が昔自分で作った子守歌の一つ。飼っていた犬に聞かせるとあいつ落ち着いて人なつっこくなるんだ」

「そんなの、あの狼犬にわかるの?」

「それは、あり得ないと思っていたけど、あいつの祖先なら昔の心の中に覚えているんじゃないかと思っていたんだ」

 それにしても世の中、不思議なことがある物だなと思いたくなるような光景だった。犬が口伝えで教えるとは思えなかったからだ。

 それを知っているとはにわかに信じられない事もあるのだなと思った。

「さて、じゃあ、帰りますか?」

「そうね、慰霊がまだ済んでいなかったことだし」

「遺骨は弔っただろう」

「遺骨に関してはね、でも骨も残らなかった仲間をまだ弔ってない。それをしないとこのままじゃ帰れないよ」

 それを早く言えよと心の中で毒ついてしまった。確かに見つかったのは死んだとされる数の半分にも満たなかった。

 俺はすぐにボートを走らせて船に戻っていく。遠くの方から狼犬の鳴き声が一斉に聞こえてくるのを背にしてボートだけがエンジンをうならせていった。

「ところで、これが終わったら、いよいよオリオンに手を付ける訳ね」

「ああ、今まで、バルロ達に怪しまれないように海洋調査と沈没船の引き上げの傍らで念入りに調べていたからな」

「船の一部を引き上げるのですか?」

 その質問には一切答えず、黙りこくったままボートの舵を取るのだった。

 その日の夜、全て仕事を終えいよいよ因縁の潜水艦に着手することになった。俺は巨大ドックの中ではやる気持ちを抑えながらたたずんでいた。

 俺は気合いを入れてその中に納められるオリオンの想像をしてしまう。周囲には放射能汚染を想定してガイガーカウンターや防護服など、原子力発電所の最高レベル装備で固めて、その横には鉛で作られた棺桶が約二〇個用意されている。

 勿論死んだ乗組員に対して圧倒的に少ないが恐らくほとんどの遺体は骨諸共に分解されていると言うのが学者の見方だ。

 もし予想以上に遺体が回収された事に備えて犯罪捜査や戦死した人間を入れるために使う死体袋も常駐させている。

 俺が巨大な空間に沈没した潜水艦の残骸が上がる光景を空想しているときに、ドアが開く音がしたためすぐに現実に引き戻された。

「ここに居たのか?」

「船長、どうしてここに?」

「この機密ドックに行ったのを見かけてね。ここはお前を含めて関係者以外は立ち入り禁止になっているからな」

 そう言って船長はまだ誰も入っていない棺に手を置く。そして、少し不安そうな顔をしながら俺に話をする。

「オリオンの引き上げだが急いだ方が良いぞ」

「どうしてですか、何か問題でも?」

「バルロ達の監視が厳しくなってきている。どうやらこの船が妙にきな臭い物を感じたようだ。あと、マリエッタのことだが彼女達の動きにもおかしなところが出始めている」

「一体どんな?」

「連中がこの船に来てから道に迷うことが多くなっている。勿論その都度、職員が対応しているが、それにしては回数が多いし、その場所がこの区画の近辺に集中している」

 それを聞いたとき、俺には思い当たる節があった、それは個の船と連絡を入れたときに、その間があった。恐らくそのときにバルロから何かしらの密命を受けたのだろう。

「どうします、彼らを拘束しますか?」

「いや、付き添い名目で監視をする。お前もマリエッタと一緒に居てくれ」

 そう言って棺から離れて外に出ようとしたときに何かを思いだしたかのように振り返る。

「マサル、お前の父親武志は潜水艦のことで何か言っていなかったか?」

「確か、もし引き上げて俺の友達の遺体を見つけたら弔ってやってほしいって」

「そうだろうな、事故調査書を読んでわかったが、原子炉を手動で止める際に武志が行こうとしてその友達が代わりに行ったそうだ。でも、運悪く爆発して助かったのはお前の父親を含む二〇名弱だけだったそうだ」

「それは知っています。その中には船の外で戦っていた一〇名も含まれています」

 そう言って俺は再びパソコンを取り出すと送られてきた写真を見せた。

「なるほど、これがオリオンの乗組員の生存者か」

「表向きは遺族と生存者の集まりになっていますが、ほぼ一〇〇%生存者で構成されているとメールには書かれていました」

「そうだろうな、一緒に写っている老人は皆、外で出ていた奴らだろう。この若いのは君の父親を含めた船から脱出した生存者だろう」

「どうしてわかるのです」

「財団がその後のオリオンの生存者がどうなったか追跡調査したのさ。君のお父さんの事もあってね。そしたら、君のお父さんを含めて全員行方不明か絶縁を受けていた。勿論、乗っていたという女性乗組員も含めて」

 なるほど、そういうことか。俺はすぐに状況を理解することができた。沈没する船から脱出した一二人は全員水生人間の肉を食べさせられたと言うわけなのだ。

「しかし、一体何でそんなことを。親父はともかく、なんで他の人間にも」

「予想はつくが確証は船を見つけて調査、もしくは引き上げて見ればわかるだろう」

 そう言うと船長は外に戻り始める。俺もその後に続こうとして一瞬後ろのなにもない海水だけの空間に視線が向く。

「どうした?」

「いや、引き上げられたK―129はどんな感じだったかなと思って」

「この引き上げが成功すればプロジェクトジェニファー以来の快挙になるだろう。勿論公式発表はだいぶ後にはなるが」

 そう言って扉を開けたらなんとマリエッタ達一五人の子供の姿をした年増達がどっと押し寄せてきた。

「あ、ど、どうも」

「なるほど、ここの存在を調べに来ていた訳か」

 彼女達は苦笑いをしながらこの気まずい状況を変えようと努力するのがこっちの目から見ても明らかだった。

 そして運命の翌朝となった。この日は潜水艇はドック内から沈んでいる場所に降りて言うことになっている。

 これはバルロ達水生人間の目を欺くための小手先の目くらましである。勿論引き上げのための位置決めの意味もある。

「それじゃ、マサル。幸運を祈っているぞ」

「船長、みんなも気をつけて。それと、お前達、マリエッタは一応人質と言う形で連れて行くからな」

「わかってる。でも、もし死なせたら許しませんからね」

「心配するな。万一に備えてこれも持って行くことにしている」

 そう言って、おれが見せたのがオレンジ色の潜水艦脱出スーツだ。これは親父達が使った物をさらに改良を重ねた最新モデルだった。

 通常は一般の潜水艇には乗せないが今回は乗せることにした。

「じゃあ、みんな行ってくるからな」

 そう言ってクレーンのフックが外されて潜水艇は海深くまで潜り始めるのだった。

 水深一〇〇〇メートルの地点に達したときに俺はマリエッタに質問をしてみた。

「なあ、あのときバルロに何か言われたのか?」

「言われたって何が?」

「だから、ここに来たときに何か任務みたいな事を言われたのかって」

 彼女は頭をかきむしり俺の質問に正直に答えてくれた。

「あんたが、水上の船と連絡している間に言われたのよ。この船の真の目的についてしらべてくれないって」

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