第16話
それを職員達が何事かと言わんばかりに集まりだした。今のうちだ、俺はパソコンを抱えてその場か逃げ出すように船内に入っていく。
なんとか逃げ出した俺は自分の持っているカードキーを立ち入り禁止区域に指定されている格納庫の扉にかざした。
『認証確認ができました。入ることを許可します』
電子音声がしたのと同時に扉が横滑りで開くとそこには巨大な空間が広がる。
そこは船のドックの構造をしていた。その巨大な空間の天井には巨大なクレーンと潜水艦をつかみあげるために取り付けられた縦に長いアームがつるされていた。
そして、その下には満面にたたえる海水がたまったドライドックがあった。これは潜水艦をはじめ沈没船をそのまま引き上げて、そのまま中に格納するために作られた物だ。
この船最大の売りにして最重要機密の一つであり、最大で二〇〇メートルの潜水艦もしくは沈没船を持ち上げ納められるため、まさに圧巻の一言だ。
その日の夜、俺たちは真水につけられているレコードを尻目に伝説の戦列艦ゼークト号の説明を聞いていた。
ゼークト号、それは四百年前に建造された初期の戦列艦で当時最強を誇った軍艦だった。
当時としては最新の大砲を数十門搭載して様々な戦いを経験したが船のバランスが悪いと言う欠点を持っていた。
そして、ペドロス海に水生人間の討伐に向かったときに運悪く海が荒れて横波を受けてしまった。
そのせいでただでさえ構造的に転覆やすい構造に多数の重量級の大砲の重さと相まってあっという間に横倒しになって沈んだという。
そして乗組員もまた船と一緒に沈むか待ち構えていた水生人間にとどめを刺されるかされて、生き残ったのはほんの数人だったとのことらしい。
「ほんとに、四百年前の船が沈んでいるのですか?」
トムは怪訝な表情で説明する職員に質問を投げかける。
「確かに、木でできた船はあっという間に腐食するからな」
俺の言葉に対して職員は「そのまま残っている可能性はあるに理由があります」と答えた。
「この船は沈没時に泥に埋まった可能性があり、それによってそのまま腐食することなくそのままの形で残っている可能性があるそうです。またこの海域は過去にバルト海に沈んでいた戦列艦と同じ条件のため残っている可能性があります」
「前例はあるのか?」
「はい、実際にその船もそのままの形で残っていました」
さすがに俺もにわかには信じられないが前例があるなら確認するしかなかった。
「では、どちらが正しいは確認してみればわかります」
こうして、俺たちは会議を終えてそのまま後にするのだった。
そして、表向き最後となっている船の引き上げに向かった。今から向かう海域はバルト海などと同じく水温が低く酸素も少なくそれでいて木を分解する生き物もいないと、生き物にとって不毛の地、もしくは地獄のような世界そのものだった。
でも、このような海域は木などの人工物などからすれば保存には理想的な場所だという。
この場所は博物館のそれと同じような物だと言うのだが俺は今までに多くの船は微生物などで朽ちかけているのを見ているために木造の船が数百年この海に沈んでそのままなど信じがたい。
確かにエドワルド・セントラル号の時のように残っている場合も聞いているし見たこともあるが、それは真水だったのと分解する生き物がいなかったと言う幸運があったからだ。
それでも、錆が浮いていたためゼークト号がそのままとは思えない。
「じゃあ、気をつけて」
「気をつけてとは言っても、水生人間は勿論普通の魚も寄りつかないような海だから大丈夫だろう」
「でも、油断しないでください。何があるかわかりませんから」
俺は言われるまでもないという思いでシュノーケルと酸素ボンベを付けて潜っていった。
海中は思っていた以上に殺風景な光景だった。海藻や蟹などの甲殻類は俺の見る限りでは見当たらず、たまに小さな小魚が横切るくらいだった。
よく見るとその魚は我々の祖先だったアランダスビスというやつの生き残りだったようで、泳ぎが今の魚と比較して遙かにぎこちなかった。
そして、沈没地点に着いてみると情報とはかけ離れた光景が広がっていた。
そこにはアロマノカリスなどの古生代の生物が生きていて不毛の砂漠とは思えない光景が広がっていた。
それはエディアカラ生物群と呼ばれる生き物で全球(スノーボール)凍結(アース)後の地球で大爆発した初の大型生物だ。
しかし、それは数百年前に沈んだ戦列艦がすでに朽ち果てていることを知らしてもいた。
落胆した俺は母船に帰り報告しようとしたときに、一緒に潜った仲間が俺のスーツを引っ張り何かを指さした。
それは、何かの木片のような物で埋まっているように見えた。気になった俺はその部分を掘り返してみるとその中から大きな木の部分が見えた。
それは船の大きな部分で露出していない部分から下は当時のままを残していた。
俺は周辺の埋まっている部分をほじくり返してみると、信じられない事に埋まっている部分はそのまま腐食することなく当時のままを残っていた。
そして、その船が沈没したゼークト号の残っている部分だとわかったのは掘り返して、船尾分にさしかかったところで、その部分にゼークトと書かれた文字が出てきた。
場所を確認した俺らはすぐに母船に帰投する。
船に戻ってその状況を説明した時、職員達が頭を抱え始めた。どうやら彼らはそのままの状態で船の原型が完全に残っていた事に最後まで信じていたようだが、エディアカラ生物群などの古代生物の宝庫になっていた事と、船が埋まっている部分しか残っていないと言う事を聞いて難易度が上がったことを嘆いていたようだ。
「これは難しい引き上げになるぞ」
「何でだよ、残っている部分だけどもありがたいと思えよ。ほんとは屑になって復元も不可能な状態になるのに」
「それはわかっているが、これは保存にかなりの時間が掛かるぞ。何しろ、泥で腐食を防いでいたのにそれを取り除けば、朽ちるスピードを進めてしまうのだ」
俺がそんなに深刻な事態だと思うことなのかと疑問に思っている時に、誰かに来ている服を引っ張られるような気がした。
その部分を見ると革手袋をした手が見えた。それはマリエッタの物で彼女の負を見るとその表情は話があるという雰囲気だった。
「なんだ、一体?」
「取り込み中悪いのだけれど、少し話があるの。時間があったら少し来てくれない」
「・・・・・・引き上げの計画が決まったらそっちに行く。待ってろ」
それを聞いたマリエッタは「なるべく早くね」と言って仲間のいる部屋に戻っていき、俺は話の続きを再会した。
引き上げの計画が決まった後、マリエッタ達がいる部屋に行くと何やら話がありそうな雰囲気でこっちを見ていた。
「なんだ一体」
「マサル、ゼークト号を見つけたのよね」
「ああ、上半分は完全に朽ち果てていたが、下半分は奇跡的に残っていた。今スクリューで掘り起こして、完全にでたら固定して慎重に引き上げる計画だ」
「もし引き上げられたら、探してほしい骨を探してほしいの」
「一体誰の骨だ? ゼークトのキャプテンか誰かか?」
それを聞いたとき全員がそろって首を横に振った。
「探してほしいのは人の骨じゃなくて犬の骨の方なの」
「犬? 昔の船は犬を乗せていたのか?」
「ゼークト号の資料を読まなかったの? ネズミ退治と士気高揚のために何匹かの犬を乗せていたのを?」
「そういえば、そんなこと書いてたな。最も今回の引き上げには関係なかったからさらっと読み飛ばしたが」
そう言って、少し気になった。なぜその犬を探すのか。その時にもしやと思いある質問をしてみた。
「なあ、お前らの中にゼークト号の乗組員がいるのか? で、その探してほしい犬とは何だ」
「すごいわね、全部当たっているわよ。その通り、こいつがあの船に犬を連れてきていたの」
マリエッタがその飼い主を紹介したのは背格好が一五〇センチちょっとの五百年前の子供にしてはそこそこ大きい聖職者の格好をした男の子が歩みでた。
よく見てみると、所々に骨折や切り傷が残っていて、不老長寿になる前に激戦を切り抜けた事を示していた。
「お前が、ゼークトの生存者か?」
「ああ、見習いの乗組員で生き残った三十五人のうちの一人だ。人魚の肉を食べたのは海岸に打ち上げられてからだ」
そう言って彼は事のいきさつを説明した。彼によれば最初は強制的徴兵されて砲術のみならいになったのだという。その時に船長の気まぐれもあって一緒に飼っていた犬を連れて乗せていたのだという。
「よく船長が許したな」
「当時は猫が魔女の使い魔扱いだったせいもあって犬の方が適任と思ったようだ。でも、激戦を繰り広げているうちに今で言うマスコット扱いでみんなからかわいがられたんだ」
確かにゼークト号は数々の海戦や海賊討伐などで歴史の教科書にのるほどの武勲を立てたと聞いている。その時の戦況を考えれば癒やしが必要なのは明白だ。
「でも、運悪くこのペトロス海に来たときに水生人間との戦いで重量が片側によってしまってしまった。なんとか立て直そうと荷物を反対側に置いたんだけど、ととどめと言わんばかりに横波と横風が襲って、そのまま転覆したんだ」
「犬はどうなった?」
俺は何気もなしに質問をしてみた。生き物はいっぱい飼っていたことはあるが、あっという間に死ぬため、なれたせいでもあって無神経だった。
「助からなかった。船長室に消えて」
「わかった、探してみるが、恐らく骨も残っていないと思うぞ。それは覚悟しておけよ」
俺の言葉を聞いて彼は黙ってうなずく。こうして、今回の話は終わることになった。
翌日からゼークト号の掘り起こし作業が開始された。この海域は先述の通りアロマノカリスと言った最初期の生き物が大繁栄してしまっており、その生き物に配慮しながら、プロペラを使って砂を掘り起こし始める・
こうして全体像が徐々に明らかになっていくと、どの部分が残っているかがわかった。
船体は後ろ斜めから埋まっていて、埋まらなかった斜め上はその後の生物たちにより朽ち果て分解され、埋まっている部分が保護したのだとわかった。
掘り起こして四日目になると、船を固定するための鉄材が下ろされて、その船を完全に固定して引き上げる準備をする。
ゼークト号を掘り起こして一週間。ついに船を海面に引き上げを開始した。俺たちはその光景を緊張した面持ちで見つめていた。
一気に引き上げると木材が崩れるため、慎重に時間をかけて行う。それはとてつもなく気の長い作業だった。
あまりの長さに昼寝をして船長にボディプレスの目覚ましを受けてしまった。
寝ぼけ間中に見てみると船は完全に引き上がっていたため、船長に遺骨の回収をさせてほしいと願った。
「どういう風の吹き回しだ?」
「マリエッタの仲間の一人があの船の乗組員だったようで、その時の犬を見つけてほしいとのことでした」
別に秘密にする訳でもないが、一応船長にこのこと報告するため彼に了承を取ってある。彼も私事のためためらったが、遺骨の収集はどっちみちしなくてはいけないため、一応は公的な形にすると説得した。
「なるほど、遺骨収集という形にして見つけるのか。いいだろう、許可する。ただし、見つけたら彼に返す前に少し調べるが良いか」
「彼に返すのなら、かまいません」
こうして俺はゼークト号の調査に乗り出すことになった。
船は保存状態が良いとは言え数百年前の船だ、下手にしたどこかで壊れる可能性だってある。調査班は遺骨回収班と文化財の保護班に分かれて調べ始める。船には当時は最新鋭の大砲や丸い砲弾に高価な食器類やロウソク立てが転覆した方向に固まっていた。
そして、最初にそれを見つけたのは園より固まった文化財を調べていた班からだった。
「ひ、ひ、人の骨だ」
不老長寿のくせして初めて人殺しの死体を見つけたかのような情けない声を上げた調査班の声に俺たち遺骨回収班は即材に反応してその場所に向かう。
なるほど、そこには人間の骨が文化財と一緒にミックスサラダのように混ざり合って、転がっているのが見えた。
「これは人の骨だよな」
「見ればわかるでしょう、人間の頭蓋骨が残っているのだから」
そう言うと調査班は殺人現場の検証のようにカメラを撮影して、その混ざり合った骨をどれが誰の物かを調べながら、袋に詰めていく。
俺はさすがに骨はどれも一緒に見えるために、カメラ撮影だけを担当することにした。
骨の現場検証に赴いてどのくらい経ったか、俺はデジタル式の懐中時計を見ようとした時に、思わず木の棒に引っかかってこけてしまった。
そのショックで高級士官の部屋と思われる場所の扉を誤ってぶち抜いてしまった。
「おい、大丈夫か?」
仲間達は心配してこっちに駆け寄ったが、心配なのはこの船に対してのようだった。
「少しはこっちを心配しろよ」
「マサルは大丈夫でしょう。縫うほどの傷だって一分もしないで繋がるのに」
「ひどい薄情な言葉だな」
そう言って俺はその部屋に入っていると、全てが寄りかかっていて、身なりが明らかな高級士官のような人物が固まっていた。
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