第15話
「さて、休憩は済んだろ。早く掃除を終わらしてこい」
「はあ、話しが長くて休んだ気がしないよ」
そう言って重い足取りで向かおうとしたとき、コジローがもう一つのお茶のペットボトルを彼に投げ渡した。
「ほれ、餞別だ。のどが乾いたら飲むといい」
「ありがとう、おじさん」
そう言ってミルルは笑顔で掃除を再開したのだった。
「なあ、マサル。次の引き上げで最後なのか?」
「ああ、今度は豪華客船だぞ」
「ほう、それはすごい。で船名はなんというんだ?」
「船の名はオーシャニック。三〇〇メートルは超える大型船だ」
そう言って俺はネットで見つけたオーシャニックの想像図をコジローに見せるのだった。
その日の夜。俺たちは次の目標であるオーシャニックの説明を始める。
オーシャニックはあのタイタニックを所有していたホワイトスターライン社が計画した客船でその大きさは約三二〇メートルと当時としては破格の船になるはずだった。
「確かに、所々塗装がタイタニックの面影があるわね」
ミルルはそう言っておかれた模型を目を輝かせながら見つめていた。
「でも、どうして最近まで忘れ去られていたのだ?」
「この船が建造を始めた頃に世界大恐慌がおきていて、造船も打撃を受けてしばらく建造が止まっていたらしい。さらに進水したときには戦争に突入して、建造はさらに後回しにされ、それ以来行方不明になった」
「それが、今回の海洋調査で海底一〇〇〇メートルの場所に沈んでいたと」
マリエッタが支給された禁煙ガムをかみながらスキャンデータが映し出されたプロジェクターの映像を見ていた。
「ああ、この船を空母に改造しようとも、標的にしたとも言われたが、今でもここで沈んでいる理由は謎だ」
「で、この船は何を引き上げるの?」
「その前に、まずこの船の全体像を確認する。そしてROVを使って内部を探り、大広間になるはずだった場所である物を見つける」
「何なの?」
「それはこの世に一枚しか存在しないレコードだ。ある御仁が艤装(ぎそう)の前に置きっぱなしにしていたらしい」
「一体何なの? それに録音されている物って、まさか、機密情報か何か?」
「いいや、オリジナルの演奏曲のような物だ」
そう言って俺は暇つぶしに動画共有サイトでダウンロードしたオーシャニックのCG動画をながした。
塗装がタイタニックの生き写しで煙突がフランスのノルマンディーのように太く三本並んでいて、船体と構造物が初代クイーンメリーや初代クイーンエリザベスに似通っていた。
それにあやかってか、沈没の仕方がほぼタイタニックなのが笑いどころなのだが。
会議が終わって自分の部屋に戻っていったとき、パソコンにメールが来ていることに気がつく、すぐに見てみるとそれは親父からで前に送った返事のようだ。
俺がそれを開けようとしたとき、ドアが勝手に開いて、誰かが侵入してきた。
それはマリエッタだった、しかも妙に欲に目がくらんだような色気で逃げられないよう勝手に鍵をかけられた。
「おい、何のつもりだ、マリエッタ?」
「実はね、この笛に来てから性欲が収まらないの。ここの職員がほぼ禁欲の塊みたいなのばかりだから、同い年のあなたと一緒に寝たいの」
「ふざけるな、今俺は親父からのメールを見なきゃいけない」
「そんなの、後にしましょうよ」
そう言ってマリエッタは電気を消して、パソコンを閉じられた上に唇を奪われて俺をベットに押し倒した。
その翌日、俺は再び潜水艇に乗り込んで海底一〇〇〇メートルの場所に降りていく。今回はマリエッタも潜水艇に乗りたいと一緒に乗り込んだ。
「昨日はありがとう」
「うるさい、全く、親父の気持ちもわかるぜ」
俺はそう言って暗闇の中を進んでいく。そして暗闇の中に赤茶色の物体が目の前に、幽霊のように現れた。
「これが、あのオーシャニック」
「ああ、スキャンデータを見てわかったのだが、この船も横倒しになって沈んだみたいだ」
実際にオーシャニックは横出しになった状態で艦首が潰れた状態で沈んでいた。
「何で横倒しで沈んでいるのかしら」
「タイタニックのようにまっすぐ沈没する船はまれで、多くの船がこんなふうに転覆ないし横転して沈んでいるのが普通なんだ」
「へえ、そうなの」
そう言ってライトを使いながら船の全体を照らす。
「これも、同じように貼絵の要領で全体化するの?」
「ああ、その上で雑誌やネット掲載する予定さ」
そう言っていると船は船尾にまでたどり着いた。船尾には英語でオーシャニックとホワイトスターライン社の文字が横になって光っていた。
「なるほど、間違いなくオーシャニックだ」
「それにしても、なんで沈んでいるのかしら」
「煙突の残骸がない所を見ると間違いなく艤装前にここに運ばれたのはまず間違いないな」
今の所、沈没原因はわからないが、それはまた追々調べるとして、次の目標に向かう。
「それじゃ、例のレコードを探すか」
「大広間ってどこにあるの」
「これを見てくれ、大広間は天井がガラス張りのこの辺りだと推測している。最もガラス自体が沈没時かもしくは艤装前からなかったかで、大きな穴みたいになってはいるがな」
俺は撮影しておいたオーシャニックの模型の写真をマリエッタに見せながら、大広間になるはずだった場所に潜水艇を進める。
大広間になる場所だった長方形の穴は第一煙突の穴と第二煙突の穴の中間ぐらいの場所にあった。ここからは潜水艇で入るには小さすぎるため、秘密兵器のROVを投入することになった。
「そのROVって一体、何なの」
「無人潜水ロボットのことで、今の時代だと車一台分の金さえ出せば買える品物さ」
「結構高い物なのね」
「そうか? お前らの時代と比べれば車の値段なんてだいぶ下がったぞ」
俺はそう言いながらリモコンをいじりROVを大広間の穴に入れた。穴の中は思ったほど広く、豪華客船につきもののシャンゼリアや豪華な調度品なども存在しない。最もそんな物があったとしても、タイタニックのようにバクテリアによって分解されて木くずのようになっているのがオチなのだが。
「ここにそのレコードがあるというの?」
「その御仁が言うにはそうらしい。その人は楽器店の店主でその昔あるラジオから聞こえてきたブラスバンドとピアノの楽曲を聴いたらしい。それは彼らのオリジナルで、もし戦争がなかったら、世界中でヒット間違いなしの音楽だって。もし、見つけたら、ネットでも何でも良いから、聞かせてほしいって」
その話をしていると、マリエッタは何か考え込むような態度でその話を聞き込んでた。
「どうした?」
「多分だけど、私の仲間がその音楽を聴いた事あると思うわ」
俺たちがそう会話をしていると、横倒しになった壁の部分に何か変な物体が目の前に入った。それは何か木箱のような物でかなり腐食しているようでもあった。
「これじゃないの? 探している物は?」
「まずは、悪かどうか確認しないといけないな」
俺はリモコンを使ってROVのアームをゆっくり動かし、その木箱を開けようとした。
木箱は幸運にも腐っていたのは外観の方だけだったみたいで、内部はしっかり残っているようだ。
鍵は掛かっているみたいでここでは開けられない為、ROVにつかませるとそのまま元来た道をたどって、潜水艇に戻っていく。
「回収できたわね」
「ああ、これで今回の仕事は完了だ」
そう言ってROVと回収した木箱をかごに入れると、おもりを投棄して再び海面浮上していくのだった。
海上に戻った俺たちは回収した木箱を甲板に置いて、電動カッターを使い中に入っている異物の調査を始める。
金属から放たれる火花と甲高い音を響かせて鍵を切断したのちに慎重な手つきその中身を確認しに掛かる。
中から現れたのは新聞紙に包まれた丸い円盤状の何かだった。俺たちがそのまま開けようとしたときに職員の一人が待ったをかけた。
「いけません、ここで開けると腐食が進みますからまず真水につけて塩抜きしながら開けましょう」
その言葉を耳にした職員はゴム手袋をした手で真水の入れられた容器にその新聞紙に包まれた物体を付けた。
「新聞はいつの頃になっている?」
「一九四〇年と明記されているな、この頃は欧州が戦火に包まれ始めた頃だ」
職員がそう言いながら水で濡れた新聞紙を丁寧かつ慎重な手つきで剥がしていくと、そこに現れたのは紛れもなくレコードだった。しかも、中央のラベルもきちんと残ってもいた。
「すごいぞ。こんな完全な形で残っているなんて」
「早く聞きましょうよ」
「待て、早まるな。まずはこのレコードについた塩分を抜いて、録音の準備ができてからだ」
そう言ってしばらく真水につけたまま保留することになった。
その頃、マリエッタはレコードのラベルを見た直後に顔色が変わって他の一四人と話し込み始めた。
「どうした?」
「あのレコードに録音された音楽。多分俺たち知っていると思う」
「ほんとか? どんな曲だ?」
「恐らく今では完全に忘れられた音楽だわ。そのブラスバンドもピアニストも今じゃどこで何をしているのか」
「そんなにマイナーな曲なのか?」
「そうじゃない、私もなぜその曲が歴史に消えた理由はわからないのだけど、風の噂ではその音楽を演奏していた連中はどういう訳かレコード契約を蹴って、別の船にバラバラになったらしいわ。そして、レコードはどこかに行方不明なっていたようなの。まさか、未完成の船の中にあったなんて」
マリエッタ達はそう言ってペットボトルの水を紙コップに入れて飲んでいた。正直俺自身もどんな曲が入っているか聞きたいところだ。
「それが録音できたらネットで配信するの?」
「著作権はもう切れているはずだし、少なくともあの御仁との約束だから、再び日の目を見ることができるのなら本望じゃないか」
俺はそう言って、パソコンにスキャニングされたオーシャニックの全体像を見ていたときに昨日のメールを見るのを忘れたことに気がつく。
「あ、そうだ親父からの返事」
そう言ってメールを開くと前に聞いた女性の乗組員についての質問の答えだった。親父によると確かに男装した女性士官が居たことと、彼女も沈没時に試作の脱出用救命スーツで自分を含む一二人で脱出した事。そして、彼女は軍法会議にかけられてみんなそろって不名誉除隊されたことが恨み辛みを込めてかかれていた。
そのメールに二枚の写真が添付されていたため開けてみると、一枚は白黒の写真で親父を含むオリオンの全乗組員が整列して竣工間もない潜水艦と写っていた。
もう一枚は年老いた老人十人と後方に親父を含む若い青年達が精悍な顔をしていた。
そこに女性のところだけ丸を付けているところがあり、彼女がその人物であることを伝えている。
そのとき、あることに気がついた。白黒の写真の方にも丸がついており、そこには海軍士官の格好をしていたが、顔つきは男性にしてはきれいすぎるほどに美形で惚れてしまいそうなほどにきれいだ。
「この人がその女性乗組員なのか」
その写真を眺めていると、いつの間にかミルルがパソコンをのぞき込んでいた。
「お兄ちゃん。何を見ているの?」
「あ、坊主か。何でもない。昔の親父達の写真だ」
そう言って俺は慌てふためいてパソコンを閉じた。
「それで、何しにここに来たんだ?」
「実は掃除していたときに、気になる場所があって。なんか、立ち入り禁止ってかかれた張り紙と、カードキーがないとは入れない場所があって。あそこは何かなって」
まずいな。あそこはオリオンを格納するためにこの調査船の最重要機密区域にしている場所だ。うかつに教えればまずいことになる。
「あの区画は企業秘密で、俺らも知らないのだ。特別な人間じゃないとあそこに入ることすら許されなくてね」
「へえ、一体何の部屋だろう」
「さあ、なんだろうね」
何でも良いからミルルが興味を持ちそうな何かを考えてそらそうとする。
ふと、視線が海の方に向いた。運良く、そこに魚竜がイルカのように泳いでいた。
「おい、あの魚竜は一体なんだ?」
「ああ、あれ。あれはキンボスボディールスの家族だよ」
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